第2話 宵の里
足音が、
私達は地下深くの放置されたトンネルの中をただひたすらに、走っていた。
カケル君が時々、後ろを走る私を確認してくる。
「ホラ、急いだ急いだ! 」
「あの……カケル君? 何処に行くの? 」
ここは、確かに都会の地下だったのに。
アリスの世界の入り口が、こんなに近くにあったなんて。
所々崩れてはいるけれど、大柄な人も通れるほど広い。
崩れた隙間からは線路らしいものも見える。
向こう側の灯りが漏れてきていた。列車が走ると振動で、パラパラと土が落っこちてきて恐ろしいけれど、止まってなんかはいられない。
カケル君はそんなのも気にせず走り続けている。
「トーキョーもだけど日本ってさ、以外とこんな道がゴロゴロあんの。むかーしに造られたヤツなんだけどもう存在すら忘れ去られてんのよ。地上の人間にはさ、見えてないもんがいっぱいあるワケ」
からからと笑いながら話すカケルの足はさっきからスピードを落とさない。
まるで、何かに追われているよう。
「でもこういう所で奴等に襲われる事の方が多いのよね……っと!!」
―――ガガガッッ! ―――
斜め先の広くなった三股のトンネルから、紅い何かが鋭く飛び出す。
地面に突き刺さったそれは、キラキラと紅く輝いていた。
これはまるで、ルビーの輝き?
「オレから離れんなよ!
カケルは後ろに柳をかばい、仁王立ちになる。
炎の舞
「!!」
私は両手で口元を押さえた。
社会の教科書で見るよりも、綺麗。
穏やかに曲がる刃先にかけて、美しい波のような模様がまるで光を放つよう。
目の前で起きていることが、信じられないことばかり。
トンネルから出てきたのは、目も髪も紅い美女だった。
彼女はそっとため息をついて、人差し指を、紅い口元にそえて小首を傾げて妖艶に笑う。
「
この場に似つかわしくない、甘い声。
腰をしならせて、今度は指先を柳に向ける。
「なぎさま? ……きゃあ! 」
いきなり空中から現れて、柳に向かって飛んでくるのは地面に突き刺さったあの紅い石。
カケルはその後に飛んできた全て叩き落とすと、不敵に笑って、刀を握り直すのだった。
「あんまり張り切ると、年取るぜ、おばちゃん♪」
それからそこは灼熱の戦場。
カケルが刀を振る度に、熱波が赤毛の美女を襲う。触れなくても赤毛を焼ききる威力に、美女がたじろいだ。
「……あんた、カグツチね! 」
「気付くのオッセーの。おとといおいで!」
その言葉を合図にして、踏み込んだカケル君が、横一文字に刀を振った。
刀が美女の胴体を切断する。
「ぎゃああぁぁ!! 」
「きゃああぁぁ!! 」
もう、ずっと我慢していた悲鳴が漏れた。
必死で顔を手で
刀の軌跡が目に焼き付いて。
見たくない!
真っ赤な血が辺りに飛び散る。
血の
まだ、痙攣を残す美女の上半身に彼が近づいていった。
両手で柄を握りしめて。
カケルは、切ったばかりの美女の心臓に、勢いよく刀を突き立てた。
「
もう一度、大きく美女の体が跳ねた。
そして、そこにあったはずの死体は溶けて砕けて、崩れた
一瞬だけ、苦しそうな表情をみせたカケルがクルッと柳の方を見る。
「柳も怖かったろ。ごめんな。ちゃんと説明すっから、今は先に進もう」
笑って、手を差し出した。
でも、思わず後ずさる。
足に力が入らなかった。
人が殺された所を見てしまったのだから!
「ひ……人殺し!! 近寄らないで! 」
訳もわからずに涙が溢れた。
にじんだ先には、彼がいた。
優しい人だと思っていたのに。
もう誰も信じられない。
世界でたった一人になってしまった気分。
ポリポリと頭の後ろをかいていたカケルがその場に
「……何が聞きたい? 」
顔をのぞき込む彼の目は、凄く優しい色をしていた。
赤毛の人と戦っていた時とは、まるで別人のようだった。
いま、カケル君に見捨てられてしまえば、私もあの女のヒトみたいに殺されてしまうのだろうか……?
「……どうして、さっきの人、殺したの?」
「ヤらなきゃヤられちまうから」
少し考えて答える。
「どうして、私の事を助けてくれるの?」
「助けたかったから」
今度は間を置かずに。
「どうして……どうして桜は、私を殺そうとしたの?」
「話すと長くなる。だけど信じてほしい。オレラは絶対に柳を裏切らねぇから。柳を守るって誓うから」
凄く真剣に、言葉を選んで話し掛けてくれている。
彼は、私の手を握ってくれた。
凄く力が強くて、温かい
そして。
私たちはまた走り出した。
この手の温かさは信じてみようと思った。
カケル君の言葉に背中を押されて、もっと地下深くへと下っていった。
これから何が待っているのか、私にはわからなかったけれども。
トンネルの先は大きく開けた明るい空間。
手前には、ごく普通の家が立ち並ぶ。
奥の方には緑が見える。
そして、ごく普通の人達がいた。
「ここ、本当に地下……!? 」
先を歩くカケルが会う人会う人にヒラヒラと手を振っている。
振られた人達も、笑って手を振り返していた。
「そだよん。オレラの里。電気も水道も通ってるしフツーにWi-Fi届いてるよん♪」
自家菜園みたいなものまである。
不思議なことに、私を見るたびに高齢の人達が、拝んでくる。
私はその
「気にしないで先進も。
この空間の一番高い場所にある、屋根瓦の家に私達は通された。
「長、ただいま戻りました。片割れは保護しましたがもう一方は
背筋をピンと伸ばし正座をして、言葉使いも違う彼の目の前に、とても小さなおばあちゃんが座る。
あのカケル君が敬意と尊敬をもって接している。
おばあちゃんはカケル君を
「はるばるようお越し下さいました。柳様」
優しい声音と、にこにこした笑顔が一気に私の緊張を解きほぐす。
「私……わたし」
聞きたいことは、沢山あった。
この人が、答えてくれるような気がして。
両親に殺されかけたことも、
双子の姉に見捨てられたことも、
……目の前で人が死んだことも、
全てが嘘であったらいいのに。
何から聞けば良いのか戸惑い、口ごもる私を急かすこともせず、うんうんと
「私達は、遥か昔からこの地に住まう
にこやかに話すおばあちゃんの声は、昔話を聞いている様だった。
まるで背中を撫でられているような、安心感。
「しかし平成、令和と時がたつにつれ、我々の存在は忘れて去られ、過去に追いやられてしまった。そんな我々が
その言葉に、私はビックリして思わず自分の胸を指差す。
「私……? 桜じゃなくてですか? 」
「勿論、お二人
そうして三つ指をつき、深々と頭を下げる。
隣で寄り添い、話を聞いていてくれたカケル君も、その場で私に向き直り、同じ様に頭を下げた。
「あなた様を我々は全力でお守りいたします。ですからこの里で
私の知らない世界の言葉。
淡い期待を打ち砕かれて、
私の目の前は真っ暗に堕ちてゆく。
信じられるのは、隣の金髪の彼が支えてくれた手の温かさだけだった。
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