第26話 首ったけ

 森の中では矢と弾丸が飛び交い、ひとしきり止む頃には弾丸に貫かれた木々に風穴が出来、あちこちに刺さった矢の毒によって耐えがたい異臭に溢れていた。スピードローダーによってシリンダーに弾薬を送り込んでいたクリスは、隠れていた木の陰から顔を出してみる。月明りが差し込む薄暗い雑木林が広がるばかりであった。


「…ッ!」


 直後、目の前の木々が揺れた。慌てて拳銃を向けるが何もいない。慎重に木から身を離そうとした時、矢が右手側から側頭へ目掛けて飛んでくる。咄嗟に前方の茂みへ飛び込み、すんでの所で躱す事に成功した。矢が飛んできた方向に一発だけ撃ち返してみるが反応は無かった。


 矢を放った後に飛行して移動していたアクセルは、枝の茂みで身を隠しながら矢の補充を行う。それにしてもやはり毒はあの男に有効なのかもしれないと、装填を終える頃には希望が見えてきたように表情が明るくなってくる。そもそも平気であるとするならば、わざわざ矢を避ける必要が無い。奴は行動によって自ら弱点を晒したようなものだと、アクセルは確信してほくそ笑んだ。


 しかし問題は「攻撃を当てられるかどうか」という点であった。矢の数も残り少ない事から戦略的撤退も視野に入れ始めていたアクセルは、神経を研ぎ澄ます事で気配を探知しようとしたが、そこでようやく異変に気付く。


「これはどういう事だ…?」


 先程の物音からして茂みに飛び込んでいたはずのクリスは、それより遥か先にある木の付近にいる。馬車の中にいる気配に変化は見られない事から、木の傍にいる者がクリスに違いないのだが、茂みに飛び込んでから動いたには距離が遠すぎる。何よりこれだけ枯れ木や草が生い茂ってる中で物音一つしていない。


「『どういう事だ』…なんて思ってると良いがな」


 クリスは闇の力を使ってあちこちを瞬間移動をして翻弄し始めたのある。この移動方法は体力の消耗や、一呼吸置かねば使用が出来ないという点、そして視界に入る範囲でしか行えないという制限はあるが、この環境では大した問題にならなかった。気配を適度に探り、アクセルの居場所を把握しつつも悟られないように追い詰めていく。


 何かが不味いと直感で悟ったアクセルは、すぐに逃げようとさらに高度を上げようとする。その時、目の前へ瞬間移動を果たしたクリスによって顔面に蹴りが入った。力業で地面に叩きつけられ、思わずクロスボウを落としたアクセルは慌てて取りに行こうとするが、再び目の前に現れたクリスがそれを蹴飛ばしてどこかへやった。


「出来れば殺すなってお達しでな」


 クリスはそう言ってアクセルを殴り倒すと、肉体に押し寄せる倦怠感を我慢して馬車に隠れている兵士達を呼んだ。どうやら一部始終を見ていたらしく、言葉を選ぼうと必死の様子である。


「あの…さっきのやってたのは…魔法ですか…?」


 次々と瞬間移動するあの姿を不気味に思った兵士の一人が尋ねる。


「少し違うが、魔術師だった頃の名残だよ。それよりこいつを――」


 疑問に対してざっくりと説明をしたクリスが拘束するように指示を出しかけた直後、アクセルが隠し持っていた矢をクリスの足に突き刺した。してやったりと顔を上げたが、クリスは首を横に振って再び彼の頭を蹴って今度こそ気絶させる。


「ガーランドさん!解毒剤を…!」

「いや、いらない」


 毒矢を抜きながらクリスはアクセルに手錠をかけ、兵士達が持ってきた縄で彼の足を縛った。


「毒も…効かないんですか?」

「ああ、昔色々と試していたらな。どうも、この程度の物なら耐性がついたらしい」


 拘束したアクセルを担ぎ上げてクリスは毒さえも自分には意味を成さないと彼らに語った。


「では、なぜもっと正面切って行かなかったんですか?そうすれば早く決着も着いたでしょう」

「ハッタリだよ。毒が効かないと分かれば確実にこいつは逃げるだろう。町に向かう可能性だってあった。『毒なら効くかもしれない』と思わせておけば、勝機に期待して長くこの場に留まらせておける。ほら、さっさと町に行こう」


 クリスはそうして兵士達と共に町に戻っていく。しかし、馬車が使えなくなっていたため、最終的には尋常でない距離を歩く羽目になってしまった。




 ――――その頃、とあるスラム街では阿鼻叫喚と怒号による騒乱が終わり、兵士達が辺りを警戒していた。一般の市場では扱われていない違法薬物の取引場に使用されていた建物の内部では、首や腕を撥ね飛ばされた死体が転がっていた。血に濡れた戦闘服のままイゾウは書類を調べており、密輸を取り仕切っていたボスと思われる男は椅子に縛り付けられ、恐怖のあまり震えている。彼の目の前にもまた、部下達だった「モノ」がそこかしこに散らばっていた。


「失礼します!地下で発見された薬物について、押収の許可が下りました!」

「よし、全部運び出すんだ。ついでにそいつも連れていけ」

「ハッ!!」


 イゾウが命じると、状況報告に来た部下は縛られていた男を解放して、武器を付きつけながら部屋を出ていく。「俺は管理を任されていただけだ」と言い訳がましい声が外から響いたが、どつかれて大人しくなったのかそのまま階段を降りていく足音が聞こえた。


 机や棚にある証拠となりそうな書類を集め終わったイゾウが、それらと共に離れようとした時、かき集めた書類に挟まっている厚手の封筒が目に入った。不思議に思って開けてみると、そこにはクリスにまつわる情報が記され生け捕りにした場合の報酬と、殺害した場合の報酬が記されていた。懸賞金が掛けられていたのである。


「…たまげたな」


 声を出して興味を示したイゾウは、それを封筒へ仕舞い直して部屋を出ていく。近くにいる部下にそれを渡し、分析を頼むように伝えてから雨の降りしきる外の路上に停めていた馬車へ乗る。


「何か収穫はありましたか?」


 陽気そうな御者が尋ねて来た。


「それなりだ。少し面倒な事になりそうだがな」


 当たり障りのない返事の後に、イゾウは聞こえない様な声で呟いた。

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