第2話 亜人狩り……! の巻

––3日後―


長い修行の日々を終え、実に5年ぶりに人の世へと舞い戻った私は今、深い森の中にて野宿をしていた。近くの川で2、3匹魚を獲り、串焼きにしていた。

しかし、ゆらりゆらりと揺れる焚き火の炎、そして魚を見ていると、あの頃を思い出し、切なさに浸ってしまう―



「スリャーッ!」


ある日のことだった。今日と同じように野宿をしていたっけ。

もちろん、1人じゃない。私たち4人は、焚き火を囲んでいた。

その日食材調達を請け負った私は、近くの川で魚を獲っていた。


「ちょっと、ラルス!?」


そんな時だった。『杖』の勇者、レイア–––彼女に怒られてしまったのは。


「やあ、レイア。どうしたんだい?」

「何で魚獲るだけなのにそんなデッカイ水柱上げてるのよ!」

「ああ、これかい?これはね––」


そう彼女に言いながら、私は上空を指差した。すると、


「ふぎゃあああっ!?」


川の岸に、ボトボトと数十の魚が空から叩きつけられた。彼女は悲鳴とともに尻餅をついていたっけ。


「一気に空に巻き上げて叩きつければ、1匹づつ仕留めて捕まえる手間がかからないと思って。……どうしたんだい?」


私がそう解説していると、彼女はへたり込んだままプルプルと体を震わせていた。

「レ、レイア?」

まずい、何かしでかしてしまったのだろうか––私は恐る恐る、彼女に話しかけた。

「そんなことしたら、私たちの居場所バラしてるようなもんじゃないっ!?」

そして案の定、彼女の怒りは爆発した。


「グ、グムー」

彼女の言うことはもっともだった。故に、私は言葉をつまらせてしまった。

しかし、凄い剣幕だ。とても聖職者の家系のお嬢様には見えない。

ともかく、私はタジタジになってしまっていた––そんな時だった。


「まぁそう怒るなよ、レイア。こんなに晩飯が食えるんだ。いいじゃねぇか」


私の元へと助け舟が入ったのは。渡し主は、『剣』の勇者、マルク。


「で、でも……」


その姿を見た瞬間、先ほどまでの剣幕は何処へやら。彼女レイアはすっかりしおらしくなってしまった。よく見ると、顔もほのかに赤い。

それを見た私はなるほど、と心の中で呟く。


「ちょっとラルス、何でニヤニヤしてるのよ」

それは意図せぬうちに顔に出ていたらしく、再び私の方を向いた彼女に睨み付けられる。

私はしまった、と思いながら、急いで魚を抱え上げ、逃げ出した。


「ちょっと、待ちなさーい!」

私とマルクは、追いかける彼女を背に、ひたすら走った。


––その後、私たちは魚を焼き、焚き火を囲んで談笑していた。



「ふふっ……」


そう少し笑い、思い出に浸っていた時だった。


「ん?」

近くの茂みから、ガサガサ、という音がしたのは。

その大きさから野生動物か、とは思ったものの、私は一応軽く戦闘態勢をとった。すると。

ぐうぅ。

そんな気の抜ける虫の声が、夜空に響いた。その主は––


「お腹、減った、っす……」


綺麗な銀色の髪に鉢巻きを巻いた、小柄な少女だった。茂みの中から姿を現した彼女は、ふらふらと2、3歩前に進むと倒れ込んでしまう。

「おっと」

私はその身体が完全に地につく着く寸前に受け止めた。


「とりあえずこれ、食べるかい?」

そうして急いで焚き火の近くまで連れてゆくと、魚の串焼きを差し出す。

すると彼女は目の色を変え、猛烈な勢いでそれに食らいつき始めた。喋る余裕もない、といった感じだ。


「……やれやれ。これはまだ獲ってくる必要がありそうだ」

その様子に、私の足は川へと歩み始めていた。



「ふぅ」


数分後。追加で焼いた魚を合わせて計10匹もの串焼きを食した彼女は、ようやく一息ついていた。


「あの、ありがとうございました!」


そうして私の方を見ると、素早く頭を下げて礼を伝えた。礼儀正しい娘だ。よほど余裕がなかったのだろう。


「はは、構わないよ。それで君は一体?」

私は彼女に素性を尋ねる。あの尖った耳の形からするとおそらくエルフ族だろうとは思うが––


「アタシの名前はリン、エルフ族っす」


やっぱり私の予想は当たっていた。リン、そう名乗った彼女はじっと私を見つめていた。綺麗な目だった。


「しかし、何故あんなにお腹を空かせていたんだい?」

「それは……」


彼女が続けようとするより先に、その答えは出た。


「うわっ、来たっす!」


またもや、ガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえた。しかし今度は乱暴な感じだ。

私は先ほどとは違い、本格的な戦闘体制を取る。次の瞬間。


「ぐへへ、こんなところにいたのか、小娘め」

「追いかけっこはおしまいだぜ」


黒い兜と鎧に身を包んだ男が2人、茂みの中から姿を現した。言葉から察するに、おそらく狙いは彼女だ。


「あなたたちは一体!?」

「こいつらは亜人狩り部隊っす!知らないんすか!?」


亜人狩り。その言葉に、私は戦慄を覚えた。亜人は確かに冷遇されがちな種族だったが、それでも最低限の身の安全は保証されていた。

この5年間で、いったい何が起こってしまったのか––


「リンさん、隠れてください」

「は、はいっす!」


ともかく、考えるのは後にしよう。私は彼女に呼びかける。彼女は素直に私の背後の茂みに身を隠した。


「何だ貴様、亜人を庇うのか」

「当たり前です。年端もいかぬ少女に乱暴を働こうなど、許せることではありませんから」

私は戦闘態勢をとりつつ、全身に力を入れ、緑のオーラを噴出させる。

「ならば死ねぃ!」


先に動いたのは、二人組の片割れ。剣を持った男だった。彼は獲物をかかげると、私に向かって一直線に突っ込んできた。


「せいっ!」

掛け声とともに、剣が空を切る。私は素早く身をかわし、


「うががっ!?」

剣を持つ相手の腕を左で掴み取ると、上方に思い切り締め上げる。そして痛みに耐えかねた相手が剣を落としたことを確認すると、

「スリャ!」

掛け声とともに相手の右腕を一気に振り下ろし、その勢いのまま後方の木に向かって投げつける。

「ぐぇっ」

そんな声をあげて気に激突し、のびる男。


「きっ、貴様―っ!」

私が落とした剣を踏み砕くと同時に、しばし呆気に取られていたもう1人が動き出す。

この男は槍を抱えての突進を仕掛けてきた。

「スリャアッ!」

私は槍の刃が届くより先に、その刃と柄をつなぐ根本の部分へと右の回し蹴りを浴びせる。

「なっ!?」

すると槍の刃と柄とが泣き別れ、刃が闇夜に消えてゆく。

「ゲッ……」

そして狼狽る男の背後へと回り、その腰を両の手で掴むと、

「スリャアーッ!」

股関節を軸にして上体を思い切り逸らし、相手を胸から地面へと叩きつけた。衝撃で銅の鎧と兜が砕け散る。

そうして男から手を離し、態勢を整える私。


「まだ、やるかい?」


そしてゆっくりと立ち上がってくる男に、問いかけた。その答えは––


「「す、すいませんでしたっ!降参しますっ!」」

2人揃っての降伏だった。私は微笑むと、また問いかける。

「どこか痛むところはないかい?」

と。


「そ、そういえば……」

「あれだけされたのに、どこも痛くねぇ」

「そうか、それはよかった」


私は心で安堵した。『癒し』の力を相手に流しながら攻撃し、相手の戦意だけを削ぐ––

名付けて、『ヒーリング・アーツ』。あの5年にも渡る修行の中で身につけた技術だ。

人に対して試すのはこれで初めてだったが、うまくいったようだ。



「それで、何故君たちは亜人狩りなんか?」


数分後。私は先ほど襲いかかってきた男2人を焚き火のそばに呼び、事情を聞いていた。

隠れていた彼女––リンも交えて。彼女はまだ警戒しているのか、私の背にくっついていたが。


「俺たちは、確か命令されて……それでこう、なんか頭がボヤッとして」

「命令?誰にだい」

「えっと確かそう、レ––」

「バッカお前、その名前を口にすんじゃねぇ!」


そこまで言いかけると、もう1人が慌てた様子で割って入った。しかし。


「ぎゃああっ!」


時すでに遅し、だった。どこからともなく飛来した炎で形作られた『杖』が、男の胸を刺し貫いたのだ。

男は瞬く間に絶命し、その骸が焼かれていく。


「……っ、この杖は!」

その杖を目にした瞬間、私の脳裏には強い悪寒がよぎった。そう、何故なら––


「レイア……君なのか……っ!?」

忘れはしない。忘れるわけがない。

それはかつての仲間。『杖』の勇者、レイアが愛用していた杖そのものだったのだから––

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