第8話 決着……! の巻

「ふん、決定打もろくに打てぬ癖に減らず口を叩くではないか」

「忘れたのかい?5年前の私がどんな男だったのか」

「何?フン、これでも喰らえ!」

そう言いながら殴りつける奴。私はその腕を半身で躱し、掴み取る。

「スリャ!」

軽く力を込め、奴の進行方向に合わせて引っ張った。すると――


何かが壊れる音とともに、奴の体勢が大きく崩れた。その隙を逃さず、間髪入れずに腹へと蹴りの一発。

大きく地面を転がった奴は受け身を取ろうと地面を叩く――が、うまくできず、そのまま壁に激突してしまう。

「グググ、いったい何をし……ハッ!?」

自身の状態に気付いた時、驚愕に満ちた声が飛び出した。

「探し物はこれかい?」

言って、私はを奴の胸元へ放り捨てる。ガシャン、と音を立てて落ちたのは――


「わ、わらわの腕が……っ」

そう。奴の右腕だった。先ほどの攻撃の際、引きちぎっておいたのだ。

だが、これだけでは終わらない――終わらせない。

前方に少し走ったのち、跳躍。そのままの勢いで横に回転をかけ――

「スオリャアアッ!」

奴の左脚目掛け、蹴りを見舞った。

「ぐおぉぉ……!」

その一撃により、今度は左脚が吹き飛んだ奴は、もはや立っていることすらままならなくなり、もがくばかり。


(な、何だこの強さは!?先ほどまでとは別物ではないか!)

あまりに急な敵の変化に、彼女は――否、彼女ではない何者かは、パニックに陥っていた。

(探れ、探るのじゃ……この者の記憶を!)

「5年前の私」。そのキーワードだけを頼りに、思考を働かせ――



「ねぇ、マルク」

「何だ?」

とある日の夕方。宿で休息をとっていた彼女たち。

そんな中、レイアはリーダー、マルクの下を訪れていた。


「何か困ってるみたいだな?」

二の句をつげず口ごもる彼女の様子に、彼は自分から質問を投げかけた。

「ええ……ラルスのことなんだけど」

彼女は一度深呼吸を挟んでから、重々しくその口を開いた。


「私、最近アイツが怖いのよ」

「……」

彼女の言葉に、マルクは押し黙る。

自身もまた、同じことを考えていたためだ。


「アイツは確かに強い。けど……強すぎる。それに――」

「あまりにも冷たすぎる、か?」

「ええ。アイツは戦闘中、『敵をいかに効率よく破壊するか』、それしか頭にない――そう、私には見える」

そう言いながら、彼女は今朝起きた戦闘を回想する。

羽を持った火を噴く大トカゲ――所謂ドラゴンと戦っていた時のことだ。

彼は――ラルスは何の躊躇いもなくその両翼をむしり取り、喉をつぶし、牙を折り、爪を砕き尾を叩き切った。

そうして一切の武器を奪われたドラゴンに、彼はすぐさま止めを刺した。

彼女たちはと言うと――その凄惨な光景に目を覆うばかりだった。

実質、彼一人で倒した形だった。


しかし、本当に恐怖を感じたのはそこではない。

彼はそんな戦闘――否、蹂躙を繰り広げておきながら、何事もなかったかのように彼女らパーティーの仲間へといつもと変わらぬ穏やかな様子で気遣う言葉を投げかけてきたのだ。


そこまで回想し、彼女は言葉を続ける。

「味方としては心強いけれど、時々怖くなるのよ。もし、もしあの力が、私たちに向けられたら、って」

彼女の肩は、わずかに震えていた。

「レイア」

見かねて、マルクは彼女を抱き寄せた。

「ちょ、ちょっと!?」

頬を赤らめながら身をよじる彼女だったが、次第に落ち着き、いつしか彼の胸に顔をうずめていた。

「アイツはな、悪い奴じゃない。それだけは、信じてやってくれないか」

「……そんなこと、わかってるわよ」



「っつ……」

流れはしないものの、彼女は確かな冷や汗の感覚を覚えた。

目の前にいる敵の本性を垣間見たために、だ。

ゆっくりと歩いてくるそれには、少し前までの甘さはなく。

自分をいかにして叩き潰すか――ただそれだけしか考えていない。

もぎ取られた片手片足のパーツを交互に見やって、彼女は考えた。


殺される。


「く、来るなっ、来るなぁ!」

焦りの色を隠せぬ声色とともに、残った左腕に杖を呼び出し、火球を次々に打ち出す。

しかし――


「ひ、ひいぃ……」

それが彼を焼くことはなかった。狙いは確かなものであった。が、彼は火球全てを真正面から払い飛ばしてしまったのだ。

「化け物めっ……わらわに近づくでないぃぃ!」

ゆっくりと近づく死の感覚に怯え、逃げようとする彼女だったが、もう遅い。


「あ」

ガシリ、と頭部の装飾が捕まれた感触がした。同時に強い浮遊感を覚える彼女。見れば、地面がどんどんと遠ざかっているではないか。

しかし、奴の姿はそこにはない。一体どこに――必死になって首を振っていると。


「身をもって知るといい……」

背後から、氷柱の如く冷たい声がした。目線をやると、そこには宙を舞う亜人の――ラルスの姿。

「ぐぇ……!」

彼はもがく彼女の右脚を左手に掴み、指を揃えて右前腕を首と頭の間へと押し当てる。

声を漏らす彼女。そして彼は言い放った――

「本家本元の、ネックフォール・ダウンをーーっ!」

逃れられない、死刑宣告を。


「ぎぎゃああああーーっ!」

降下のたびに強くなる圧力に、身動きの一つすら取れず、ただ叫びを上げる。

そして――


「ギャッ……」

振り下ろされた断頭台が、ついにその首を切り落とした。短い断末魔を上げ、禍々しき鎧はピクリとも動かなくなってしまった。


「……よし」

彼はそれを確認すると、胴体部を掴み、左右にこじ開ける。そこには――


「レイア……やっぱり君は、その姿が一番だ」

記憶と変わらぬ美しい少女の姿が、そこにはあった。

棺に納められるように手を組み、目を閉じている彼女。わずかに上下する胸元を見るに、息はしているようだ。


「……よかった」

それに安堵し、声を漏らすラルス。そうして彼女を鎧から引っ張り出そうと手を伸ばした、次の瞬間。


「くっ!?」

突如として、地面で赤黒い爆発が巻き起こる。ひと足早く飛びのいて難を逃れた彼だったが、レイアとの距離が離れてしまった。

急いで煙をかき分け、彼女の下へと向かおうとした彼だったが、


「フフフ……なかなかやるじゃあないか?」

何処からか聞こえた声に、足を止めてしまった。声の方向――前方上空を見やるとそこには、


「何者だ……!」

銀色の肌に、2本の角を生やした異形の者がいた。

そして、その傍らには意識を失ったまま浮かぶレイアの姿。奴が浮かせているのだろうか。


「私の名はジャナーク。以後、お見知りおきを……では、今日はこれにて。また会おう、ラルス君」


「レイアーーっ!」

ジャナーク――そう名乗った異形が指を鳴らした次の瞬間。二人の姿は忽然と消えてしまった。辺りを見回すも、そこにはただ瓦礫があるばかり。


「くそっ……!」

彼はあふれ出る無念を抑えられず、床を叩く。

あともう少しで、かつての仲間を救い出せたというのに。

「ジャナーク……その名前、覚えたぞ……!」

彼は拳を握りしめたまま虚空を睨み、呟いた――

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追放されし「拳」の勇者、「癒しの力」で世を照らす さぼてん @atamaheisei

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