第36話 ウォンテッド

 イゾウは静かに抜刀すると、鞘を投げ捨てる。そして手を使って掛かってくるように挑発をした。怪人が唸りながら全速力で突っ込んできた瞬間、下段構えから全力で振り上げると、脅威に勘付いた怪人は咄嗟に急ブレーキをかけて後ろへ撥ねて一歩分後退する。恐ろしい機動性と動体視力であった。怪人の顎に刃が掠ると、僅かばかりの血が薄汚い路上に垂れた。


 これが逆鱗に触れたらしく、怪人はさらに速度を上げてイゾウに詰め寄り、爪や腕に仕込まれた刃状の突起物で攻め立てていく。一瞬でも隙を見せれば八つ裂きにされると分かったイゾウも、刀を使いこなしてそれを防ぎ続ける。怪人の素早さもさることながら、それに耐え続けるイゾウの膂力りょりょくとタフさも並みではなかった。


「お、おい!押されているじゃないか!」


 自分の立場を弁えてないのか、ケイネスが叫んでいたがクリスは無視を決め込む。そしてイゾウの戦い方に注視していた。一見不利な状況が続いているように見えるが、それがわざとである事をクリスは見抜いていた。攻撃を捌き、時には回避する彼の動きには、優勢で無いが故の焦燥感が無かったのである。


 応酬が続いていた最中、僅かな疲弊によって攻撃のテンポが遅れた隙を見計らってイゾウが仕掛けた。刹那にがら空きになった胸に目掛けて水平に刀を入れ、横払いで一気に切り裂く。一筋の切れ込みから止めどなく血が溢れ出た事で怪人はさらに動揺し、彼から距離を置こうと後退しようとしたが、それを察知したイゾウが即座に刀を逆手持ちに変えて、脇腹へ突き刺す。すぐに引き抜いて続けざまに袈裟斬りにした。


「ギャアアアアア!」


 よほど堪えたのか、怪人が情けなく叫ぶ。ヤケクソ気味に腕を振り回してくると、イゾウはそれを弾いて怪人の喉元に刺突を放った。刀が深々と貫通し、込み上げてくる血を口から溢れさせて怪人が悶える。手をダラリと下げた怪人から生気を感じなくなった瞬間に刀を抜き、トドメに首を刎ねた。


「楽勝だったな」


 血を拭いて拾った鞘にしまうイゾウをクリスは褒めたが、イゾウはすかした表情で目の前を通り過ぎた。


「それより尋問は?」

「ああ…はは」

「…さっさとするぞ」


 すっかり自分の仕事を忘れていたクリスが適当な愛想笑いで誤魔化し、反応を見たイゾウは溜息をついて言った。ケイネスの方へ向かったクリスが首根っこを掴んで、無理やり壊れている馬車に彼を叩きつける。


「何をするんだ…!私は怪我人だぞ!」

「身から出た錆だ。言え、攫った労働者達をどこに届けていた?」


 被害者面をするケイネスにイゾウが尋ねると、彼は押し黙ったまま答えようとはしない。躊躇っているというよりも、何か違う事を恐れている様にも感じられる神妙な面持ちであった。


「脅されているのか?」


 話が進まない事にじれったさを感じたのか、クリスはさらに聞いてみた。


「し、喋ったら殺されちまう」

「牢屋で良ければ守ってやる。さっさと言え。それとも化け物の仕業という事にして片っ端から骨をへし折ってやろうか?」


 口封じが怖いのか頑なに情報を漏らさないケイネスに、イゾウは脅迫めいた催促をし始めた。大した演技だと感心していたクリスだったが、直後にケイネスの薬指を握っている光景を目撃してしまい、すぐに考えを改めた。


「分かった、言うよ!この街の外れにある倉庫の地下へ連れて行くように頼まれてた!私が知ってるのはそこまでだ!」

「誰の差し金で?」

「そ、それだけは言えない…」


 やはり雇い主を恐れているのか、核心については言わなかったケイネスだったが、事件の解決は一歩前進した。


「また話を聞きに行く。俺達と雇い主…どちら側につくかせいぜい考えておけ」


 イゾウはそう言っている時、兵士達がかなり遅れて現場に到着した。どうやら急に飛び出して行った事に呆れたシェリルが手配したらしい。現場にある怪人の死体と、ケイネスを連れて行くように言われた兵士達は二つ返事で承諾して準備に取り掛かり始めた。


「カチコミといくか?」


 死体をどのように扱えば良いか戸惑ったり、駄々をこねるケイネスに手錠を掛けたりするなどして職務を全うしている兵士達を尻目に、クリスは煙草を吹かすイゾウに近づき、これ見よがしに煙たそうにしながら聞いた。


「たまには気が合うもんだな」


 残り僅かな長さになった吸い殻を指で弾き捨てると、鼻を鳴らしてイゾウは言った。




 ――――自宅兼アジトにて、ギャッツは日課である肉体鍛錬に励んでいた。野牛の顔を持つ毛に覆われた巨体…ミノタウロスを鎖で縛り上げ、全力で殴り続けるのが彼の趣味であった。散歩がてらに森へ足を運び、群れを見つけては腕っぷしに物を言わせて気まぐれに滅ぼし、その中でも活きが良い個体を連れて帰ってこのようにいたぶるのである。


 だが捕まえた頃に比べて痛みに慣れ、疲弊しきった事で悲鳴を上げなくなったミノタウロスに飽きたのか、最後のトドメに首を折ってミノタウロスを殺した。また新しいのを捕まえた方が良いかなどと考え、タオルで体を拭いているとアンディがノックと共に部屋に入って来た。


「ご到着した様です」


 服を着替えながら報告を聞いたギャッツは、部屋を出る間際に掃除をしておけと命令してその場を後にする。ダイニングとして使っている広間のテーブルには、数名ほどの人物が席に着いている。


「よく来た…と言いたいところだが、昨日の夜には到着していたはずだっただろう?なぜ遅れた?」


 椅子に座ってグラスを持ったギャッツだったが、まるで飴細工を扱うかのように握りつぶして破壊する。粉々になった破片をテーブルに落としながら全員に睨みを利かせた。


「忘れていた。すまない」


 眼帯を身に付けている刈り上げた髪が特徴的な女性が言った。


「俺は金勘定と、あんたのシノギの足跡を消す事に夢中だったもんで。悪かったとは思ってる」


 若い青年はコインを弾きながらギャッツを見て謝罪する。そういった二人とは裏腹に、何を言うわけでも無くそっぽを向いている白髪の男は、早く帰りたいのかテーブルを指で叩き続けていた。


「あんたも何か言っておきなよ」

「お前達とは利害の一致で動いてるに過ぎん。こちらの都合もお構いなしに呼び出されてるんだ…謝る道理も無い」


 青年が言い訳でもしておくように唆すが、ひどく不機嫌らしい白髪の男はわざわざ周囲に聞こえるように言った。青年は気まずそうに周りの様子を窺い、お手上げとでも言うように黙ってしまう。


「仕事をしてくれればそれで良い…早速だが本題に移ろう。クロードに根回しをさせて、我々の息がかかった者達をこの地に呼び寄せ始めている事は知っているだろう。その目的を伝えておこうと思ってな」


 思いの外、あっさりと許したギャッツはコインを弄っている青年に協力してもらい、配下にいる者達を集めているという近況を語り始めた。


「確かに苦労したよ。囚人の釈放やらどこにいるかも分からない奴らと連絡を取れなんて言うもんだから…それで、そんな事をさせた目的は?」

「後継者探し。クリス・ガーランドにブラザーフッドが掛けた懸賞金の話は知っているだろう。それとは別に俺からも報酬を用意する。奴を殺すか、生け捕りにして俺の所へ連れ来た者には、俺の持つシノギの半分をくれてやる」


 クロードが無茶振りにくたびれたと愚痴を言ってから真意を問いただすと、ギャッツからは耳を疑うような発言が飛び出た。既に知っていたアンディを除く、その場にいた全員が思わず顔を彼へ向けた。


「そして万が一、俺が死んだ暁には…その残りの半分も引き渡そう。つまり、実質この国の裏側を支配できる権利を与えてやるというわけだ」


 続けざまに放たれた一言によって、全員が動揺を見せずにはいられなかった。


「どういう風の吹き回しだ?」


 白髪の男が訝しみながら言った。


「歳を取った…最近、使っている”肉のサンドバッグ”が壊れるまでの日数が伸びる一方でな。色んな所で衰えを感じている。だがこのまま俺に何かあれば、裏社会を統治する者がいなくなってしまう。掃き溜めのような場所であるが、そこではないと生きられない者達も少なくない。無法地帯となってしまえば確実に滅ぼされてしまう程にか弱い連中だ。或いは混乱に乗じて騎士団が乗り込んでくる。正義を盾にされ、この世界にいる全員が住む場所も食う物も失ってしまうだろう。それだけは避けたい。だからこそ、白黒つけておこうと思った。誰が俺の後継者に相応しいのか、な。お前達も、そしてブラザーフッドもまた候補に入っている…どんな手段を使ってでも構わん。奴を倒してみろ」


 ギャッツが目的と背景を語り終え、立ち上がって部屋に戻ろうとする。その時、激しく扉を叩く音が聞こえた。入れと大声で命じると、息を切らした部下が扉を開けて現れる。


「何があった?」

「ミス・ベイカーが研究所として利用している施設に侵入者が…き、騎士団です」


 怒られない事を祈っているのか、震えながら部下は話した。ギャッツの内側からは呆れや怒りが込み上がり、頭を少し掻いた後に苛立つように口封じを命じ、重い足取りで広間から出ていく。心臓に悪いと周囲が苦虫を噛みつぶすような態度を取る中、アンディだけはやれやれと笑みを崩さずに溜息をつき、彼の後を追っていった。

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