草叢くさむらの影にむくろを寝かせ、着ている衣服などをあらためる。想定の範囲内であるものの、見つかったのは脚絆きゃはんに仕込まれた棒手裏剣や縄などを切る時に使うしころのみ。忍びであること以外、知り得る情報ものは何もない。



「先輩。やはり、どこの者か分かる物は身につけていません」

「だろうな。問題は、こいつが先の襲撃犯と同じ所の者なのか、我らが襲撃されたという情報を正確に捉えるために放たれた、別の所からの斥候せっこうなのか、というところだ」



 別の所からつかわされた忍びならば、待てども戻ってこぬ忍びに、また新たに別の者をはなってくるか、手出し無用という指示を出すだろう。新しく放ってきたとしても、それはごく少人数。里や学び舎の安寧あんねいをその時点でおびやかすほどではない。


 ただ、同じ所の忍びであれば。

 戻らぬ忍びが死んだか捕えられたか、ぞく共は頭を悩ませることになる。

 死んだのならば、そこから情報がれることはない。しかし、捕えられたと判断すれば、暴かれてはまずいしらせを持つ手負いの獣は何をするか分からない。何故ならば、八咫烏が医薬の手練てだれを揃えていることは周知の上だからだ。その腕は、薬の扱いにけていると言われる甲賀の忍びが、密かに教えを請いに来るほど。


 どんなに鍛えられた忍びとて、薬を盛られ、幻覚を見せられ、味方を敵だと信じ込まされれば、そこから後、情報を得るのは赤子の手をひねるよりも容易たやすい。それを防ぐため、戻らぬ忍びを助けに来るかあるいは始末をつけに来るだろう。それなりの人数でもって。


 どちらにせよ、近いうちにまた新たな斥候が寄越されることになる。



「狼達ににおいを辿たどらせますか?」

「伊織。どう考える?」

「そう、ですね。まずはどの方角から侵入してきたかだけでも情報を集めましょう。あえて本拠地とは別の方角から侵入した可能性もありますが、侵入できると判断しただけの道筋を確認する必要もあるかと」

「確かに」

「その言葉、一理あるな」

「よし。追跡の件は伊織、お前に一任する。ここまでは俺から翁に報告しておこう」

「はい。よろしくお願いします。……ということで、隼人。ひとまず、里、もしくは学び舎がある山を出る所まででいい。辿れるか?」

「おう、任せとけ。お前達、行くぞ」



 隼人は骸がいていた足袋たびを足から抜き取り、狼達を連れて先ほどの穴まで駆けていった。穴のある所からそれらの臭いを狼達にがせ、逆に辿っていくつもりなのだろう。


 そして、一度侵入を許した道というのは、また使われないとも限らない。



「じゃあ、僕はその方角に新たな罠を仕掛けてきます。先輩、いいですよね?」

「……あぁ。ただし、目印は作っておけよ!」

「分かってます。じゃあ、とりあえずアレ、また再利用するので直してきますね」



 賊が一度落ちたということは、次も罠として期待ができる。それなのに、一度使ったらめて終わりなんて、勿体もったいないことできようはずもない。


 左近は腕を交差し、身体をひねって準備運動をしつつ、穴の方へ歩き出した。



「僕も手伝おーっとー」



 いつの間にか来ていた与一も左近の背を追いかけるべく、しゃがませていた身体を起こす。熱心に骸を観察していたかと思えば、どうやら興味が失せたらしい。まだ息があれば違っただろうが、すでに事切れた者にそれ以上の関心を持つ気は微塵みじんも感じられない。


 その隣には愛用の火縄銃を抱え、骸を無表情で見下ろす慎太郎の姿もあった。

 


「与一、待て」



 膝についた土を手で軽く払い、きびすを返してこの場を立ち去ろうとする与一を伊織が呼び止める。その声に与一が足を止めると、少し前を歩いていた左近も一緒に振り返った。



「お前も行くなら慎太郎、見張り役として一緒に行ってくれ。こいつらだけだと、本当にえげつないものだけを作るに決まってるからな」

「やだなぁー。伊織。そんなこと」



 与一は左近の隣に行き、左近の肩に自分の片腕を乗せてしなだれかかった。二人が顔を見合わせ、同時に伊織の方へ顔を向ける。



「するに決まってるじゃあないかぁー」

「ねー」



 その顔は新しい玩具おもちゃを与えられた子供のような無邪気そうな笑み。そして、無邪気さがゆえのある種、邪悪ともとれる笑みでもあった。


 その笑みについては、伊織ももう何かを言う気が失せている。頭が痛くなることだが、これが二人が楽しんでいるときの笑みなのだと、半ば現実逃避、否、あきらめていた。


 ただ。



「お前ら、いい歳した男が語尾を伸ばすな! そんでもって、ねーとか言うな!」



 二人はからからと笑い、隼人の後を追って穴の方へ向かった。その後ろには、くれぐれも目印をつけさせるのを忘れないようにと頼まれた慎太郎も続く。


 はぁっと溜息が深く漏れる伊織に、他の代からは同情の視線がいくつも投げられた。





 


 ここをこうして、そこをああして。おまけにこれもつけといて。


 せっかく与一が一緒にいるのだからと、左近は嬉々として考えてあった仕掛けを作っていく。

 一つの糸を切っただけで連鎖的に発動し、上手くくぐり抜けたと思っても仕掛けにつぐ仕掛け。最後に待っているのは与一作の毒薬がりたくられた竹槍つきの落とし穴。


 最初、慎太郎が持っていた火縄銃用の火薬を分けろと半ば強奪ごうだつされかけたが、慎太郎はそれを固辞こじし、よく守り切った。

 土砂崩れの原因が自分が分けた火薬なんてことになれば、それこそ目も当てられない。ケチだの少しくらいいいじゃないかだの文句を言われようと、駄目なものは駄目、ならんものはならんのだと、見張り役の役目を正しくきちんと果たした。


 だがしかし、罠に使いたかった火薬がないからといって、左近の手が止まろうはずもなく。

 結果、また至るところに仕掛け罠が増えていった。


 どうせなら次、次、と少々背の高い草をかき分けながら道なき道を進んでいると、わきの方から同じ代の正蔵がひょっこりと姿を現した。



「あ、正蔵」



 聞けば、今日の哨戒しょうかい当番で、他にも罠にかかった者がいないか捜索そうさくしている最中であった。


 ご機嫌な左近の様子に、何故なのかピンと来たらしく、同じ代の中で一番の童顔の顔に苦笑いを浮かべている。



「仕掛け、新しく作ってたの?」

「うん。与一との合作」

「うわぁー。……すごそうだね」

「大丈夫。敵以外はかからないように目印もつけてるし」

「そっか」



 左近は至極当たり前のように言うが、本当はいくつか目印を付け忘れそうになっていた箇所かしょがあった。

 だが、それぞれ慎太郎が代わりに石を並べたり、木の幹に印をつけたりと目印をつけて回っていたから大丈夫になっただけで。本当はちぃっとも大丈夫じゃなかった所もあったのだ。しかも、そういうところに限って念の入れよう。いっそわざとなのではないかと、傍で見ていた慎太郎が疑ったくらいである。



「さて、と。ちょっときゅうけーい」

「ふふっ。久しぶりに合作したけど、やっぱり幅が広がって楽しいな」

「あははっ。僕もー」



 地面に座り込んで小休止していると、後ろから草をこすれ合わす音がこちらに近づいてくる。全員が一瞬意識をそちらに向けるが、すぐに警戒はかれた。



「おい、お前達。……なんだ、正蔵もいたのか」



 伊織が予想外にこの場に居合わせていた人物に目をまたたかせる。


 慎太郎一人では大変そうだったからと、苦笑する正蔵が伊織にそう告げる。伊織は満足そうにしている与一と左近を見て得心とくしんしたのか、正蔵の肩を軽く叩き、ねぎらいの言葉をかけた。


 

「ほら、一旦いったん終わったなら戻るぞ。左近は講義があるだろう?」

「あ、そういえば、読み物をさせてたんだった」

「えぇっ。それは……早く戻ってあげないと」

「大丈夫、大丈夫」



 なにせ、この陽気。きっと今頃起きている子はいないだろう。

 手持無沙汰ぶさたにならないようにする以前の問題で、じきにそうなるだろうことを見越して読ませていた左近は、心配している正蔵に呑気のんきにそう答えた。


 哨戒任務に戻るという正蔵とはそこで別れ、四人で学び舎へと戻る長い石段を登っていく。



「隼人、どれくらいで戻ってくるかなぁ」

「左近の補佐役なんだっけ?」

「それもあるんだけど。仕掛けを作る場所の下見もしたいから早めがいいなぁ、なんて」

「あ、そっちかー」



 にたりと笑う左近と与一。


 左近が作る仕掛け罠が、与一が持つ薬の知識が、里や学び舎を護る一端となっていることは疑いようがない事実。ただ、その恩恵おんけいを受けるには、味方であってもそれなりの覚悟が必要であった。


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