へ
古来、満月に次いで美しいとされた十三夜月が、夜更けの都を明るく照らす。
昼間、厳太夫達が行った鍛冶屋の傍に、荒れ果てた貴族の屋敷跡がある。元は平家一門の屋敷であったが、平家滅亡の後、とある公家が所有していた。しかし、数度に
その屋敷跡の庭で、青年が一人、雨水が溜まってできた池の中を見つめていた。その青年の背後に、足音を立てず、同じような背格好の人影が忍び寄る。
そして、次の瞬間、すっと棒手裏剣が青年の首筋に
「待ってたよ、左近」
「待たせたつもりはないけどね、僕は」
間近に並べられた二つの顔は、鏡写しのようにそっくりである。違うとすれば、それは、それぞれの顔に浮かべられた表情くらいのもの。一方は
左近は宛がう
「なぜ都に?」
「別に。ただ仕事で来ただけだから、そう警戒しなくても大丈夫だと思うよ」
「仕事の話は本当だとしても、あの子達と顔を合わせたのはわざとでしょ」
「まぁ、そうかもね」
真面目に答えようとしない相手に、左近の
そして、青年もゆっくりと振り返り、左近と相対する。
「どういうつもり?」
「さぁ、どういうつもりだろうね」
またも答えをはぐらかされ、左近は青年を
すると、青年は何が
「ねぇ、いい加減帰ってきなよ」
「何回言えば気がすむの? 僕は君なんか知らないし、既に帰る所も別にある」
「あの子達がいる里のこと? さこんせーんせ」
左近は青年の腕を掴み、再び首元へ棒手裏剣を宛がった。今度はより深く強く。
「あの子達に手を出したら
「……赦さない、ね」
左近の声音も数段低いものへと変わる。
しかし、青年は全く意に
そして、首元の棒手裏剣を左近の手ごと
何を考えているのか分からない青年に、左近の
「ずるいなぁ。見返りを求めない愛情。それをあの子達はお前から
「……」
ここで初めて青年の顔の表情が変わった。微笑みから怒りのソレへ。しかし、それも一瞬の事。すぐに元の微笑みが戻ってきた。
「ねぇ、左近。もう一度言うよ? いい加減帰ってきなよ。僕達で一族を再び一つにしよう。そして、一族の誰もが成し得なかった、仕える者をこの国の
まるで子供のように目を輝かせ、
時を
そして、彼と左近がその飯母呂一族の当主直系だという話も
左近が八咫烏の里へやって来たのは、
生家では、双子は
生まれてすぐに殺されなかったのは、
この時すでに、生来の賢さが災いしたのか、自分の置かれた状況を左近は正確に
そこへ八咫烏の者が通りかかり、里へついて行くことを他ならぬ左近自身が了承したのだ。
青年も青年で、嫡男として厳しい
そんな時だったからこそ、もぬけの
そして、どうやら、その厳しい躾を
「そんなの、僕はちっとも興味ないね」
今の左近は、鉢屋も風魔も、もちろん飯母呂一族も関係なく、この身の血肉全てを八咫烏の里へと
「僕は、僕が決めた道から
「……そう。それなら仕方ない」
口では諦めるような素振りを見せているが、今回の話で済むならば、今までに何度も左近の目の前に現れたりしない。そんな相手の言葉をそう簡単に信じられるはずもないし、お互いに忍びならばこそ、息をするのと同じくらい相手を
さすがに左近が里にいる間や、一人でない時は接触してこなかったが、左近が一人で任地に
本来ならば、ここで終止符を打ちたいところである。しかし、青年にその気がない以上、のらりくらりと
左近は掴まれたままだった手を払いのけた。
「僕ももう一度言うよ。あの子達に、里に何かしたら、絶対に赦さないから」
「……お前は僕の所に帰ってくる。絶対に。それも、自分自身の意思で、ね」
「……」
青年は意味深な言葉を告げ、にんまりと笑う。そして、そのまま後ろへ飛んだ。
「またね。僕の半身」
《ぼくたちは、ずうっといっしょだよ。ふたごだから、はんしんずつ。ふたりでひとりだもの》
この時、左近と青年がどんな表情を浮かべていたのか。それを知る者は誰もいない。当人達だけである。
そして、どちらの姿も見えなくなってなお、夜空に浮かぶ美しい月は、変わらず辺りを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます