学び舎には十日に一度、鍛錬も講義もない日がある。

 学び舎の師ともなれば、山中の哨戒しょうかい任務であっても割り振られることは少ない。しかし、長い間動いていなければ勘が鈍ることもある。なので、せめて山中なりとも動いて勘を取り戻せということで、定期的にこの日が設けられているのだ。


 以之梅の子供達が左近の生まれた日を知ってから、最初のその日が訪れた。


 朝、日の出と共に山中へと繰り出す左近と隼人。

 その二人が出た後、小さな影が六つ、門からこっそりと顔をのぞかせた。そして、さらに門の傍に隠れていた影が三つ、新たに合流する。その影の持ち主達は里の方へ向かって、石段を足早に降りていった。




 朝早くに出て、今は朝四つ半午前11時ほど。


 以之梅と宮彦の六人と、厳太夫、勘助、庄八郎の三人は里を出て、都まで足を伸ばしていた。



「いいか? あんまり長居できないからな?」

「「はーい」」



 出かけることは、当然左近達には内緒にしてある。だから、帰りが遅くなるとまずい。それに、ここは都といえど、治安がいいとは言えない場所も数多くある。用事は手早く済ませ、まだ陽のあるうちに帰るに越したことはない。


 久しぶりに里から出てきた子供達は周囲をきょろきょろと見渡し、目当ての店を探し始めた。



「それで? 何を渡すことにしたんだ?」

「えっと」

「のみです」 

「のみ? 木像をったりする時に使う?」

「はい!」

「それで、あたらしいからくりをいっぱいつくってもらおうとおもって!」

「い、一杯……あはは」



 勘助が頬を引きつらせ、厳太夫と庄八郎へ目を配る。二人も似たようなものであった。

 左近の絡繰りの腕は確かだが、小太朗の言うようにいっぱい作られたらどうなるか。三人にとって、あまり想像はしたくない未来である。



「それはそうと、のみっていくらくらいするんだ?」

「さぁ? でも、安いもんじゃないだろ」

「だから下見ってわけか」



 外部への秘匿ひとくの必要性もあり、自分達で修繕できる範囲は自分達で行うため、大工道具は学び舎にもそろっている。もちろん、子供達が探しているのみもだ。しかし、刃先にわずかかとはいえ、鉄も使っている。万が一手が出ないほど高級だった場合、贈り物は他を探さなければいけないだろう。


 厳太夫達もそれとなく周りの店に目をやった。



「あれ?」



 利助が通りの向こう、曲がり角の方を見ながら声を上げた。



「どうした?」

「さっき、そこにさこんせんせいがいたような」

「なに?」



 まさかと思って見てみるも、もうその左近らしき人は姿が見えなくなっていた。



「いや、でも、今日は北側の罠の様子を見に行くっておっしゃっていたぞ? なぁ?」

「あぁ。見間違いじゃないのか?」

「えー。そうかなぁ?」



 勘助と庄八郎にそう言われ、利助は僅かに眉を潜め、通りの向こうを睨むように見る。勘助に頭をぽんぽんと叩かれ、ようやく視線をそこからそらした。


 しばらく歩くと、キンッキンッという鉄を打つ音が聞こえてきた。他の町屋からは少し敷地が離れたところにある家からである。



「おっ、見えてきた。ほれほれ。あそこじゃないのか? 鍛冶かじ屋」

「あっ! みつけた!」

「いこう!」

「まって!」

「そんな走んなくたって、店は無くならないぞ」



 一目散に走り出す子供達の後ろを、少し早歩きになって三人が追いかける。


 子供達は軒先に並べられた刃物に魅入みいっていた。



「うわぁ」

「いっぱいあるね」

「よく切れるから触るんじゃないぞ?」

「「はーい」」



 厳太夫達の声が聞こえたのか、中から翁と同じくらいの老人が顔を出してきた。暖簾のれんをひょいと片手で払い上げ、老人の視線の先が子供達に向けられる。すると、子供好きなのか、少し怖そうに見えた老人の顔がほがらかな笑顔になった。



「なんや、ようさん小僧こぞうっこが来はったわ。どないしたん?」

「えっと、せん……」



 老人の問いに答えようとした宗右衛門の口を、庄八郎が後ろから手でさっとふさいだ。まだ里の外の者との会話で気をつけるべきことが分かっていない子供達に答えさせるには少々厳しい問いである。


 怪訝けげんそうにする老人に笑みを浮かべ、厳太夫と勘助の方をちらりと見る。すると、二人も承知とばかりに子供達の代わりに口を開いた。



「この子達の寺子屋の師が木像彫りをするために鑿を探してまして」

「それで、この子達が自分達が手伝いなどして貯めた銭で買おうというので、兄代わりの私達がついて来たというわけです。な?」



 事態がよく飲み込めていない子供達も、宗右衛門と一緒になってこくこくと頷く。


 すると、その答えに老人はますます気を良くしたらしい。



「ほぉ! そりゃ感心や。ほら、中にもようさん置いとるから、はよ入りぃ。ほんでゆっくり見て決めたらえぇわ」

「「はい!」」



 老人は子供達の背を押し、暖簾の先に通した。厳太夫と勘助もその後ろに続いて一緒に中に入る。

 一方、庄八郎は宮彦も連れていることもあって、万が一のことを考え、外に残った。軒先に並べられている物や周囲の街並みを眺めるフリをして、周囲の警戒をおこたらない。


 しばらく子供達は興味津々に目的の鑿以外も見て回り、ようやくここに来た目的である鑿を吟味ぎんみし始めた。



「おじさん」

「ん? なんや?」

「これって、どうちがうの?」

「ん? あぁ、一口に鑿言うてもいくつか種類があってな? こっち側が叩き鑿。で、こっち側が突き鑿言うんや」

「どうちがうの?」

「まぁ。人の話は最後まで聞くもんや。ほんでな? 叩き鑿言うんは、このかつらっちゅう部分を木槌きづちで叩いて……あぁ、見本みせたるわ。ちょい待っといてな」



 老人は一度奥に引っ込み、腰かけるための椅子と木槌と木片を持って戻ってきた。椅子に腰かけ、木片に鑿を押し当てて木槌を振ろうとした瞬間。



「ちょっとまって、おじさん」

「ん? どないしたん?」



 宗右衛門が老人の肩に触れ、手を止めさせた。そして、そのままその手で店の外を指差した。



「ここじゃよくみえないから、おそとでやって」

「外で? まぁ、えぇけど」



 不思議そうにしながらも、外に道具を持って行く老人。その後をぞろぞろと続く子供達。


 往来の邪魔にならないように場所を確保すると、いつの間にか老人による鑿の小講座兼実演会が始まった。


 本来ならそう時間もないので、きりの良さげなところで差し障りのないよう切り上げてもらえるよう促すのだが、こういう職人から話を聞ける機会などそうそうない。里にももちろん鍛治職人達はいるが、そもそも里に下りることも少ない子供達。こういう機会は貴重である。


 左近の指導方針にのっとるならば、もう少しくらい大丈夫かと、厳太夫達もそのままにしておいた。もちろん、周囲の警戒は怠らず。


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