第2話 亜人狩り……! の巻
––3日後―
長い修行の日々を終え、実に5年ぶりに人の世へと舞い戻った私は今、深い森の中にて野宿をしていた。近くの川で2、3匹魚を獲り、串焼きにしていた。
しかし、ゆらりゆらりと揺れる焚き火の炎、そして魚を見ていると、あの頃を思い出し、切なさに浸ってしまう―
※
「スリャーッ!」
ある日のことだった。今日と同じように野宿をしていたっけ。
もちろん、1人じゃない。私たち4人は、焚き火を囲んでいた。
その日食材調達を請け負った私は、近くの川で魚を獲っていた。
「ちょっと、ラルス!?」
そんな時だった。『杖』の勇者、レイア–––彼女に怒られてしまったのは。
「やあ、レイア。どうしたんだい?」
「何で魚獲るだけなのにそんなデッカイ水柱上げてるのよ!」
「ああ、これかい?これはね––」
そう彼女に言いながら、私は上空を指差した。すると、
「ふぎゃあああっ!?」
川の岸に、ボトボトと数十の魚が空から叩きつけられた。彼女は悲鳴とともに尻餅をついていたっけ。
「一気に空に巻き上げて叩きつければ、1匹づつ仕留めて捕まえる手間がかからないと思って。……どうしたんだい?」
私がそう解説していると、彼女はへたり込んだままプルプルと体を震わせていた。
「レ、レイア?」
まずい、何かしでかしてしまったのだろうか––私は恐る恐る、彼女に話しかけた。
「そんなことしたら、私たちの居場所バラしてるようなもんじゃないっ!?」
そして案の定、彼女の怒りは爆発した。
「グ、グムー」
彼女の言うことはもっともだった。故に、私は言葉をつまらせてしまった。
しかし、凄い剣幕だ。とても聖職者の家系のお嬢様には見えない。
ともかく、私はタジタジになってしまっていた––そんな時だった。
「まぁそう怒るなよ、レイア。こんなに晩飯が食えるんだ。いいじゃねぇか」
私の元へと助け舟が入ったのは。渡し主は、『剣』の勇者、マルク。
「で、でも……」
その姿を見た瞬間、先ほどまでの剣幕は何処へやら。
それを見た私はなるほど、と心の中で呟く。
「ちょっとラルス、何でニヤニヤしてるのよ」
それは意図せぬうちに顔に出ていたらしく、再び私の方を向いた彼女に睨み付けられる。
私はしまった、と思いながら、急いで魚を抱え上げ、逃げ出した。
「ちょっと、待ちなさーい!」
私とマルクは、追いかける彼女を背に、ひたすら走った。
––その後、私たちは魚を焼き、焚き火を囲んで談笑していた。
※
「ふふっ……」
そう少し笑い、思い出に浸っていた時だった。
「ん?」
近くの茂みから、ガサガサ、という音がしたのは。
その大きさから野生動物か、とは思ったものの、私は一応軽く戦闘態勢をとった。すると。
ぐうぅ。
そんな気の抜ける虫の声が、夜空に響いた。その主は––
「お腹、減った、っす……」
綺麗な銀色の髪に鉢巻きを巻いた、小柄な少女だった。茂みの中から姿を現した彼女は、ふらふらと2、3歩前に進むと倒れ込んでしまう。
「おっと」
私はその身体が完全に地につく着く寸前に受け止めた。
「とりあえずこれ、食べるかい?」
そうして急いで焚き火の近くまで連れてゆくと、魚の串焼きを差し出す。
すると彼女は目の色を変え、猛烈な勢いでそれに食らいつき始めた。喋る余裕もない、といった感じだ。
「……やれやれ。これはまだ獲ってくる必要がありそうだ」
その様子に、私の足は川へと歩み始めていた。
※
「ふぅ」
数分後。追加で焼いた魚を合わせて計10匹もの串焼きを食した彼女は、ようやく一息ついていた。
「あの、ありがとうございました!」
そうして私の方を見ると、素早く頭を下げて礼を伝えた。礼儀正しい娘だ。よほど余裕がなかったのだろう。
「はは、構わないよ。それで君は一体?」
私は彼女に素性を尋ねる。あの尖った耳の形からするとおそらくエルフ族だろうとは思うが––
「アタシの名前はリン、エルフ族っす」
やっぱり私の予想は当たっていた。リン、そう名乗った彼女はじっと私を見つめていた。綺麗な目だった。
「しかし、何故あんなにお腹を空かせていたんだい?」
「それは……」
彼女が続けようとするより先に、その答えは出た。
「うわっ、来たっす!」
またもや、ガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえた。しかし今度は乱暴な感じだ。
私は先ほどとは違い、本格的な戦闘体制を取る。次の瞬間。
「ぐへへ、こんなところにいたのか、小娘め」
「追いかけっこはおしまいだぜ」
黒い兜と鎧に身を包んだ男が2人、茂みの中から姿を現した。言葉から察するに、おそらく狙いは彼女だ。
「あなたたちは一体!?」
「こいつらは亜人狩り部隊っす!知らないんすか!?」
亜人狩り。その言葉に、私は戦慄を覚えた。亜人は確かに冷遇されがちな種族だったが、それでも最低限の身の安全は保証されていた。
この5年間で、いったい何が起こってしまったのか––
「リンさん、隠れてください」
「は、はいっす!」
ともかく、考えるのは後にしよう。私は彼女に呼びかける。彼女は素直に私の背後の茂みに身を隠した。
「何だ貴様、亜人を庇うのか」
「当たり前です。年端もいかぬ少女に乱暴を働こうなど、許せることではありませんから」
私は戦闘態勢をとりつつ、全身に力を入れ、緑のオーラを噴出させる。
「ならば死ねぃ!」
先に動いたのは、二人組の片割れ。剣を持った男だった。彼は獲物をかかげると、私に向かって一直線に突っ込んできた。
「せいっ!」
掛け声とともに、剣が空を切る。私は素早く身をかわし、
「うががっ!?」
剣を持つ相手の腕を左で掴み取ると、上方に思い切り締め上げる。そして痛みに耐えかねた相手が剣を落としたことを確認すると、
「スリャ!」
掛け声とともに相手の右腕を一気に振り下ろし、その勢いのまま後方の木に向かって投げつける。
「ぐぇっ」
そんな声をあげて気に激突し、のびる男。
「きっ、貴様―っ!」
私が落とした剣を踏み砕くと同時に、しばし呆気に取られていたもう1人が動き出す。
この男は槍を抱えての突進を仕掛けてきた。
「スリャアッ!」
私は槍の刃が届くより先に、その刃と柄をつなぐ根本の部分へと右の回し蹴りを浴びせる。
「なっ!?」
すると槍の刃と柄とが泣き別れ、刃が闇夜に消えてゆく。
「ゲッ……」
そして狼狽る男の背後へと回り、その腰を両の手で掴むと、
「スリャアーッ!」
股関節を軸にして上体を思い切り逸らし、相手を胸から地面へと叩きつけた。衝撃で銅の鎧と兜が砕け散る。
そうして男から手を離し、態勢を整える私。
「まだ、やるかい?」
そしてゆっくりと立ち上がってくる男に、問いかけた。その答えは––
「「す、すいませんでしたっ!降参しますっ!」」
2人揃っての降伏だった。私は微笑むと、また問いかける。
「どこか痛むところはないかい?」
と。
「そ、そういえば……」
「あれだけされたのに、どこも痛くねぇ」
「そうか、それはよかった」
私は心で安堵した。『癒し』の力を相手に流しながら攻撃し、相手の戦意だけを削ぐ––
名付けて、『ヒーリング・アーツ』。あの5年にも渡る修行の中で身につけた技術だ。
人に対して試すのはこれで初めてだったが、うまくいったようだ。
※
「それで、何故君たちは亜人狩りなんか?」
数分後。私は先ほど襲いかかってきた男2人を焚き火のそばに呼び、事情を聞いていた。
隠れていた彼女––リンも交えて。彼女はまだ警戒しているのか、私の背にくっついていたが。
「俺たちは、確か命令されて……それでこう、なんか頭がボヤッとして」
「命令?誰にだい」
「えっと確かそう、レ––」
「バッカお前、その名前を口にすんじゃねぇ!」
そこまで言いかけると、もう1人が慌てた様子で割って入った。しかし。
「ぎゃああっ!」
時すでに遅し、だった。どこからともなく飛来した炎で形作られた『杖』が、男の胸を刺し貫いたのだ。
男は瞬く間に絶命し、その骸が焼かれていく。
「……っ、この杖は!」
その杖を目にした瞬間、私の脳裏には強い悪寒がよぎった。そう、何故なら––
「レイア……君なのか……っ!?」
忘れはしない。忘れるわけがない。
それはかつての仲間。『杖』の勇者、レイアが愛用していた杖そのものだったのだから––
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