第37話 阿吽
一方でイゾウとクリスの二人は、研究所に使われていたという倉庫に到着し、調査を行いたいと申し出た。しかし、作業員に扮するギャッツの手下達は挨拶も無しに攻撃を開始し、クリスが反撃した結果として血みどろの抗争が繰り広げられてしまっていたのである。最も流れる血の大半は、クリスと手下たちによるものであったが。
「何だこいつ!いくら撃っても倒れねえ!」
必死に集中砲火を浴びせられ、余すところなく血に濡れるクリスだったが、何食わぬ顔で撃ち返して着実に始末していく。彼にとっては発砲など居場所を伝えてくれている様なものであった。拳銃の威力もあってか、たとえ障害物に隠れていようとお構いなしに風穴を開けていく。銃はダメだと判断し、物陰から鉄パイプで奇襲を仕掛けてみた者もいたが、受け止められた挙句に恐ろしい力でパイプを捻じ曲げられてしまう。そのまま蹴り飛ばされると、積み荷を突き破った後に地面に叩きつけられた。
覚悟を決めたのか、サーベルやバット、ナイフを片手に数人がかりでクリスに突っ込んできた。クリスはガントレットを使い、四方八方から攻め込んでくる敵の攻撃を捌いて、隙を見せた者から殴り倒して、或いは得物を握る腕を掴んでへし折っていく。時には足を蹴って破壊し、動けなくなった所で近くの固そうな壁や積み荷に向かって叩きつけた。
「だ、誰か手を貸せ!…うわああああ!!」
一方でイゾウの対処に当たっていた者達も、次々と彼の手で斬り捨てられた。銃で攻撃しようにも障害物に身を隠しては行方をくらまし、周囲が狼狽え始めた後に闇討ちを行って来る。汚い戦法ではあるが、彼はどこかの誰かとは違う。死んでは元も子も無いが故であった。近寄られた際の事を危惧して近接で戦えそうな装備に切り替えた者もいるが、それでどうにか出来れば苦労はしない。
イゾウは必死に自分の姿を探す者達の背後へ忍び寄り、一人を突き刺して殺すと、そのまま存在に気づいて切りかかって来る者達を処理していった。鍔迫り合いに持ち込もうと、サーベルの刃を叩きつけて来た相手を足払いによって体勢を崩させ、一気に喉を切り裂く。そのまま走り過ぎてから、殺した敵の背後にいた者に刀を投げつけた。避けようにも他の者がいた事もあってか上手く避けられず、太股に突き刺さってしまう。すぐさまイゾウは詰め寄り、刺さった刀を掴んでそのまま足を斬った。叫び声をあげる敵を斬り伏せると、残る敵を静かな足取りで追い詰めていく。
間もなく、他の者達も一瞬の間に倒された。血溜まりから足跡を付けながらイゾウがクリスの様子を見に行こうとすると、自身の右手にあった鉄の柱に吹き飛ばされた敵が勢いよく叩きつけられる。
「終わったか?」
「ああ」
二人は周囲に敵影が無いのを確認してから、研究設備があるらしい地下への入り口を探し始める。暫くすると施錠された扉の先にて階段を見つけた。階段を降りて通路の先を進んでみれば、いかにもな扉の前で二名の見張りが震えている。クリスは一瞬だけイゾウの顔を見るが、「早いとこ終わらせるぞ」とでも言いたいのか彼が先陣を切ってしまった。流石に無抵抗の相手を殺すのには躊躇があるのか、峰打ちで済ませてから鍵を探し始める。だが、彼が鍵を見つける前にクリスはドアを蹴破って中へ入った。
「あら、やっぱり来た」
退屈だったのか本を読んでいたらしいマーシェが半笑いで言った。辺りには様々な生物や植物の標本や臓器、そして人間の死体があった。
「お前は?」
クリスが尋ねると、マーシェは余裕そうに本を閉じてから立ち上がって散らかしっぱなしの部屋を眺める。
「マーシェ・ベイカー…科学者。さらに言うなら、あなた達の知りたい情報を持っているかもしれない重要参考人、及び実行犯って所かしら」
一息ついてから彼女が言い放つと、イゾウが刀を抜いて立ちはだかる。そして静かに彼女に切っ先を向けた。
「死ぬか、俺達と来て情報を喋るかだ」
「いいわよ、何ならこの場でも良い。何か聞きたい?」
脅したつもりであったが、彼女はやけに自白に積極的であった。死に対する恐怖心に気圧されたという訳でも無さそうであり、まるでこの時を待っていたかのようだった。
「やけに素直だな」
「当然よ、さっさと出たいもの。どれくらいの間こんな場所に閉じ込められてたか…早く日光が浴びたい。というわけで、ここで話すつもりが無いなら手錠でも何でも使って良いから安全な場所に連れて行って欲しいわね。ただし乱暴なのは嫌よ?」
「黙れ。選り好み出来ると思うな」
驚くクリスにマーシェは事情と要求をかいつまんで語る。イゾウはそんな物を聞くつもりは無いと彼女に言い返すが、途端に不機嫌そうな視線をマーシェは送った。
「あんたみたいな奴ってホント嫌い…連行するならあなたがエスコートしてくれない?あの堅物東洋人よりは優しくしてくれそう」
イゾウに悪態をついたマーシェは、クリスに対して両手を差し出し、いつでも連行してくれと言わんばかりに構えている。
「…応援が来てるか見にいく。さっさと連れてこい」
腹が立ったらしく、イゾウは捨て台詞の様に言い残して部屋を出る。渋々クリスは手錠を掛けて、彼女を外に連れて行った。既に兵士達が到着していたようで現場の調査を行い始めている。
「うわあ…ホントえげつない殺し方するよなあオオカミさん」
「だよな、敵に回したくない…」
イゾウが作った死体を見て、震え上がりながら兵士達は話していた。すぐ後ろから「えげつなくて悪かったな」とイゾウが呼びかけているの光景を見ながら、護送用の馬車へとクリスは近づいていく。
「ほら、さっさと乗れ」
「あら、ここまでなの?」
「俺はな。後は勝手に連れていってくれる」
頑丈そうな馬車の前に着いてから、クリスはマーシェを乗せようとしたが、一緒に来てくれないのを不服そうにしていた。
「警備が手薄な時に襲われるかもよ?口封じとかね…こう見えて結構物知りなの」
「そんな易々と襲わせるほど兵士達も———」
自分が狙われているかもと諭すマーシェに、クリスは馬鹿らしいと反論しかけた時であった。付近から少し離れた位置に人の気配を感じた方角にクリスが目をやると、海沿いに立てられていた倉庫から離れた先にある灯台が見えた。何か不味い予感がすると感じ、マーシェを庇う様に彼女を軽く突き飛ばした直後、クリスの右目に衝撃が走る。片側の視界が暗闇へと早変わりし、飛び散った血液が左目に入った事から残された視界もほんのりと赤く染まった。
倒れなかったのは流石といった所だが、やはりダメージの回復には手間取っているらしかった。クリスは抉れた片目の部分を抑えて出血の具合を見てから、マーシェの無事を確認する。怪我は無さそうであった。異変に気付いた兵士達が駆け寄り、周囲を警戒しながら経緯を尋ねる。すぐに説明をした後に数名が確認へ向かう頃には、だいぶ肉体の損傷も癒えていた。
「ああ、あなたが噂に聞いた」
「…確かにボディーガードが必要そうだな」
見たことの無い現象に関心を寄せるマーシェを見てから、渇いた筈の頭部や服が再び血で濡れた事にガッカリしながら、クリスは自分も同行すべきなのだろうと方針を変えた。
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