第6話 「思い」が生み出すもの……! の巻

ガゴォン!


「な、何すか、今の音は!?」


地下牢から続く脱出口。その天井がわずかに揺れ、パラパラと土や小石がこぼれ落ちる。

今まさに聞こえた衝撃音に、リンが叫ぶ。周囲の亜人達もまた同じ音を聞いたのか、にわかにざわめき始めていた。


(あいつ、まさかやられちまってねぇだろうな……)


そんな不安を抱いたのは、亜人達を先導していたブルース。

決して騒ぎ立てこそしなかったが、彼もまた、この音に背筋を凍らせていた—



「ちいっ!」

彼女の口惜しげな舌打ちが響く。

それもそのはず。


「ガフッ……」

吹き飛ばすつもりだった私の頭がまだ、繋がっていたのだから。

私は壁に激突し、血を吐いていた。


「おのれ小癪な、まさか当たる直前に無理やり『捕縛バインド』を外して抜け出し、首への直撃を逸らすとは」

彼女の言葉通り、私はネックフォール・ダウンが当たる寸前に力づくで抜け出し、上体をそらして首への命中だけは何とか避けた。

しかし、ダメージは大きい。

このたった1撃だけで私の身に付けていた防具は破壊されてしまっていた。チラリと目をやると、胸当ての部分が大きく真一文字にへこみ、その下にあった胸板にも同じ打撲痕を作っていた。

その傷を見て、私はあることを思い出さずにはいられなかった—



—5年前—

「くそっ……」

それは、私が師匠の元で修行を始めてから随分経った時のことであった。単身での修行中、私は誤って脚に傷を負ってしまったのだ。

私はすぐさま、教わった『癒しの力』を用いて傷を癒す—






「なっ……!?」


ことはできなかった。

癒しの力を用いても、何故か一向に傷が治らないのだ。

らちが明かないと判断した私は結局、自力で傷を治すことは諦め、痛む足を引きずって師匠の下へと帰った。


私が戻った時、師匠は大層驚いていた。

その原因はやはり、私の傷だ。

師匠はすぐに私の治療を行なってくれたが、訳がわからない、という感じだった。

何故なら、『自分の傷を癒す』という行為は、『癒しの力』においては初歩中の初歩であったからだ—



そして修行を終えた今でも、その問題点だけは治ることがなかった。

つまり私は、他人の傷は治せても、自身は癒せないのだ。


「ググ……リャアッ!」

しかし、まだ倒れるわけにはいかない。私は壊れた胴の防具を乱暴に引き剥がすと、壁に背をつけたままそれを彼女に向かって投げつけた。


「むっ」

回転を伴って地面と水平方向に飛んで行ったそれを小蝿をはたき落とすかのように払う彼女。

だが、元よりこの一瞬の隙を作ることが目的だったのだ。


「リャアアアアーーーッ!」

私は何とか立ち上がると、気合を入れて己を奮い立たせながら片足での飛び蹴りを仕掛ける。

「ぐぬっ!」

隙を突かれた形の彼女は防御が間に合わず、側頭部を狙った蹴りをもろに浴びてしまった。


「甘いわ!」

だが、それも不意を突かれた、というだけ。彼女は私が離れるより先にその足を掴み、私を横に振るう。

「グァ!」

またも背中から壁へと叩きつけられた私は、呻き声を漏らす。

「ふぅん!」

そして間髪入れずに次の攻撃が私を襲う。立ち上がる最中、膝立ちになった私の首を、彼女の右手が掴んだのだ。

「ウ、ウググ」

彼女が力を加えるたびに、じわじわと呼吸がし辛くなっていく。

「クカカカ、一撃で首を取ることはできんかったが、それならばこうするのみよ」

「どうじゃ、苦しかろう?」

彼女の言葉通り、苦しみは増していくばかりであった。

朦朧とする意識。

その中で、走馬灯というべきだろうか—私は再びある出来事を思い出していた—



—5年前—


「師匠」

「何じゃ、ラルスよ」


その日、私は師匠にある質問をした。

それは、『癒しの力』とは一体どういうものなのか、ということ。

師は答えてくれた。


「そうじゃな……わかりやすく例えるならば、『思いの力』、とでも言おうか」


と。


「思いの力?」

「左様。この力は、『その者を癒したい』という思いがあって初めて発現する」

「そのために必要なのが、」

「『人の心』、ですね?」

「その通り。『勇気』『涙』『愛』……この3つが伴わぬ限り、真に『癒しの力』は使いこなせぬ。肝に銘じることじゃな」

「ありがとうございます、師匠。このラルス、精進いたします」



「思いの、力……そうでしたね、師匠……」

そして現実に引き戻された私。

垣間見た記憶を、うわ言のように呟く。


「ふっ、何をほざいておる」

そんなことは歯牙にもかけず、ますます握力を強めていく彼女。

だが、ここで異変が起きる。


「なっ……!?」

余裕から一転、驚愕に満ちた声を上げる彼女。その理由は。


「き、貴様っ、体のどこにまだそんな力を!?」

なんと私が首を締め上げるその腕を力強く掴み返し、ゆっくりと外し始めたのだ。


「私は……私は倒れるわけにはいかない……!」

私は徐々に力を強める。手のひらが首から離れ、呼吸ができるようになった。


「私は……戦うのだ!苦しむ人々のために!」

そして次には、彼女の腕を上方へと押し返し始める。


「そして、そして何より!」







「君たちを!」







「大切な友を!救うためにいぃぃぃぃーーーっ!」




「ぬううっ!?」

魂の叫びと共に、私はついに完全に腕を跳ね除けた—!


「スリャアアアアアッ!」

そしてすぐさま立ち上がると、渾身の回し蹴りを体勢が崩れがら空きの腹部へと叩き込む。

「ぐぉああっ!」

完全に油断し切っていた彼女はそれを浴び、大きく後方へと吹き飛ばされる。


「うぐぐぐ……貴様、何をしたっ!!」

起き上がりながら私を指差し、怒りと驚きの入り混じった声を上げる彼女。


「さあね……私にもよくわからない」

「とぼけるなっ!!ならば貴様のその身体は!!」

「その全身から溢れ出る、忌々しい光は何なのじゃあっ!」

「!?」


光。そう言われてハッとなり、自身の身体を見る。その言葉の通り—

腕が。

脚が。

私の全身が、白く淡い光に包まれていた。


(これは……『癒しの力』……なのか!?)


その光から感じる力は、確かに『癒しの力』と同質のものではあった。

しかし、こんな現象は師匠と修行を行なっていた頃から今に至るまで、1度も目にしたことはなかった。


「ぐうぅ忌々しい、まるでわらわの忌み嫌う、『神』の力ではないか……っ」

憎々しげにそう吐き捨てると、完全に起き上がった彼女は再び左腕を広げて構えを取り—


「そっ首切り落としてくれるわぁっ!!」

『ネックフォール・ダウン』の体勢で私に向かって突っ込んできた。

先刻と同じか、それ以上の轟音が響き渡る。

しかし。


「な、何故じゃ!?」

「何故防げるっ!!」

私はそれを、両の腕でしっかりと受け止めていた。そしてそれを押し返すと、私の中は心の中で呟いた。


(この力なら、これならば勝てる!)


と—

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