半刻一時間ほどして、気づいた時には軒先のきさきに並んでいた商品は全て売れていた。


 というのも、子供達がいちいち大きな声で驚いたりして派手に反応を見せるものだから、それにつられて他の客も寄ってきたのである。そのうち何人かは大工などが本職の人もいたらしい。その人達がまとめて買っていったおかげで、逆に子供達がのみが残るだろうかと冷や冷やさせられる羽目はめになった。



「いやぁ。よう売れたわ」

「おきゃくさん、たくさんかってくれてよかったね」

「そやなぁ」



 後片付けを手伝っていると、通りのすぐそこの角から誰かが出てきた。恰好かっこう小袖袴こそでばかまで腰に脇差を指すという武士のソレである。


 その誰かにいの一番に気づいたのは、周囲に目を配っていた厳太夫達であった。互いに隠れて背後で小突き合い、誰が一番先に声をかけるかで影でめていた。


 すると、その様子に気づいた宗右衛門が顔をあげる。そちらを向いて、その誰か――こちらへとやってくる若い男の姿に気づいた。



「あっ! さこんせんせいだっ」

「えっ!?」

「ひゃあー! どうしよう、どうしよう!」

「しっ。おちついてっ」



 他の子供達も気づき、慌てるのを宗右衛門がなだめる。宗右衛門は左近になんと切り出そうか考えている様子で、まゆが僅かに寄っている。



「何でここにいるのかな?」

「えっとぉ」



 唇に薄く笑みを浮かべている左近に、慌てて厳太夫が間に入る。



「あー! こいつら、俺達の買い物に付き合ってくれてたんです。最近、ほら、修理しなきゃいけないところも多かったから」

「そう」

「……え?」



 てっきりいつものように標的を自分達に変え、質問攻めにしてくると思っていた。なのに、そうはならなかった。なまじ覚悟していただけに、厳太夫はとんでもなく拍子抜けした。間の抜けた声が口から飛び出ていったのも、そのせいである。



「ん? どうした?」

「あ、いいえ。……なんでも」



 左近にそう返したものの、ふと感じた違和感は拭えない。けれど、今、この場でそれを言い出すと藪蛇やぶへびになりかねないだろう。だから、厳太夫は黙っておくしかなかった。



「おじさん、またきます」



 子供達は子供達で、小太朗が老人の耳元へそっと耳打ちした。



「あのお人が言うてはった人か?」

「うん!」

「そうかそうか。ほな、また気をつけて来ぃや。鑿はとっとくわ」

「はーい」

「ありがとうございます!」



 老人に別れを告げ、皆で店を出る。


 厳太夫と勘助、庄八郎の三人は、やけに大人しい、というより、お店を出た後もからんでこない左近に、逆に薄ら寒いものを感じていた。三人を代表して庄八郎が口を何回か開け閉めした後、すうっと息を吸い込む。



「あの、先輩。今日は北を見回られるはずでは?」

「……あぁ、早く終わってね。手持無沙汰ぶさただから探してたんだよ」

「早く終わった、ですか」



 三人は目を見合わせた。



「あ、そういえば」



 左近が足を止めた。里へはこのかも川沿いの道をまだまっすぐである。



「一つ用事を忘れてた。先に帰ってくれるかな」

「せんせいは?」

「用事を済ませたら帰るよ」



 子供達と手を繋いでいた左近が手を離し、きびすを半分返しかけた。何を思いたったのか、手近にいた三郎の頭へ手をのせ、口角を上げる。



「……随分としたわれているね」

「せんせいのこと?」

「そりゃあ、みんなだいすき!」

「こーれくらい!」

「そんなに? ふふっ。それはいい」



 大きな円を描く子供達に、左近はくつくつと笑い声をあげる。それじゃあと手を上げ、左近は完全に彼らとは逆方向へと去って行った。


 その背を、厳太夫は横目で追いかける。



「なんか先輩おかしくなかったか?」

「いつもだろ?」

「いや、そういうおかしいじゃなくて」

「まぁ、確かに、自分に一言もなく都まで来たことに、全く腹を立てていらっしゃらなかった」

「それに、あの人が罠の見回りを北だけで満足して早めに終えるか? しかも、俺達の苦し紛れの言い訳も流したんだぞ? あの・・左近先輩が」

「……先輩なら、日が暮れるまで山中の罠を見回りに行く。それに、言い訳は絶対に聞き流さないし、許さないな」



 この時、三人の脳裏に同じ言葉が浮かんで消えた。


 

「待て。待て待て。ということは、何か? さっきのは先輩じゃなかったって言うのか? あんなに似てたのに」

「確かに。左近先輩にうり二つだったな」



 いくら当代一変装が上手いと言われる吾妻も、その恰好や仕草、声音を似せるのが上手いだけで、容貌ようぼうに至るまで本人に似せることは難しい。あくまでも、吾妻の得意は‟その職につく者に変装し、違和感なく動ける”ということなのだ。


 だからこそ、勘助と庄八郎は自分達の頭に降っていた考えを口々に否定しようとする。しかし、自分の勘は大事にすることも時に必要である。その勘は二人にも、もちろん厳太夫にも、‟あれは違う”とげていた。



「分からん。分からんが、雛達を早めに戻した方がいいことは確かだろ」

「……そうだな」

「よし、急いで戻ろう」



 他にも見て回ろうとする子供達を上手く言いくるめ、なんとか帰途きとにつく。任務中や戦時と違い、平時にこんなにも胸の内をぐるりとかき回されるような不快感がするのは、厳太夫達にとっても初めてのことであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る