ほ
門を
「左近先輩は戻られたか?」
「……いえ。まだです」
門番として傍にいる二つ下の後輩へは顔を向けず、視界に入る山中を左から右へと
庄八郎のその様子に、その後輩も何かあったのかと身構える。おのずと、その返答も固い声音となった。
「……そうか」
そうなると、やはり都で会ったのは左近であるとは考え辛い。
館の方に戻った可能性もなくはないが、あそこにはもう左近の私物はほとんどないはずである。それに、あの場ではまだそうと思っていなかったので、まじまじと見たわけではないが、腰に差していた脇差は里のものではなかった。だとすれば、それは個人の私物であるはず。それを持参していたということは、罠の状況を確認した後、一度は学び舎の長屋に戻らねばならない。しかし、ここで門番をしていた後輩は戻っていないと言う。
それはつまり、彼らの勘が正しかったことを証明していた。
庄八郎と門番がいる門から少し離れ、厳太夫と勘助を子供達が取り囲んでいる。
帰りは行きよりも急がされたせいでだいぶ疲れたが、いい店を見つけたし、値段も今日の礼だと店主の老人が勉強してくれるらしい。子供達にとって、とても充実した日であり、疲労感以上の満足感で胸いっぱいのようだ。
「それじゃあ、せんぱい。ありがとうございました」
「「ありがとうございましたー」」
ぺこりとお辞儀をして、子供達は皆で自分達の長屋の方へ戻っていく。楽しそうに話をしながら歩く彼らの背を見送りながら、厳太夫と勘助は庄八郎を待った。
その庄八郎も、子供達と入れ違いに二人の元へ合流する。
ふるふると左右に首を振る庄八郎に、厳太夫と勘助は天を振り
左近ではないと分かったところで、‟では、あれは誰だ?”という疑問が再度頭をもたげてくる。
確かに、
すると、勘助が何やら糸口に関して
「榊先生なら何かご存知じゃないか?」
「確かに。行ってくる」
学び舎を翁に任されている榊のこの日の過ごし方は大体決まっている。午前中に身体を動かした後、午後には学び舎に戻り、事務処理や翁へ雛達の報告をする際のまとめ作業を行っているのだ。もう陽が傾きかけているが、まだ自分の仕事部屋で書き物などをしている頃だろう。
厳太夫が踵を返し、建物の中に向かおうとする。しかし、その足はすぐに止められることになった。
「厳太夫」
「……っ、と。先輩」
「どこに行ってたの? 子供達と」
門から入ってきたのは、今、彼らが
どう見ても都に行って、自分達と何食わぬ顔で会っていたとは思えない。
厳太夫は友二人と目配せしあった。
「……やはり」
「……あぁ」
「間違いないな」
疑惑は絶対的な確信に変わる。
「先輩。つかぬ事をお伺いするのですが」
「ちょっと待ちなよ。僕の質問の答えは? 無視?」
「すみません。都に連れて行きました。理由は、今はまだ言えません」
「今は? ということは、いつかは言えるの?」
「……重箱の隅をつく。それでこそ先輩です」
「は?」
いつもならば真っ先に誤解を解きにかかるのだが、厳太夫達にとって、今はそれどころではなかった。
「今日、都で先輩そっくりの武家装束の男に出会いました」
「……どこで?」
厳太夫からの
「先日、一緒に行った
「……あそこか。それで?」
「何故かは分かりませんが、そいつは先輩に成りすましていました」
庄八郎の言葉に、左近は僅かに目を細めた。背後を首だけで振り返り、自分が今まで登ってきた山中の方へ目を配る。
「……
「はい。それは間違いなく」
「そう。一応、
「……はい」
「分かりました」
すぐに八咫烏の館と翁の元へ厳太夫が、建物内にいる榊の元には庄八郎が走る。
厳太夫が石段を数段飛びで下りていると、横の
一方、左近と勘助は、視界に
「左近? ここで何やってんだ? 勘助も」
「うーん。賊が来そうな予感がするから、気をつけるんだよって話してたんだ。ね?」
「はい」
「……大丈夫なのか?」
「一応、翁や榊先生には報告に行かせたから」
「あぁ、なるほど。だから厳太夫とそこですれ違ったのか」
話している最中も隼人が背を撫でていた狼達が、彼の足元をくるくると回る。散歩して腹が空いたらしい。隼人は一瞬、そちらに気を取られた。
「
「あっ、おい!」
隼人の制止の声も聴かず、左近はそのまま山中へと姿を消した。完全に
もちろん、左近や勘助の様子から、それだけではないだろうことに気づかない隼人ではない。特に、左近の様子には今まで十分注視してきた。長年寝食を共にしてきた関係性は、もはや親兄弟よりも深いものなのである。
「勘助」
「はい」
「後で、厳太夫と……庄八郎もか。二人を連れて俺の部屋に来い」
「……はい」
隼人は狼達を連れ、小屋の方へと歩いて行く。その背を見送った勘助は、再び厳太夫と左近が消えた山中へと目を向けた。
日がもう少しで落ちる頃。
夕焼けの茜色に空が染まる、
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