第12話 新月

さくらの居場所がわかった」


 額の包帯がまだ取れないカケルが、ミツハとショーゴを部屋へ呼び、自分のスマートフォンを床に置いて地図の画面を指差した。


 あれから数日が過ぎ、カケルも意識を取り戻すと、誰かと絶えず連絡をやり取りしていた。

 包帯をまかれた手で器用にスマホをスクロールしながらそばに座る二人に説明する。


 やなぎは隣の部屋でぐっすり眠っている。

 そこに続くふすまを見て、最近の柳は変わったと、カケルは陰から見ていて感じていた。

 ミツハの後について何でも手伝い、あまり自分の事を落とさなくなった。

 少しずつ、笑顔も増えた。


 最早もはや、里中でも油断は出来ない。

 誰かしら、柳の側にいなければ、完全に安全とは言い切れなかった。

 それも柳にも伝わっていたのだろう。


 そのせいだろうなと、ため息を吐いてカケルが口をつぐむ。

 サナが神去かむさりしたショックと、隠していた今までの疲れがどっと出たのだ。

 先程熱が出て、深い眠りの中にいた。


 三人はそんな柳を起こさないように、声を潜めて頭を付き合わせる。

「都内のここ、高層ビルの最上階だ。さすがIT企業の会長様。すむとこも半パネェよな。天と地ほどの差ってこういう事だよな」

 スマホのグーグルマップを見せながら「実際オレラは地下だけど」と付け足して笑わない二人を見渡し、カケルは計画を話す。

「オレとショーゴで乗り込む。ミツハは外で人の動きを見ていてくれ」

 その提案にミツハが驚いて、小声ながらも声を鋭くしてカケルに詰め寄る。

「堂々と? 二人だけで!? 危険じゃないの!! 」

 険しい顔つきで詰め寄るミツハをカケルはやんわりと押し返して、後ろに置いてあった袋から、緑色の洋服を二着取り出した。

 それを持って、ミツハにウインク。

「清掃員の作業着は二着しか仕入れてられなくってさ。しかもオ・ト・コ・モ・ノ♪だからオレとショーゴで桜を奪還して、ずらかる。一族のやつらが命と引き換えにつかんだ情報源ソースだ。絶対に失敗なんか出来ねぇしな!」

 目をキラキラさせてカケルは、鼻息荒くこぶしを握る。

 これから起こるスリリングな出来事を前に、カケルはいたく興奮していた。

 それをあぐらをかきながら、頬杖をついてさめた目付きでショーゴが見る。


 一番末子すえごのカグツチだから、

 いつも呑気のんきで楽観的なんだ。

 まあ。

 赤子の時に殺されているのだから、

 カグツチのせいではないのだけれどな。


 そんなことを考えながら、カケルのストッパーであるショーゴが、その作戦に口をはさむ。

 その場で腕を組んでから、眉根を寄せて心配な点をあげていった。

「で、桜さんを連れて帰れる自信はあるのかい? 失敗したときはどうする? 出来たとしても、脱出方法は?」

 ショーゴがカケルの顔を、意味ありげに見ているのをミツハも気付く。もちろんカケルも気付いて、黙ってショーゴの目を見返していた。


 ショーゴの目は、暗い感情を映している。

 重い沈黙のなか、ショーゴが口を開いた。

「自分から付いていったんだろう? 俺達を裏切った者を、なぜこちらが助けなければならない? 」

 もっともな質問に、いつも明るいカケルもうつむく。

 ショーゴも自分を危険にさらしてまでも、桜を救出する意味を感じなかった。


 最も簡単なのは、桜をあけの神の目の前から、消してしまえばいいだけなのだから。


 目を閉じ少し考えていたカケルが、やがて顔をあげてきっぱりと言い放つ。

「キョヒったら……その場で桜をる」

「カケル兄さん、本気なの?」

 ミツハが顔を覗き込みながら小声でカケルに語りかける。

あけの神の……イザナギ様の本拠地よ? もし上手うまさくら様を連れ戻せても、悪くて神去かむさり出来たとしても、カケル兄さんのが殺されてしまえば、? 」


 そう言って、ミツハがカケルにすがり付く。

 ミツハカケルに、懇願こんがんする。

八百万ヤオヨロズの神に還されれば二度とこの世には帰って来れない。私にも、柳様にも、もう会えないのよ?」

 涙目ですがり付く妹に、兄は笑って頭をなでた。


 小さい頃、たった二人で生きてきた時。

『おなかがすいた』とすがって来ても、

 何度も何度もそうしてなだめた。

 その優しい手つきに目を閉じていたミツハが、今度はミツハヒメとして懇願する。


 指を組み、祈りを捧げるようにささやく。

「このまま逃げ続けましょう。仲間の鉱人こうじん達や里の皆を頼って。見つからずに天寿を全うできれば、来世でまたお守り出来る。また会えるのよ! 」

 それを人差し指をたてて制して、ミツハの訴えを退ける。

「駄目だ」

 カケルの中で生きているカグツチが、柳の寝ている、隣の部屋を見つめる。

母神イザナミの片割れが奪われてしまったと、

「え? 」

 ミツハとショーゴが、声をそろえて驚いた。

 それをうつむきながら、黙ってカケルが受け止める。

「それにもう、里の皆を危険な目には合わせらんねぇ。オレラはもう、逃げきれねぇんだ。一族も仲間も段々減っていくばかりで、こちらの勢力は弱くなっていくだけだ」

 驚きを受け流したまま、カケルはショーゴの方を見る。

 鋭い目付きが『今はこのまま話を続けよう』と、訴えていた。

「どこかで、ケリをつけないと……かな?」

 そんなカケルの心情をくんでか、相変わらず冷静にショーゴは自分のスマホを握りしめる。


 息子の写真が入った、

 命より大切なスマートフォン。


 そんな二人を見つめながら、

 少女がポツリと、つぶやいた。

「……私達は、母を失うの?」

 ミツハの瞳から涙が落ちる。

 涙の軌跡を見つめながら。

「……いいや。今度は父神イザナギ殺しをするんだよ」

 カグツチが、囁いた。

「オレラはこれまで、ただ単にイザナミを守る為だけに生を重ねてきた。だから今度は根本を叩くんだよ」

 こぶしをトン、と床につけ、二人の顔を交互に見つめ、自分の決意を表した。

「来世の柳達が平穏へいおんに生きられるよう、現世でイザナギを神去かむさりさせる。それが無理なら桜を殺す」


 柳はそれを、隣の部屋で息を殺してじっと聞いていた。

 真っ暗な闇のなか、今だ隣の部屋では三人の話し合いが続いていた。

 柳は目を、きつく閉じた。


 どうして私は守られてるだけなんだろう?

 私のせいで、カケル君は桜を殺すの?

 私のせいで、里の人達が死んでしまうから?


 両親も死んでしまった。

 サナちゃんも死んでしまった。

 今度はカケル君や、ミツハちゃんやショーゴさんまで失わなければいけないの?

 今の私に一体何が出来るのだろう?


 カケル君の言葉が耳の奥で木霊こだまする。

『父神殺し』


 これ以上、優しくしてくれた皆に傷つく事をしてほしくなかった。






 出発の夜は新月だった、らしい。

 ツクヨミの瞳が閉じた夜。

 闇の気配が深い夜。

 どうか、どうか。

 宵の一族の加護がありますように。

「なー、柳ちゃーん」

「……なに? 」

 帽子を目深まぶかに被った、作業着姿のカケルに私は答える。

 里の入り口で、住人全員が三人を見送る。


 もう戻れないかも知れない決戦におもむく為に。


 帽子からこぼれる金髪を見ながら私は次の言葉を待つ。


 そういえば、初めて出会ったあの時は、

 夕日にあたって輝いて。

 とても綺麗だったと思い返す。


 そんなカケル君は今、作業着のポケットに手を突っ込んで、もじもじしながら声を絞りだしはじめる。

「オレさぁ、柳達の事小さい時からから見てたんだよね」

 口をすぼめて少し赤くなりながら、目線を外してこちらを見ない。

「前のカグツチさんからって事? 」

 カケル君の頭の上の方を見なが考える。


 私より少し年上な位のカケル君が、神様になったのは十歳の頃だと聞いた。

 だからカグツチさん。


 カケル君は嬉しそうに笑っている。

「そそ。カグツチの記憶ってさ、ずっと続いてんだ。でもさ、カグツチどーのこーのじゃなくて、オレが柳の事スゲー好きだからなのよ」

「……へ?」

 ポカンと口を開ける私に、にこっと笑って顔を覗きこむ。

「だからぁ、無事に帰って来たら嫁さんにするから覚悟しとけよっ!」

 両手を片頬につけて、可愛いポーズでシナをとる。それを見て、この里の住人達から笑いが起きた。


 その一瞬だけ、幸せな空間が訪れる。


 いつもの明るいカケル君。

 それを優しく見守るミツハちゃん。

 心なしか冷めた目で見るショーゴさん。

 今はいない、側にいてくれるだけで癒されたサナちゃん。

 ずっとこの瞬間が続けばいいのに。


 笑いながらも、私は胸が爆発しそうだった。

 彼らは今から、神様イザナギを殺しに行く。

 自分たちのお父さんを。

 そんな覚悟を決めた三人を、

 姿が見えなくなるまで、私は笑顔で見送った。



 足音も響かなくなって、里の他の人もそれぞれ家に入っていく。

 それから5分、私はその場に立っていた。


 人影消えて、辺りが静かになった頃。

 私は、後を追うように暗いトンネルへ足を向けた。


 その暗闇が、私の行く末を現しているようだけど。

 もう、自分に絶望するのはやめにした。

 私はしっかりと、前を見つめて進んでいく。


 今の私に出来ること。


 それをするために、私は迎えに来てくれた紫色の瞳の女性についていく。
















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