第28話 嵐の前の静けさ

「酷い言いようだったな」

「親しいからこそだ。お前にされた仕打ちに比べれば温い」


 レグルは酒を勧めるがクリスは仕事中だと断った。歯切れが悪そうに諦めたレグルは次にパイプをふかし始める。集落の長と呼べるような気品は感じられない。


「お前がブラザーフッドへ謀反を企てたからだろ。処刑されないようにとどれだけ根回ししたか…」

「分かってるさ。お前のおかげで俺はこうして生きている。だから…これにも加担しなかった」


 レグルが渡した紙には、自分に掛けられた懸賞金や自身の特徴についてが事細かに記されている。アクセルが持っていたものと同一の内容であった。


「ブラザーフッドからだ。連中、恐らく分かってるんだろうな…お前を何とかしない限りは、どんどん状況を引っ掻き回されてしまうと。勿論、奴らにとって悪い意味で。集めた情報が正しければ魔術師のコミュニティだけじゃない。この国のあらゆる犯罪組織や裏社会の住人達にも知れ渡ってるらしい」


 レグルからの説明に対して、ややこしい事になってきたとクリスは心の内で頭を抱える。現在進行形で憎まれているブラザーフッドだけならばまだしも、自分の知り得ない界隈の人間にまで目を付けられ始めているという状況は、確実に今後の仕事に支障をきたしてしまうのである。


「間違いなくネロだ。あいつめ、つくづく他人を顎で使うのが好きらしい」

「呑気言ってる場合じゃないだろ。お前がこんな状況にしてくれたおかげで、俺は新しい居場所を失いかけているんだ。ブラザーフッドの奴らに脅されたよ…『この仕事を引き受けてくれないのだとしたら、お前らも裏切り者の仲間とみなす』…ってな。お断りだと突き返したら、もう一度だけチャンスをやると言い残して帰っちまった」


 酷く落ち込むようにしてレグルは席を立つと、周囲を歩き始めた。彼の反応からしてこの新しい住処についてはかなり気に入っているのだろう。


「ああ…危険な仕事だ。タダでとは言わんさ。同盟の締結とは別に、他の魔術師達にも騎士団と関係を結んでもらえないか口添えしてみよう。こう見えて顔は広い」


 気を取り直してレグルは交換条件の中にさらに上乗せをして来る。


「仲介役ってこういう事だったか…よし、ひとまずはうちのボスにも伝えよう。それと戦力になりそうな奴らを片っ端から集めてくれ。戦えずとも大がかりな魔法を使える奴がいるのならそいつもだ。騎士団だけで何とかしたいが、出来る限りは人手が欲しい」

「任せとけ。仕事が終わった暁には、今度こそ乾杯だ」


 クリスは今後の行動について、要求も踏まえた上で説明をしてから邸を出て行く。レグルもそれに応じるついでに酒を飲む約束を交わした。その後、クリスの口からこの集落が置かれている状況の説明と、騎士団に期待されている役割が語られると早速アルフレッドは馬車の御者に使って駐屯地からの派遣を指示した。


 一方で集められた魔術師の中で、戦えそうなものはシェリルや騎士団の兵士と共に援護や防衛に努めるようにクリスは頼み、戦えそうにない者は大地の魔法を使える者達と共に人々の避難所の建設を行うように言い聞かせた。入り口を固めている岩の坊壁と同様に、大地の魔法に慣れている者がいれば決して難しい事ではない。


「ここで会ったが百年目だぜ…と行きたい所だが、そんな状況じゃねえからなあ」


 シェリルと周囲の地形や射撃が出来そうな場所を話し合う前、守衛の一人は彼女に対してぼやいた。当然ではあるが、大怪我を負わされた事を根に持っていたのである。


「気持ちは分かるが、今だけは従ってくれないか?終わった後にいくらでも腹を割って話してくれ」

「はあ…言われなくても分かってるよ。こっちだ姉ちゃん、ついてきな」


 また騒動にならないかと不安に思うあまり、割って入ったクリスだったが魔術師達は案外聞き分けが良かった。そのまま彼らはシェリルに不意打ちが出来そうな地形がどこにあるかを案内しに出発する。一度だけシェリルはクリスの方を見て、お礼代わりに少し笑った後に手を振った。それに対しクリスも少しばかり笑みを浮かべた後に、門の外に出てみる。


 一本道ではあるが、防壁を除いては進撃を止める物が何も無い。草や木も生い茂ってはいるが、身を隠すには少し力不足であった。防壁と合わせて付近の高台からも援護射撃を行って貰えるが、不必要に魔術師達を駆り出しては犠牲が出てしまった際の言い訳も考える必要があると思考を巡らせている時、道を走ってくる一人の魔術師を目にした。風の力によって飛行が出来ると言っていたことから、偵察に送っていた若き魔術師であった。


「申し上げます!ここから三十キロメートルほど離れた湿原の付近に野営を確認しました」

「規模は?」

「多く見積もって八十人程です。会話などからして隊長格の者は少なくとも中級以上の魔術師かと」


 相手が決して大所帯ではない事が報告で分かると、クリスはこれまで通りのやり方で大丈夫かもしれないと考える。それからすぐに話を終えたシェリルと守衛たちが戻って来た。戻った斥候によって状況が伝えられると、全員が苦々しい顔をする。


「決して多くは無いけど…こっちの数じゃ足りない。送られてくる兵士の数を合わせてもどうだか」


 シェリルが言うと、それにばかりは同意をするように守衛を始めとした魔術師達は頷いた。


「だが相手に出来ない数じゃない。つまりプランBだ」


 クリスから提案からの提案に、周囲もどよめきを隠さなかった。


「って事はつまり…」

「俺だよ。攻撃に回るのは俺一人。後は全員で防衛や援護をしてくれ」


 明らかに周囲が引いているのを、クリスは空気で感じ取った。彼らの反応は至極当然の物であった。


「やはり無茶では?魔法も使えなくなっているあなただけでは…」

「銃がある。それを使うための弾丸もあるし…銃がダメなら拳もある。何より、俺なら死ぬ事は無い。防衛ってのは相手側に『二度と戦いたくない』と判断させる事が出来れば勝ちだ。俺が奴らに思い知らせてやる」


 クリスは自信があると意気込み、準備の進捗を確かめるべく再び集落へ戻っていく。刻々と戦いまでのタイムリミットが迫っていた。

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