第9話 神去り――カムサリ――
「逃げろ
緊迫した声で、カケル君が私を呼んだ。
トンネルを抜けた先は千代田区にある里。
そのハズだった。
辺りに散らばるのは、その里で生きていた人達の
大人も子供も関係なく。
ヒト。ヒト。ヒトの一部分。
内臓。腕。足の一部分。
それを喰らう、ヒトの群れ。
色とりどりの
今、柳達はその光に囲まれていた。
「何でばれてんだよ!? 内通者か!」
次々に襲い来る
カケルが刀を振り、ショーゴが的確に突く。
灼熱とつむじ風が地下空間に響き渡る。
それを少し離れた位置で感じていたサナが、ミツハを振り返り叫ぶ。
私はというと、ミツハちゃんの後に隠れて、迫り来る死の恐怖から必死に逃げていた。
怖くて、恐くて。
叫び出したいほど、
ここから逃げてしまいたい。
「ミツハ、逃げよう! 私が
おもいっきり刀を振り、襲ってきた
その言葉を合図に、ミツハちゃんは私の手を握り、入り口の方に走り出した。
「付いてきて! 柳様のことは、絶対に守るから!」
もう何体斬ったのか、数えることすら
「走れ! 早く!」
カケルとショーゴが後退しながら何かを投げ捨てていくのが見えた。
「逃げろ!!」
間を置かずに衝撃が走った。
――――ドンッッ!――――
「きゃあっ!」
爆発の振動で、頭上から大量の土砂が崩れ落ちる。
私はとっさに頭を抱えた。
それでも立ち止まることは許されず、ミツハちゃんに手を引かれながら、暗闇の中を走って行く。
さっき投げていたのは、爆弾かなにかだろう。なにかが崩壊していく音が聞こえる。
「巻き込まれるわ! 早く逃げましょう!」
ミツハちゃんに手を引かれ、柳達はトンネルの奥へ奥へと逃げていく。
その前を、サナが小型のライトで照らして走る。
私とミツハちゃんの後ろをカケルとショーゴがマークして、走り抜ける。
「
走りながら悔しそうにカケル君がわめく。凄くつらそうな顔をするのは最初からだった。
と言うことは、皆操られていたってことなの?
後を気にしながらも、私達は急いでここを離れていく。
だって、後から足音が反響して聞こえるから。
「少し危ないけど、トーキョーを出て大宮方面の里にいくかい? それとも一気に横須賀の里まで?」
冷静なショーゴさえ額に汗をかく。
崩落を免れた
先頭を進むサナが突然躍り出てくる
切り上げるたびに森の香りがその場に広がる。
その香りは、不思議にも私を穏やかな気持ちにさせてくれた。
たとえこんな状態であっても。
ミツハが柳の手を引きながら叫ぶ。
「今地上に出れば、
誰も反対意見は言わない。
このまま進んで、近くの里に避難することを選ぶ。
あぁ……私のせいで。
私は走りながらも、唇をかんで罪悪感にとらわれる。
私のせいでみんなが危険な目にあう。
優しくしてくれた、みんなが。
私はどうすればよかったの?
これから私はどうすればいいの?
その場に満ちる、深い青。
「ワタツミか!」
ショーゴさんの鋭い声に、私達は立ち止まる。
サナちゃんの持っていたライトが変な方向を照らしていた。
どこにでもいる、普通の主婦。
中肉中背の優しそうな、女の人。
静かに笑うその人から、カケルが柳を背に庇う。
「……遅かったわね。カグツチ。旦那が帰って来ちゃうじゃない」
小さな子供を優しくしかるように、その女の人はカケル君に話しかけて来た。
カケル君はその声が聞こえないかのように、先頭を走っていた少女の名前を呼ぶ。
「……サナっ!」
ワタツミと呼ばれた彼女のもつ刀は、小さなサナの背中から生えていた。
「きゃあぁぁっ!」
自分の声が、耳のなかに
いくら口をおおっても、私の悲鳴は止まらなかった。
「サナちゃん! サナちゃん!!」
涙で前が曇ってしまう。
側に行きたかったのに。
カケル君に遮られて、
伸ばした手さえ、届かない。
「ほら、柳様をこちらに渡しなさい」
にこやかに笑うその主婦は血に濡れた手を柳に差し出す。
「本当にお父様はお考えを変えたみたいよ? 御二人とも生かして今生を終えさせるんですって。ねえ、
主婦、
黒髪に、紫色の瞳の女性が立っていた。
品のいいモスグリーンのスーツを着こなし、七分丈のスカートから伸びる足が美しい。
その
「イザナギ様はお優しい方。あなた方に危害を加えるはずがありません。あなた方が柳様を解放さえしていたたければ、我々もこうしていがみ合う必要はないのです」
そのセリフを聞いて、ワタツミの主婦は手を叩いて喜んだ。
「ほらね。これでわたしたちもようやくお役ごめんだわ」
少しずつ、
後ろには
「わたしたち、よくやったわよ。今まで何人もの一族を食べてきてさ。これからは科学の時代よ。古くさい神話の世界はとっくに
そう笑いながら、少しずつ柳達に近寄ってゆく。
もちろん、手には藍色の刀が光る。
それをきつく睨み付けながら、カケル君は怒りを押し込めたような声で
私も涙をふき、はっとカケル君の横顔を見た。
こんなに怒っている顔など、見たこともない。
「ざけんな、ワタツミ。じゃあオレラはなんなんだよ? なんのために生きて来たんだよ? それにな、国産みが始まれば科学だって神話にならぁ」
ジリジリと私の手をつかみ下がるカケルは、ミツハとショーゴに合図を送る。
その合図と共に、幼い声が辺りに響いた。
「ならあんたも、一緒に廃れな!」
サナの最後の
サナがワタツミを小さい体で羽交い締めにする。それを見て、小さな舌打ちをすると紫の女性は背を向けてこの場を去っていった。
「は……離しなさい! 止めて!」
青くなったワタツミの主婦が何とか逃れようともがく。
でも、白い顔をしたサナちゃんの手足はびくともしないでワタツミをつかんでいた。
「
サナが血を吐きながら叫ぶ。
その場に満ちる、新緑の光。
森の香りが、支配する。
みんなは一斉に背を向け走り出した。
振り返ることもなく。
「サナちゃんを助けないと!」
引きずられながらも、カケル君にその場から連れ出される。
私の叫びは誰にも届かない。
そのうちに、唇を噛むミツハが潤む瞳で柳を見る。
「神去りは、私達の宿り主が命を落としたとき、神である魂が、
その直後、後ろで大きな爆発が起きて、
全てを瓦礫の下に
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