第1話 旅立ち……! の巻

――5年後――


師匠――つまり神様と私は、山頂にてに修行に明け暮れていた。

珍しく吹雪の止んでいた、ある日のことだった。


「ラルスよ」

「はっ、師匠」

師匠の声かけに、跪く私。


「この5年間、よくぞ1度たりとも逃げ出すことなく、耐え抜いた」

「ありがたきお言葉」

「もはやお主に教えることは何もない」

「! それでは」

師の言葉に、思わず顔を上げ、驚く私。表情こそ面で見えないが、その眼差しは慈愛に満ちていたーー少なくとも私には、そう思えた。


「ここ最近、不穏な気配が世を覆いつつある」

師は眼下に広がる街々を指差し、そう告げる。

「5年前、3人の『勇者』達によって滅ぼされたはずの『魔王』……それによく似た邪悪の気配が渦巻いておる」

3人の勇者。その言葉を聞いた私の身体は、思わずピクリ、と反応を見せる。

「……やはり、お主を追い出した彼らのことを忘れられてはおらぬようじゃな」

「……申し訳ございません。続けてください」

私は片膝をつけたまま、頭を下げる。

「うむ」

「お主はこれより山を降り、その邪悪を祓うのだ」

「邪悪を、祓う」

「左様。お主に伝えた『癒し』の力で、根源を断つのだ」

「心得ました、師匠。このラルス、命に変えても」

私は右腕を胸に当て、力強く答える。


「よい答えだ、ならば」

満足げに頷くと、師は懐から何かを取り出し私に差し出す。

「これは……」

それは、人の顔を模した、白塗りのマスクであった。

「それは『姿隠しの面』。被ってみよ」

姿隠しの面――そう言われたこの面を、私は顔に被せる。するとーー


「ううっ、これは……!?」

面を被ったその瞬間、眩い光が辺りを照らした。そして光が止むと、そこには


「これは……私なのか?」

池の水面に写る私の姿を見て、私は驚く。浅い赤肌も、額から生える角もそこには映っていなかったからだ。

私の姿は面をつけた『人間』と呼んでも差し支えない姿へと変わっていたのだ。

そして何より驚いたのは、私の表情に合わせて、面もまた表情を変えていたのだ。まるで本当の顔を動かしているかのような感覚であった。


「その面をつけている限り、お主の姿は人間と見分けはつかぬ」

「亜人の姿のままでは出歩く事もままならぬ世。それが、わしからの最後の贈り物じゃ」

「はっ、ありがとうございます」


「時に、ラルスよ」

「はい」

師匠は改めて私をまっすぐに見つめ、指差す。

「最後にもう一度、お主へ問う。この世で決して失ってはならぬものは、何だ」

「それは……『人の心』、にございます」


『人の心』。師は度々、それだけは決して失ってはならない、と口にしていた。

1つは、勇気の心。

1つは、他者と涙を分かち合える心。

1つは、誰かを愛することができる心。

その3つ全てが揃ってこその、『人の心』である。

それこそが、この『癒しの力』を生み出す原動力となり得るーーそう、師は語っていた。


「うむ、よろしい。決して忘れてはならぬぞ、その言葉」

「はっ!今までありがとうございました、師匠!」


「ならば行け、ラルスよ!その力で、必ずやこの世に光を!」


師の言葉を背に受け、私はマントを羽織り、歩み始めた。

この先に何が待ち受けているかはわからない。

だが、この力で私は。私は、必ずやーー

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