第3話 潜入作戦……! の巻
––2日後––
「ここだ」
そういって指差すのは、この前の夜我々に襲撃をかけてきたあの2人組の兵士の片割れ。
私達は彼の手引きにより、その本拠地、『ロッディス』という街にたどり着いていた。
馬車の幌から除くその街の様子は、ひどく陰惨なものであった。
大地にべったりと染みつく血痕。
屍を焼いているであろう煙の匂い。
そして何より––
「……なんか、みんな辛そうっすね」
彼女が、私の心を代弁してくれた。そう。住民の顔から、笑顔が見受けられなかった。皆それぞれ下を向き、挨拶すら交わさず—重々しい空気がこちらにも伝わってくる。
そして直後、私の目にあるものが映った。それは—
「あれは……!?」
町の至る所に貼り付けられた手配書だった。そこに書かれていたのは、
「『元・拳の勇者』、亜人ラルス……!?」
紛れもなく、私の顔と名前であった。
私は頭を抱えた。
自分の命が狙われていると知ったためではない。
この『亜人狩り』の目的が、この私の命であったのならば—そう考えたためだ。
(レイア……)
私は再び、心の中で彼女の名を呟いた。
『杖』の勇者、レイア。彼女は確かに勝気で喧嘩っ早く、男勝りな性格だった。
しかし、一方で聖職者の家系譲りの優しさを持ち合わせた女性であったのだ。
そんな彼女が、人々を本当に苦しめているのだろうか?
そして、私の命を奪うために、何の罪もない亜人たちを苦しめているのだろうか?
「リンさん」
「……はいっす」
「作戦は理解していますね」
疑問は尽きない。だが、今はそんなことを考えている場合でもない。私は自分の中での問答を打ち切り、彼女に話しかける。
※
—2日前—
「うっ、うっ……畜生……」
闇夜の空に、嘆きの声がこだまする。その主は、2人組の襲撃者のうちの1人––あの兵士の男だ。
彼は地に手をつけ、相方の死に涙を流していた。その相方の姿は、もうどこにもない。
燃え盛る杖に貫かれた彼は、瞬く間に骨すら残さず焼けてしまったのだから。
「ひどい……ひどすぎるっす」
その光景を見た彼女は、リンはそう呟く。いくら自身を襲った者とはいえ、あのような死に様を目にしてしまっては、そう思うのは当然だろう。
私もまた、同じような考えだった。
せっかく命を奪うことなく戦いを終えられたというのに、その命を奪われてしまった。
彼にだって、人生というものがあったろうに。
「……教えてくれないか。何故、このようなことになったのか」
しかし、ここで足踏みをしているわけにはいかない。
私の抱いた予想が正しければ。
かつての仲間が。
『杖』の勇者と呼ばれた彼女が。
こんな暴虐を働いていることになるのだから。
私は嘆く彼の肩に手を置き、尋ねた。
「……『あのお方』の名を呼ぼうとしたからだ」
「『あのお方』は、自身の過去を探られることがお嫌いだ。だから、俺たち兵士が口を割ったため制裁なされたんだろう。」
「それを偶然名前を知っちまったばっかりに、あのバカ野郎……ううっ」
彼は振り向くと、涙を流したまま答えてくれた。
「……案内、してくれないかい?」
「どこへ」
「君たちの本拠地、つまり『あのお方』の元にだ」
「「なっ……!?」」
私がそう言った瞬間。彼、そしてリンの驚きの声がぴったりと重なった。
「何を言ってるんだ、お前っ!?」
「この件については、私にも責任があるのやもしれない」
「だから、けじめをつけにいく」
「けじめって……『あのお方』って奴に心当たりがあるかもしれないってことっすか!?」
「ああ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そこまで私が話すと、男が話を中断させる。
「案内ったって、このまま行けば、俺もあんたらも殺されちまうのがオチだぞ!?」
「そうっすよ、『亜人狩り』の対象のアタシに、反抗した人間、それに負けた兵士っすよ!?」
彼女もまた、男に続いて私に詰め寄る。当然の反応だろう。
しかし、私には策があった。それは—
「だからさ。その『亜人狩り』を逆に利用する」
私の案はこうだ。
① 馬車をどこかで調達し、街に向かう
② その際、私とリンは『捕まった』という形で馬車に乗り込み、この男には『亜人狩り』の任務を果たし、なおかつ反逆者を捕らえた功績ある兵士として、堂々と正面から帰ってもらう
③ 本拠地に着いたら頃合いを見て私が暴れ、一気に制圧する
「な、なるほどなぁ」
「ただ……」
私は彼女を見つめ、眉をしかめる。
「リンさん、君には危ない橋を渡ってもらうことになってしまう。もし嫌なら、言ってくれ。その場合は、私1人で—」
言葉の通り、彼女を巻き込む形になってしまうことが気がかりだった。だからこそ、彼女に選んでもらうことにした。
「……行くっす」
その答えは、私にとっても予想外だった。みすみす自分の命を危機に晒す行為であるからだ。
「本当かい?危ない目に合うかもしれないんだよ」
「1人でいた方が、もっと危ないっす。それに……」
「アタシに、帰る場所なんてもう、ないっすから……」
その言葉を呟いた瞬間、彼女の顔からは先ほどまでの快活さは消え失せていた。
切ない顔だった。
私は、この顔を知っている。
そう。それは紛れもなく—
かつての、私のようだった。
※
そんなことがあり、今こうして我々はこの街にいる。
「おい、そろそろだ。気を引き締めるんだな」
彼女と作戦のおさらいをしていた私に、男から声がかかる。
ちらりと外を覗くと、そこには。
「あれが……」
邪悪な気配渦巻く鉄の要塞が、聳え立っていた—
—レイア、本当に君がこんなことをしているというのなら。
私は何としてでも止めねばならない。
それが元、『勇者』としての。
そして何より、『友』としての、私の務めなのだから。
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