第8話 燃える瞳 前編
立ちはだかる無機質な金属製の扉を跳ね飛ばすと、吹き込んだ風が髪を暴れさせた。
辿り着いた先は殺風景な屋上だった。遮るものは何もなく、胸の高さくらいのフェンスがぐるりと外周を囲んでいる。強い
「もう諦めろ、小僧」
男の一人が覆面を
「状況が分かっているのか? 貴様に勝ち目はない。今降伏すれば、せめて売り物にはしてやろう。でなきゃ今すぐ肉片になれ」
「なら、
あくまでも淡々と冷静な朔也の口ぶりに、男たちは
「お前らを差し向けたのはどこのどいつだ」
「……ふん、まあいい。死人に口なしだ、教えてやろう。そもそも俺たちに守秘義務なんてないしな」
「もったいぶってないで早く教えろ」
男は気味の悪い笑みを取り戻した。そして無精髭をなでながら言った。
「『グリムリーパー』のお
『グリムリーパー』──死神。
不穏な響きに、朔也はぐっと眉間に力を込める。
「
「なぜ俺なんだ」
「さあなぁ? 一つだけだと言っただろう。おしゃべりはここまでだ」
後ずさった朔也の指が冷たい金属に触れる。その先に広がるのは、虚空。逃げ道は閉ざされた。
かのように思われた。
「甘いな」
朔也の唇が、ふっと笑みを形作った。
男たちを見
そのときになって、男たちはようやく朔也の
「なっ……逃がすか! お前ら、かかれ!」
男たちが駆け出すのと同時に、朔也は冷たいフェンスを蹴った。
*
しかし、着弾よりも速く
「なっ……消えた?!」
「違う、奴も
「クソッ、暗くてよく見えねぇ……!」
男たちは明らかな動揺を見せた。戦場では、そんな一刻の油断が命取りとなる。
乾いた銃声が連続して
「がっ……」
五人のうち三人が、後頭部への衝撃で倒れ込んだ。
「後ろだ!」
振り向きざまに機関銃を構える。しかし、そこにはすでに桂の姿はない。
「無駄っすよ」
──背後から、声がした。
「的が小さすぎる。あんたらにとっては、ね」
「このっ……!」
この距離、機関銃では到底間に合わない。男は力を振り絞って振り返りながら、
「舐めてんじゃねぇぞクソガキがぁ!」
桂の反対側から、もう一人の戦闘員が応戦する。機関銃を撃つことを諦め、両手で掴んで振り
銃声。
一瞬とも言えないほどわずかな間を置いて、構成員たちは同時に仰向けに吹き飛んだ。
桂は左右に伸ばしていた腕をゆっくりと降ろした。その手には、どちらにも黒い拳銃が握られていた。
「残念。俺、両利きなんすよ」
立ち昇る
「まぁこれ、弾は偽物なんすけどね」
銃をホルスターに差し込み、桂は男たちの体をひょいと飛び越えた。
朔也は上階に向かったはず、と空を振り仰ぐ。
──その視線の先で。
投げ出されるようにして、朔也の体がふわりと宙に浮いた。
「え?」
地上七階分の高さから、地面に引き寄せられるように真っ逆さまに落ちてくる。下は一面の
「朔也さん!」
桂が声を上げたのとほぼ同時だった。
震える右手に拳銃を握りしめた男の一人が、最後の
闇を切り裂いて
「あがっ……!」
「朔也……さん」
無駄だと分かっていて、それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
下からの風にバタバタと服をあおられながら、重力に従って落下する朔也。その体が、地上二階ほどの高さに到達したときだった。
彼は、唐突に閉じていた目を開いた。
そして、空中で
しなやかな
猫。哺乳類、食肉目ネコ科。学名Felis silvestris catus。
黒い獣は空中で半回転し、音も立てずに着地した。その動きからは踊り子のような優雅さすら感じられた。
「……はっ。やるじゃないっすか」
伸ばしていた手をばたりと下ろす。桂の向かいで
「桂、その足……」
桂は苦痛と悔しさに唇を噛む。
「……不甲斐ないっす」
「立てるか」
「はい、何とか」
桂に手を貸し、立ち上がらせる。
「それより、早くここを離れましょう。すぐに屋上に行った奴らが追いつ――」
次に起こったことを頭が理解するまでに、少し時間がかかった。
世界が九十度傾き、右半身に痛みが、ほとんど衝撃として襲いかかった。爆風が髪を吹き荒らす。
さっきまで二人がいた廃ビルが、火の海と化していた。
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