第17話 死神の刺客 前編

 ぴんと立った耳、薄金色の短い毛並み、細長い四肢。単独の狩りで大型動物をも仕留め、死肉さえも喰らい尽くす荒野の肉食獣。


 キンイロジャッカル。哺乳類、食肉目イヌ科イヌ属。学名Canis aureus。


 猛獣は獲物を罠に追い込むようにじりじりと近づいてくる。朔也さくやは素早く身構えた。


「おいおい、そんなコワい顔すんなって」


 獣が姿を変えた。


 両耳を埋め尽くすほどのピアスに、スカイブルーの瞳。そして人の言葉――。


「誰だって顔してんな。今後会うこともないだろうが教えてやるよ――俺はユーリだ」


 朔也は臨戦体勢をとったまま、低く声を発した。


「俺に何の用だ」


「何の用? ハッ、笑わせんなよ」


 ユーリと名乗った男はあざけるように笑った。伸ばされた人差し指が朔也を指し示す。


「お前を生け捕りにすること。それが俺たちの目的だ」


「……リカルドの差し金か」


 朔也はキッとユーリを睨んだ。


「どうして俺なんだ」


「さあな? 詳しい理由は知らねぇよ。ただ、知ってるか? ジャッカルは死神の名を冠する気高き獣。『グリムリーパー』の顔としてお前を仕留めるのにこの俺ほどふさわしい奴はいねぇってことだ。……っつーわけで」


 ユーリの目がにやりと歪む。そのあまりに冷たい笑みに、朔也の背筋にぞくりと寒気が走った。


「存分に『狩らせて』もらうぜ」


 腰元から短剣を引き抜いたユーリが嗤い、鋭い犬歯がぎらりと残酷に輝く。


 相手の足が地面を蹴った。と思った次の瞬間、ユーリの顔が目の前にあった。


 とっさに身をひるがえしたが間に合わず、刃が頬をかすめた。鮮血が散る。


「思う存分じゃれてやるよ、猫野郎!」


 ユーリの手の中でナイフが向きを変える。銀色の切っ先がまっすぐ朔也の方を向いた。


 朔也は目を見開き、すぐさま左足を蹴り上げた。


「おっと」


 全力の反撃だったが、ユーリは最小限の動きだけで軽く攻撃をいなした。


 入隊したばかりの朔也と彼とでは、経験も実力も違いすぎる。それでもわずかに生まれた隙を見逃さず、後ろに跳ぶ。激しく砂ぼこりを巻き上げながら、ブーツをもらっておいてよかったと心から思った。


 しかし今は、そのブーツをくれた張本人の所在が分からない。


はやてさん、どこだ……?」


 今の朔也では、奴に勝つのは不可能だ。現状を打開できるのは彼しかいない。隊員として経験を積んでいる彼なら、ユーリとも互角に渡り合えるはずだ。そう思ったのだが、


「あの白黒野郎なら来ないぜ」


 朔也の心を読んだかのようにユーリが言った。


「何だと?」


「奴のもとには俺の相棒を送ってある。足止めだよ。邪魔をされるわけにはいかないんでなっ!」


 語尾とともにユーリが地面を蹴る。数十メートルはあろうかという距離を一瞬で詰められた。


 顔を目がけて短剣が突き出される。他人を傷つけることに何の躊躇ちゅうちょもない、手練てだれの動きだ。反撃はおろか、かわすだけで精一杯だった。


 攻撃を避けつつ後ずさる朔也の腹に、ユーリが回し蹴りを入れた。呼吸が止まり、次の瞬間には宙を舞って地面に叩きつけられていた。


「何だよ、張り合いねぇなぁ」


 げほげほと咳き込む朔也の上にユーリの影が落ちる。立ち上がることのできない朔也の手に、勢い良く短剣が突き立てられた。


「ぐあぁっ……!」


「ああ……生け捕りとは言われたが、つい殺しちまいそうだぜ。気をつけねぇとなぁ」


 にやにやと笑いながら、ユーリが顔を覗き込んでくる。汗と涙でにじむ視界の中、朔也は相手の薄青色の瞳をキッと睨み返した。


 途端、二本目の短剣が今度は腕を貫く。


「うぐっ……」


 あまりの痛みに気を失いかけた。朦朧もうろうとする意識の中、ユーリの高笑いだけが醜くこだまする。


「威勢がいいじゃねぇか。自分ひとりじゃ勝てない、おまけにだぁれも助けに来ちゃくれない。そんな状況でまだ諦めねぇとは泣かせてくれるぜ――ほら、立て」


 ユーリは短剣を二つ同時に引き抜いた。朔也の腕を掴み、無理やり立たせる。


「まだテメェの変化へんげすら見てねぇぞ。お披露目と行こうじゃねぇか!」

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