第27話 流離いの風見鶏

「ほう、風来坊だったというわけか」


 村を襲っていた魔術師との戦闘と後始末が終わって一息つく間もなく、アルフレッド達は魔術師達との会合に向かうため馬車に乗って森の奥地へと向かっていた。その道中、是非とも過去を知りたいというアルフレッドの要望にクリスは渋々答えていたのである。


「ああ、魔術師も一枚岩じゃ無かった上に明確なカーストがあった。生まれも分からない俺みたいな奴を受け入れてくれる場所なんて無くてな。とにかく食えれば良いと仕事を引き受けてはあちこちを旅していた」


 クリスが説明している間、興味深そうに耳を傾けている。シェリルはずっと窓の外をボンヤリ見ていたが、途中から話が気になったのかクリスの方を見ていた。


「ブラザーフッドに入った経緯は?」

「仕事での暴れっぷりを聞いてから向こうが勝手に来てくれた。後は知っての通りだろう」


 アルフレッドとクリスが話を続けていると、連絡窓を御者が小突いた。目的地が見えてきたという事らしい。ここからは歩きだとアルフレッドに告げられ、クリス達が降り立つと岩を積み上げて作り出したらしい防護壁があった。唯一と思われる入り口に二人の見張りが立っており、付近の壁には巨大な紋章が記されている。この集落を取り仕切っている穏健派の派閥である”ホワイトレイヴン”のシンボルである。


「こちらへ」


 一人の顔に大きな傷のある男がシェリルを睨みながら言った。気まずそうにする彼女をクリスは不思議に思いつつも守衛について行ったが、門をくぐった先に数人程の魔術師が待ち構えていた。


「疑っているわけでは無いですが…念のために武器をお預かりします」


 変に抵抗しては神経を逆撫でしてしまうと、三人はそれに応じて装備を片っ端から引き渡した。老体だからという事もあり、アルフレッドの杖だけは没収を免れたが。


「守衛の奴、すぐにでもお前に飛び掛かりそうだったぞ。何をやらかした?」

「騎士団に入る前、金に困って盗みに忍び込んでさ。あいつとその仲間に捕まりそうになって…」

「それで揉めたってわけか」

「あいつも含めて何人かの骨をへし折った」

「寧ろよく堪えたなあの男」


 衝撃の告白にクリスは微妙な心持ちで会合の場所へ歩みを進めていく。点在する家屋や子供達の遊び場などからは物珍しそうに、または不愉快そうな顔をした魔術師達が彼らを見ていた。ハッキリと言って友好的な雰囲気を持っている者は誰一人としていない。


 真っすぐに集落の長がいるとされている石造りのやしきへと通された三人は、艶やかなよく手入れをされているテーブルに着かせられる。辺りに飾られている飾りを眺めて暫く黄昏ているた時、奥から少々小柄な顔色の悪い男性が従者と共に現れた。


「この地を治めさせていただいているレグル・モーフィアスです…以降お見知りおきを。ご用件はお伺いしていますが、出来れば詳細を教えていただきたい」


 挨拶をしつつレグルが席に着いて要求の確認を申し出ると、アルフレッドは契約書を取り出した。騎士団からの提案は穏健派の中でも有力であるホワイトレイヴンとの同盟締結によるブラザーフッドへの牽制、魔術師の持つ独自の技術や文化の保護、そして近隣住民との友好的な関係の維持による発展を目的としたものであった。


「言い分は良く分かりました。しかし、我々は内容の是非は勿論ですが…あなた方が信用に足る人々であるかという部分を問題視している」

「と、言いますと?」


 レグルが納得できない事があると切り出し、アルフレッドはすっ呆けているのか分からないがわざとらしく聞き返した。


「一通り情報を集めてはいますが…例えばそちらにいらっしゃるシェリル・ディキンソン殿。元はこの辺り一帯で活動していた窃盗犯だそうで。前科だけで見ても窃盗に暴行、恐喝…そんなお世辞にも真っ当ではない経歴の者を騎士団における要として運用するなど、仮にも治安維持を目的としている組織とは思えない」

「実力主義なのですよ。出自は関係ない。大事なのは何が出来るかです。訓練にだけ明け暮れた良い子ちゃん達ではどうしようも出来ない領域という物がありますので…ですが、ご安心を。部下への教育はちゃんとやっております」


 レグルの疑問に対して、心配はいらないと諭すアルフレッドだったが恐らくこの程度では彼の不安は拭えないだろうとクリスは考えていた。自分でさえ、言い訳にしては説得力に欠けると感じているアルフレッドの意見である。彼の性格を考えればきっと満足するわけがない。


「では、その男はどうです?あなた方が警戒しているはずのブラザーフッドで右腕として活躍し続けていた。そんな奴が信頼に足ると?」


 レグルは次にクリスを見ながらアルフレッドに尋ねた。


「ですから言うように、騎士団は彼の持つ知識や実力を期待しているのです。現に騎士団に加わってからも、着実に仕事をこなしてくれている」

「どうかな?あなたより付き合いの長い私からすれば、すぐにでも手を切るべきだと思っていますが…その男は、風見鶏です。信念もなく、右に左に流離っては自分に都合の良い方へ出向き、場を引っ掻き回しては立ち去る。そういう男です。彼がこなしているという仕事も、元を辿れば彼自身が元凶だったなんて話もあり得るのでは?」


 アルフレッドはクリスについても擁護の姿勢を見せたが、それでも尚レグルは信用が出来ないと捲し立てる。


「もし、それらを言いたいがためにこの二人を同伴者として指名したのなら、非常に意地の悪いお方だ。ハッキリ嫌だと仰れば良いものを」

「誤解しないでいただきたい。この同盟に対して否定的な考えを持っているわけではないが、我々にとっての不安要素についてどう思っているのかを聞きたかった。特にクリス・ガーランド…彼がブラザーフッドとの繋がりを断ち切っている保証も無い」


 少し大らかさの消えた声でアルフレッドはレグルに物申す。あくまで参考にしたかったと述べるレグルであったが、内心は疑惑の目を向けているようで一瞬だけクリスを睨んだ。


「なるほど、懐疑についてはごもっともです。しかし私や組織からの評価としては、彼らは大変優秀な戦士であります。それに、同盟が成立しなかった場合に困るのはあなた方ではないかと私は考えています」

「…説明していただきましょう」


 どう思われようが、あくまで部下を信じるとアルフレッドは立場を伝えて、同盟を拒んだ際に起きる可能性について指摘し始める。どうやらレグルも同盟を組むという考え自体は嫌では無かったらしく、アルフレッドが危惧している点とは何かを説明してほしいと頼んだ。


「アクセルという男をご存知ですか?」


 アルフレッドが切り出した瞬間、レグルや彼の従者達の空気が一気に張り詰めたのをクリス達は感じ取った。


「…我々の下に所属していた男です。度を越えた規律違反を理由に追放を命じました。それが一体?」

「やはりですか。ここ最近、ウェイブロッドを中心に魔術師と思われる者達による殺人が相次いでいました。我々が容疑者として捕らえたその男と、数人の部下によれば目的は『同盟の阻止』だったそうです。人々の不安を煽る事で、反対運動でも起こせないかと。勿論依頼を受けての事…ブラザーフッドからだそうですよ。私や、ガーランドも標的に含まれていました。殺せば別途で金を用意すると」

「…我々がブラザーフッドを介して命じたとでも?」


 結論ありきな語り口調のアルフレッドに良い気がしないのか、レグルは訝しそうに言った。


「焦ってはいけません。あなた方がそんな事をしないというのは重々承知。私が危惧しているのは、ホワイトレイヴンやこの集落の事です。アクセル…彼は殺してきた人々の数からして絞首刑は免れない。新聞屋もきっと報道をするでしょう。しかしそのついでに、もし彼がホワイトレイヴンの所属であった事を知られてしまったら?いかにあなた方が無関係を主張しても新聞で伝えられるかどうか…いつの世も新聞屋というのは自分達が好きな真実だけを載せる連中です。民衆が奴らの口車に乗せられて起きた惨劇の数々を、知らないわけではないでしょう?この集落や、あなた方に反感を抱く者達にとってはまたとない大義名分となる」


 アルフレッドはこれから起きうる可能性についての持論を語り、レグルはそれを黙って聞き入れていた。


「同盟を組むことでその問題を回避できると?」

「お約束しましょう。我々騎士団と同盟を組めば万が一の際には、ホワイトレイヴンの身の潔白の証明も容易になります。それに、ホワイトレイヴンの背後に騎士団がいると分かれば迂闊に手出しも出来なくなるはず…さあ、如何でしょう?我々はどんな答えでも受け止める覚悟です」


 同盟を結ぶことによって生じる利点をアルフレッドが語ると、レグルは時間が欲しいと言い残して従者達と奥へ消えた。しばらく議論が白熱していたようで時間はかかったが、ようやくレグル達は姿を見せる。


「…結論からして言うと同盟は結びたい。ですが、我々としては不安要素も多い…そのため条件として引き受けて欲しい仕事があります。仕事の成果次第ではすぐにでも署名を致しましょう」


 レグルからの提案に思っていたよりは悪くない返事だとアルフレッドは半ば無理矢理自分を納得させて頷く。


「では、仕事とやらについてお聞かせいただいても?」

「その前に…クリス・ガーランド。彼と二人きりで話をさせていただいてもよろしいですか?お時間は取らせません。顔馴染み同士、積もる話もあります。仕事についても彼に話しておいた方が分かりやすい部分があります故」


 ご機嫌取りをしなければならない状況と思ったのか、アルフレッドはそれを認めてシェリルと共に集落の視察をしてくると言って邸を出て行った。従者もいない静まり返った応接間で、クリスは立ち上がってから気怠そうに彼を見る。


「…随分と、久しぶりだな」


 クリスは出来る事ならこんな状況で話したくはなかったと思いながら彼に言った。


「ああホントだよ。こんな形で会えると思わなかったぜクソ野郎が」


 先程までの堅苦しい雰囲気をすっかり忘れ、崩した姿勢で椅子にもたれ掛かったレグルは、近くに置いていた酒を煽りながらクリスに対して憎まれ口を叩いた。

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