第5話 新たなる「力」……!の巻

「久しいのう。実に5年ぶりか」

巨大な影が、部屋の奥から歩いてくる。

1つ、また1つと横切るたびに消えてゆく燭台の炎。

「まさか貴様の方から出向いてくれるとは」

私の正面に姿を見せたそれは、見れば見るほどかつての彼女とは程遠い姿であった。

身長2mの私を優に超えた、倍ほどはある巨体。

髑髏を思わせる仮面で赤く輝く、二つの瞳。

厚い胸板の中心に怪しく光る、紫色の宝石。

彼女が聖職者の家系であった面影を残す、長い前垂れ。

広い肩幅の先に下がるは、発達した上腕に鋭い爪を持つ複雑な装飾がなされた腕鎧に包まれし前腕。

その巨躯をしっかりと支きる、太い両脚。

「そんなマスクなぞつけて、変わってしまったのう?ラルスよ」

唯一変わっていないところがあるとするのなら、その声だけ。


私は静かに彼女を見上げ、睨み付ける。

「そう言う君こそ、随分変わったじゃないか。前々から男勝りだと思ってはいたけれど、体まで私達おとこに近づけてしまうとはね……少し残念な気分だよ。」

「以前の方がチャーミングだっただけに、ね」

私は彼女を見据えたまま、そう言ってみせる。

「くく、言いおるわ。貴様の方こそ人間にその身を見せかけているではないか」

その煽りを聞いた彼女はクスクスと笑いながらそう返すとついに私の目の前に立ち、互いに向かい合う形となる。


「目的は何だ。何故罪もない亜人達を苦しめる」

「決まっておろう、わらわの、いや我らの目的はただ1つ」

そう言って、彼女は私を指差す。


「ラルス、貴様の命よ」


予想通りの答えに、私は緑色のオーラを出して身構える。

それを見た彼女もまた、力強く両足を踏ん張らせ、構えをとる。


「ならば私は、そのくだらない野望を止めるまで!」

「くふふっ、やれるものならばやってみせい!」


互いの叫びが、部屋中に響き渡る。

こうして、かつて『勇者』と呼ばれし者同士の戦いの火蓋は切って落とされた—



「スリャアーッ!!」

先に仕掛けたのは私の方だった。両足を揃えての飛び蹴りを、彼女の胸元目掛けて放つ。

正面から当たったそれは鈍い音を響かせはしたものの、当の彼女は未だ仁王立ち。全く通じていないということをこれでもかと表していた。


「セッ!セッ!セイッ!」

しかし、それで怯む私ではない。もとよりこの巨躯を蹴りの1つで倒せるとは微塵も思ってはいない—続け様に手刀チョップの連打を胴へと見舞う。


ガン、ガン、ガン。金属を殴りつけるような音が響く。

「セアアァーーッ!」

私はより一層声色を強め、勢いの乗った一撃を叩き込む。しかし—


「どうした?こんなものかのう?」

それもまた、通じず。半ば呆れたような声で言うと、彼女は私の右前腕をがしりと掴み、

「ならばわらわが手本を見せてくれようぞ!ええいっ!」

そのまま私の身体を吊り上げて身を返し、部屋の奥へと放り投げた。


「グッ……!」

勢いよく投げ飛ばされる私。あわや壁に激突かと思われたが、とっさに鉄柱を掴み取ると回転して勢いを相殺、何とか着地する。だが、


「むうん!」

彼女の攻撃の手が病んだわけではない。掛け声とともに、先程の場所から高く跳躍する姿が見えた。その右手の指は真っ直ぐに揃えられている。

彼女は腰を捻りつつ着地すると、

「かあっ!」

水平の手刀チョップでなぎ払う。私は素早く膝を使って体勢を下げ、ことなきを得る。しかし。


「……!!」

私の背後にあった鋼鉄製の柱は哀れ、真っ二つに切り裂かれていた。その威力を目の当たりにし、私は流石に驚愕の色を隠せない。


「くくく、見たか。これが『力』というものよ」

そう言って笑いをこぼす彼女。セリフから察するに、どうやら最初から私狙いではなかったらしい。


「確かにすごい力だ。正直驚いたよ。けれど」

「私がなんて呼ばれていたか、君ならよく知っているよね!」

私は体勢を戻すと、両腕を前方に広げながら、彼女に掴みかかる。


「知っておるとも、『拳』の勇者!」

「だからこそ、貴様と正面から組み合うつもりなど毛頭ない!」

それを後ろに飛び退いてかわす彼女。

先程の跳躍もそうだが、あの巨体に関わらずあれだけ機敏な動きを見せるとは—私は思わず感心してしまう。


「なら、どうするつもりだい?」

「まぁ焦るな。これから見せてやる」


そういうと彼女は、両手を広げて力を入れる。

何をするつもりだ?私は彼女を見据えて身構える。

だが『彼女にだけ』注意を向けていたこと、それが間違いであったのだと、私は直後に後悔することとなる。

その理由とは—


「『赤き影レッド・シャドウ』……!」

掛け声とともに、私の横にあった燭台に突如火が灯る。そしてその炎はどんどん大きくなり、何かの形を形成していたのだ。

「『捕縛バインド』っ!」

私がそれに気づいたのは、その『何か』が、私を羽交い締めにして動きを抑えた時だった。

人だ。人の形だ。

そう、彼女は燭台の炎を操って人型の炎を形成し、それに私を捕らえさせたのだ。


「これは……」

しかし、この技に私は何故かひどく懐かしい感情を抱いていた。

それもそのはず。先程彼女が2回目に叫んだ『捕縛バインド』。それは5年前、彼女が得意としていた魔術なのだから。

この技に助けられたことが、一体何度あっただろうか。


「どうだ、ラルスよ。肉体だけが武器の貴様と違って、わらわにはこの魔術がある」

「そして」


そう言いながら彼女は左腕を横へ開き、体をかがめると、


「そして新たに得たこの『力』っ!最早貴様など無用の長物よぉーーっ!」

勢いをつけて真っ直ぐに走り出した。


「その構え、まさか」

彼女の体勢を見て、私はあることを感じた。


「そうよ!この技をもって貴様の首をそのマスクごと飛ばしてくれる!」

そう、この技は。間違いない。


「ネックフォール・ダウンーーーーッ!」


5年前。

かつての私が用いていた技の一つだ……!

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