第8話 明の神の子
辺りの空気が、ざわざわと騒がしくなる。
その人だかりを見渡して、ショーゴは面倒臭そうな声を出してこちらを振り向いた。
「とりあえず地下に入ろうか。大きな騒ぎになる前にさ」
ショーゴと呼ばれる
なるべく目立たないようにと、最小規模で戦っていたと言うのに。
まわりにはちらほらとスマートフォンを手にした人々が集まって来ている。
なんかの撮影? 映画じゃない? と言う
その言葉を耳にして、スタジャンと言われる上着のポケットに手を突っ込んで、ムスーッとした顔でサナが言う。
「ホント、こういうゴシップが好きだよね。人って。……警察呼ばれたら
そう吐き捨て、サナは暗がりに消えてゆく。
その決断に、誰も文句は出なかった。
人だかりを後にして、どこかの非常口の扉から、見慣れた地下に入ってゆく。
「凄いね、柳さん。カケル達をまいたんだって? さすが偉い神様、
私の先を、カケルに肩を貸しながら歩くショーゴに毒を吐かれる。
「あの、えっと……」
私は言葉につまってしまい、下を向いてついていく。
『サナ』と呼ばれた女の子がポケットに手をいれたまま、私の少し後を歩いていた。
カケル君が、苦しい息を吐きながらショーゴに噛みつく。
「
悪態をつけられながらも、ショーゴは涼しい顔で前を向いたままだ。
切り傷だらけのカケルの体をミツハが手当てしながら進んでいく。
そんな状態でも私を
「ご免なさい、私……」
「だーから、ゴメンは無しって言ったろ? あ、でもしっかりお説教はするかんな? カクゴしといてねん♪」
カケル君の軽い口調に、黙ってついてきていたサナちゃんが、私の隣に来て笑う。
「そそ。もとはといえばまかれたカケル達が悪いんだもん。私もちょーどアキバに
ビニール袋の中身を取り出して
「最近近畿地方でもさ、
何か起こる予感がする、とサナが言う。
幼い顔の中から厳しい表情が垣間見れて、それが真実だと私は気付き、背筋が寒くなる。
暗いながらも、私の雰囲気が落ち込んだのを察したのか、サナちゃんはつとめて明るく私に話しかけてくる。
「だから自衛するにもこーいうのが必要でね、アキババンザイ!」
バンザイポーズで笑うサナちゃんを見て、私の心も少しだけ、彼女の明るい光をもらう。
そんなサナを振り返り見て、ショーゴさんは顔をしかめるけれど。
「だからといって我々に何が出来る? 目立って警察なんかに捕まったら直ぐに
その一言を吐き捨て、前に向き直り黙って足を動かしてゆく。
あまりの冷たい態度にポカンとしている私の肩を叩き、ショーゴさんの言葉を拾ったサナちゃんがおどけて説明をしてくれた。
「今の明の神ってさ、
オーバーな身振り手振りで「ぐえぇ! 」とリアクションしたサナちゃんに、ショーゴ以外が思わず吹き出す。
「相変わらず国家批判えげつねーな!」
いてて、とお腹を押さえてカケル君が笑う。
「ま、だいたい真実だけどな」とつけ足すのも忘れなかった。
一方。
艶やかな素材のワインレッドのワンピースが、桜の体を足首まで包み込んでいる。
その贅沢な感触に包まれて。
心の底から沸き上がる笑みで、
彼女のピンクのルージュが歪む。
自分が特別な存在になったかのよう。
実際、あたしは特別なのだ。
だって、神様の生まれ変わりなんだもの。
高層ビルの
つまり、あたしのもの。
初めて見たときから何か特別な感じがしたもの。
スーツは
それを着るに
今までのどんな男よりも極上物件。
それが今やあたしのモノなんて!
「
深い慈愛で満たされる声に、桜の頬が紅くなる。
背中から声をかけられても、どんな表情をしてるかすぐわかるわ。
あたしを特別に思ってくれる、素敵な
この人の声を聞けばどんな人間だって言いなりになってしまう。
うちの馬鹿な両親みたいに。
「
彼の側まで小走りで寄り、上目遣いで彼を見上げる。
しっかり腕もまとわりつかせて体を密着させる事も忘れない。
男をオトスにはこれが一番効いていた。
そう。
今まではこれで上手くいったのに。
やんわりと押し返す彼の手がそれを否定する。
まだ主導権は彼が握っていた。
そうして共に窓際に寄り、直前の桜の様に、外を見下ろす。
意味深な言葉を
「彼らは勘違いをしているようだからね」
優しく見下ろしている彼の目は、漆黒の夜空みたいに輝いているわ。
その彼の横顔を見つめて。
桜はもう一人の自分を思う。
あたしは梛木さんが欲しい。
柳になんか絶対あげない。
昔から金魚の
桜の指が梛木の腕に食い込んで、それに気づいた梛木が優しく話しかけた。
「大丈夫だ。もうすぐ、お前は完璧な存在になる」
「あたしはいつも完璧よ。柳とは違うわ。努力も苦労も惜しまない。だから梛木さんはあたしを選んだんでしょ?」
その言葉に睨むように言い返し不敵に笑う桜を見下ろし、彼は愛おしそうに微笑んだ。
口づけをする直前、
彼が
「頼んだよ。わたしの子ども達」
「今は地上に出るのはまずいな。警察官が多いし月も出ている」
偵察を終えたショーゴが戻って来て、動いて暑いのかスーツのジャケットを脱いだ。
それを聞きながら、ミツハが皆に提案した。
「私たちの居場所が
ミツハは、背中のリュックからレッドブルを取り出して、カケルに飲ませようと私達のもとへ近付いてくる。
「いい加減カケル兄さんもそんなに柳様を怒らないで」
少し怒気を含んだその言葉に、包帯を巻いたカケル君が振り向いてミツハちゃんから缶を受けとる。
私はカケル君の前に正座をさせられてずっと黙って小言を聞いていた。
「だってさぁ~。もちっとオレラを信用してくれてもさあ~って思って。次に“ごめん”なんて言ったらキスすんぞコラ! ぐらい言ってもいいじゃん? 」
そう言って、缶をアゴにつけて可愛く首をかしげて見せた。
ミツハはそれを見て、腰に手をあてて静かに怒る。
「カケルは昔っから過激だよね」
そんな二人を見ていたサナが、笑いながら私とカケル君の間に座る。
そうしてスマホをスタジャンのポケットから取り出してトツトツと画面をタップする。
「
スマホをタップし終わると、サナはトンネルの先を見る。
私もつられて、同じ暗闇の先を見た。
この先に、その里があるのかな?
でも私がその里へ行ったら、また迷惑をかけるんじゃないのかな?
それに、晴れだとどうして駄目なんだろう?
「アマテラスとツクヨミって知ってる?」
ぼぅっと見つめていたら、そんな私の疑問に気づいたらしいカケル君が、笑いながら私のハの字の眉毛を親指でぐりぐりしだす。
「その二人って、イザナギ自身の子供なのよ。太陽のアマテラスと、月のツクヨミ。奴等は
両方のまぶたもぐりぐりしだして(もちろん優しく)、変な顔~と、またカラカラ笑いだす。
「見られたら、筒抜けでオレラのことモロバレだろ? だから地下を行くんだよ。……それに」
カケルが私に抱きついてくる。
いきなりの行動で、私はポカンと口を開け、固まってしまった。
「ほら、ヤらしい事ってフツーは暗闇でするもんだろ? 」
ミツハとサナの蹴りが炸裂したのは、言うまでもなかった。
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