追放されし「拳」の勇者、「癒しの力」で世を照らす
さぼてん
プロローグ 神との出逢い……! の巻
「戦えない奴を、もう仲間とは言えねぇ」
ついに告げられてしまったその言葉。
「勇者」として「魔王」と呼ばれる存在を討伐するための私の旅は—その日、終わりを告げた。
「……つまりクビ、というわけだね」
「察しが良いじゃねぇか。その通りさ」
そう吐き捨てるのは、我々4人のリーダーである「剣」の勇者、マルク。彼は私に背を向けたままだった。
「薄々、感づいてはいたさ」
言葉の通り、いつかこの日が来るとは思っていた。「拳」の勇者の名を冠しておきながら、唯一の武器を振るえなくなってしまった私だ。用済みと考えられるのも無理はない。
「だが、本当になるとは思っていなかった……」
私が呟くと、「杖」の勇者、レイアと「弓」の勇者、アニーの2人は目を背け、俯いていた。
そんな彼女らの間を横切り、私はマルクの後ろに立つ。
「今までありがとう。私のーー」
最後まで言い切るより先に私の頬に鈍い感触が走り、次の瞬間には尻餅をついていた。
顔を上げると、そこには肩を震わせながらまたも背を向けているマルクがいた。
「さっさと……さっさと出ていきやがれ!この役立たずっ!」
「……ああ、そうさせてもらう」
怒鳴るマルク。私はゆっくりと立ち上がると汚れを払い、彼らに背を向けた。
マントを纏い、フードを深く被る。そして懐から小袋を取り出し、その場に置いた。
「……これでお酒でも飲んで、私のことは忘れてくれ。じゃあ」
そこには銀貨を10数枚入れていた。3人分ぐらいなら、いい食事ができるほどの金額だ。
そうして私は降りしきる雨の中、ただ独り歩き始めた。
※
あれから何ヶ月経っただろうか。
彼らは一体、どうしているのだろう。
私はそんなことを考えながら、吹雪のふきすざぶ山を訪れていた。
街で暮らすより、よっぽどマシだと考えたためだ。
「役立たずの勇者」として後ろ指をさされて生きることが怖いのではない。そんなことより私が恐れていたのはーー
「半端者」。そう言われ続ける日々に戻ることが、何よりも怖かった。
私は己の額から生えた鋭い角を撫で、そんなことを考えていた。
魔族でもない。人でもない。そんな私をかろうじて守ってくれていたのが、「勇者」という肩書だった。
それを失った今、私はどのような仕打ちを受けるのか。
早い話、私は「逃げた」のだ。
「ふふ、臆病者のダメ亜人、か」
私は自らを嘲笑い、なおも足を進める。行き先など等にない。ただひたすらに足の赴くまま歩き続けていた。
そんな時だった。私があるものを目にしたのは。
「人……?」
少し遠くの、崖の際。そこには、ありえないものが––いや、人がいた。老人だった。妙な面をつけ、神聖な雰囲気を伴った薄い布を纏う、1人の老人。
私は幻覚でも見ているのか、と目を擦るも、依然として彼はそこに立っていた。
私は雪に足を取られながらも、彼に駆け寄った。人への恐怖心よりも、好奇心の方が先に来たためだ。
「あの」
「……何じゃ、亜人の青年よ」
私が声をかけると、老人は長い白髪を振りつつ、私の方を向いた。
「こんなところで、一体何を」
口をついて出たのは、率直な疑問だった。強い吹雪が吹き荒れるこの山でこうしているなど、ただ事ではないからだ。
「……今にわかる」
老人の言葉に私が首を傾げたその瞬間。吹雪とは違う突風が、私たちを襲った。あまりの強さに、私は足を踏ん張り、顔の前に腕を出す。
「っ……!」
そして数秒後ようやく顔を上げると、そこには。
鋭い爪に牙。真っ黒な鱗。空を覆わんばかりの巨大な翼――荒々しい息遣いの巨大な竜が、私たちをその黄色い眼で見据えていた。
「ご老人!」
私はハッとなって我に帰ると、とっさに老人の前に立ち彼を庇う。
「何のつもりだ、青年よ」
「貴方をお守りいたします!」
「ほう?だがその拳、振るうことを躊躇っているようじゃが」
「なっ、なぜそれを――うわ!」
私が老人の言葉に動揺したその瞬間。竜は鋭い爪を振り下ろし私たちを襲った。私は老人を両手で押しのけ、紙一重でかわす。
崖の一部がえぐれ、奈落の底に落ちていくのを見つめながら、私はなおも竜へと向き直る。
確かに、拳を振るうことに躊躇いがあるのは事実だ。
しかし、老人を守るためならば。この身を呈することなど厭わない。
「これでもかつては『勇者』と呼ばれた身……目の前の命を放ってはおけません!」
それが最後に残った、私の使命なのだから。
私は戦闘態勢をとり、竜を見据える。腕が震え、足がすくむ。しかし、逃げ出すわけにはいかない。ごくりと唾を飲み、眉間にしわを寄せる。
だが。
「なるほど。それがお主の答えか」
予想外の出来事が起こった。そう呟いた瞬間、老人が私の背後から飛び立ったのだ。
「なっ……!?」
あまりに突然の出来事に困惑し、声を漏らす。そんな私を他所に、老人は見事な円を描いて竜の背に降り立つとーー
「そいやあっ!」
その手に白い光を纏わせながら、竜の翼と翼の間に掌底の一撃を叩き込んだ。
瞬間、強烈な閃光が迸り、視界を奪う。
そしてしばらくしてそれが収まると――
「……これは」
またも、信じられない光景が広がっていた。
先ほどまで漆黒の鱗を見に纏っていた魔竜の姿はどこにもなく、代わりに神々しいほどの白き鱗を纏った竜が、そこにいた。
そしてその背には無事な様子の老人。目の前の光景が、とても信じられなかった。
竜は先ほどまでの凶暴性は何処へやら。グロロ、と小さく唸ると優しく私の背後へと降り立った。
「一体、何がどうなっているのですか」
私は両手を広げ、背から飛び降りた老人に問う。老人は竜の鼻の頭を撫でると、私の方を振り向き、言った。
「この者に取り憑いた闇を祓ったまでよ」
「そんなことができるとは……貴方はまるで」
「そう」
私が言い終わるより先に、老人は腕を組み、答えを返した。
「わしは『神』……そう呼ばれる者じゃ」
「やはり神でございましたか。道理であんな芸当が」
一瞬驚く私だったが、それよりもある言葉を言いたくてたまらず、彼の元へとひざまづいた。
「お願いがあります」
「何じゃ、若者よ」
「どうか私めに、その『力』の使い方を教えてはいただけぬでしょうか」
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