幼馴染があからさまな嘘をつく。素直クールな女の子。

梅酒司

幼馴染があからさまな嘘をつく。素直クールな女の子。

 ビニール傘を叩く音。

 雨が激しく叩きつけれる。

英麻えま! お前なんで、傘持って行かないんだよ」

「傘が壊れてしまってな」

 俺の傘の中に急いで入った英麻は、さも当然のような顔で言いのける。


 こいつとは子供のころからの付き合いだ。

 一般的に幼馴染というやつになるだろう。

 だからだろう、考えていることがわかってしまうのは。


 だから、この後に言う言葉は――


「嘘だ」

「だろうな」


 英麻の嘘はわかりやすい。

 そして、すぐに白状をする。

 いままで何度も繰り返されたやり取りだ。


「お前だろ、今日は雨が降るって教えてくれたのは」

「まさか、突然降ってくるとはな」

 登校前、玄関でいつものように待っていた英麻が俺に教えてくれたのだ。

 だから、俺はビニール傘を持っていたわけだ。


「私の傘は折り畳み式なんだ、仕方ないじゃないか」

「持って行けよ。折り畳みでもなんでも」

「折り畳みは一度使うとしまうのが大変なんだ」

「それで風邪でも引いたら元も子もないだろ」


 俺はいつもよりも強い口調になっていた。

 英麻のブラウスがぴ雨のせいでぴったりと肌にくっついている。

 彼女のさらさらと綺麗なセミロングの髪は濡れてしまい、青藍せいらん色の髪は濡れてしまいいつもより濃く見えてしまう。

 このまま放っておけば体が冷えることは確実だろう。


「でも君が来てくれただろ」

「当たり前だろ、他に誰がいるってんだよ」

 お前が傘を持って行かなかったことも、どこに行ったかもすぐわかったんだ。

「他の部員は帰ってしまったからな」

「文化祭までまだ余裕もあるから、別に大丈夫だろ」

 今日は朝からの雨予報。

 俺たち以外の部員は家が遠いということもあって放課後の作業を今日はせずに帰っていった。

 だが、雨が降りそうな気配はあれど実際に降ることはなかった。

 だから、俺と英麻は家が近いこともあり部室に残り作業を進めていたのだった。


「私は来てくれて嬉しいぞ」

「雨に濡れなくて済むもんな」

「相合傘ができる」

「そーかい」


 英麻は嘘をつくくせにこういうことも平気で言う。

 よくも悪くも真っすぐすぎる。

 そんなさっぱりとした性格だからだろう。

 英麻は学校で人気だ。

 整った顔立ちなので可愛いよりも綺麗という言葉が似合う。

 それにここ数年で随分と女らしくなったからな……。

「君、胸を見る目線というのはわかるものだぞ」

「悪意はない」

「見たいといえば見せてやるぞ」

「お前――」

「触りたいといえば触らせてやるぞ」

「本気で言うな」

「嘘かもしれないだろ?」

「嘘だったのか?」

「本気だ」


 幼馴染の考えていることはわかっていても、本心だけはわからないときがある。

 ただ一つだけ確かなこともあり。

 俺は英麻が好きだし、英麻は俺のことが好きだということだ。


 ………………

 …………

 ……


「倉庫に取りに行くタイミング考えろよ。おかげで俺もずぶ濡れだ」


 美術室である我らが部室に到着する。

 俺は濡れたシャツを流しの上で絞る。

 ぽたぽたと水が垂れ、まるで濡らしたばかりの雑巾のように絞れてしまう。


「しかたないだろ。さっきまで降ってなかったんだ」


 確かに何の前触れもなく降ってきた。

 しかも局地的な大雨。

 一瞬外に出ただけ。

 傘も差していたというのに、こんなにも濡れてしまうとは。


「だがこれで看板作業に入れるな」


 床には去年使われていた木製の手持ち看板があった。

 英麻が校舎裏にある倉庫から持ってきたものだ。

 うちらの部活は看板を毎年作り直している。

 だから、今年もペンキを塗る必要があった。

 英麻は時間がかかることを先に終わらせたい性格だからな……。


「それ濡れちまってるぞ」

「ふむ……」

 だが、看板は雨を吸い湿ってしまっている。

 水性ペンキを塗れば滲んでしまい思い通りに塗るのは難しいだろう。


「困った。作業が無くなってしまった」


 濡れてしまった体を気にする様子もなく目の前に置かれた看板を見ていた。


「英麻、ほら」

「……おっと」

「とりあえず体拭け」


 だから俺は部室に置いてある新品のタオルと英麻に投げ渡す。

「すまない、ありがとう」

「目のやり場に困るからな」


 本人は気にしていないようだがブラウスは水に濡れ、肌にぺったりとくっついてしまっている。

 そのおかげで、体のラインははっきりとわかってしまう。

 それに、下着も――


「今日の下着は黒色だ」

 俺の考えを読んでか、英麻が俺に教えてくる。


「嘘だ」

「だろうな」


 水色がしっかり透けてただろうが。


「見たんだな」

「見たよ」

「そこは嘘でも見てないって言うべきだろ」

「俺はバレる嘘はつかない主義なんだ」


 英麻の姿を背にして自分の体も拭いていく。


「お前も恥じらいぐらい持てよ、俺が困る」

「君にいまさら恥じらいを持ってもしかたないだろ。裸だって見せている仲なんだから」

「そこは嘘でもな……」

 って俺も英麻と同じこと言ってるな。

「君相手に嘘ついても仕方ないだろ、バレるんだから」

「当たり前だろ、英麻の嘘わかりやすいんだから」

「いや、君は私が巧みな嘘をついたとしてもわかるだろ」

 ……まぁ、自信はある。

 なんとなく考えてることわかるからな。

「だからって、もう少しまともな嘘をつけよな」

「バレないと思った嘘がバレたら虚しいじゃないか」

 なんとも変なプライドを持っている。


 会話は終わり、部屋が静かになる。

 英麻が体を拭いているのか、背後からは布の擦れる音が聞こえてくる。

 俺はそれをなるべく意識しないようにするため、なんとなく床に腰を下ろすことにした。


 そのうち布の音は聞こえなくなる。

 体を拭き終わったのだろうか。


 気がつくと、英麻はゆっくりとした足取りで俺の近くの窓まで歩く。

「止む気配はないんだな」

 外を眺めていた。

 タオルは肩から掛けられ、前からは下着が見えなくなってはいるが背中はまだ薄っすらと見えてしまう。


 外からはいまだ激しく地面をたたき続ける音が聞こえてくる。

 雨は止むどころかより強くなっていた。


 ――ッ!!


 一瞬、目の前が明るくなった。

 フラッシュのような。

 そして一瞬の間が空き。


 ――轟音 


 耳を突き破りそうな音が鳴った。


 雷だ。

 それに気づいたとき、俺の体に柔らかい感触があった。

 まだ乾ききっていない服としっとりと濡れた髪の毛が顔の前にある。

「……おい」

 英麻が俺に抱き着いていた。

「体冷えてるだろ、……私が温めてやろうと思ってな」

 英麻の顔は見えない、俺の胸に埋めている。

「英麻、お前……」

「君が嫌なら離れるが?」

「いや……」

「嘘だ。私が離れたくないんだ」

 英麻の身体を抱きしめる。

 昔していたように。


「まだ雷怖いのかよ」

「いつもなら大丈夫だ」

 その声はいつもの凛とした声ではなく、昔の英麻を彷彿とさせる、か弱いものになっていた。


 昔の英麻は怖がりだった。

 だから、俺の手を握り後ろをついてきていた。

 それがいつのまにか俺の手を握らなくなっていた。

 だが、ときどきこうした英麻を見ると英麻も変わっていないことを感じてしまう。


 だから、俺は昔のように英麻のことを強く抱きしめるのだ。


「こうも静かな場所だとどうしても……な……」

「……そうか」


 部屋の中は俺たち以外に誰もいない。

 校舎に生徒もほとんど残っていないだろう。

 いつも以上に学校が静かで、雨の音が煩く感じてしまう。


「こんな可愛い女の子に抱き着かれて興奮してるだろ」

「してる」

「……それは反応に困るな」

「バレるぐらいだったら正直に答えるさ」


 先ほどまでのか弱さは消え、いつもの調子に戻ったような声色。


「無理するな」


 でもこれは虚勢を張っている。

 無理やりいつもの声に戻そうとしている。


「はは……ほら、バレる」


 英麻は顔を上げ俺にうっすらと笑っていた。

 その顔には先ほどまであったであろう恐怖の色は無くなっていた。


 唇に柔らかい感触。


「学校ではしない約束だろ」

「お前がしてほしそうな顔をしていた」


 突然、キスされていた。


「嘘だ」

「……だろうな」


「なんだかお前が愛おしくてキスしたくなった」


 頬を少し赤らめ囁くように言ってくる。

 たぶん俺も赤くなっているだろう。


「お前、覚えてろよ」

「おーこわいこわい。獣を目覚めさせるつもりはなかったんだがな」


 英麻は逃げる演技のつもりなのか体を少し動かそうとする。

 だが、そうするといままで意識していなかった英麻の体がより伝わってしまう。

 女の子らしく成長した英麻の体を。


「嘘だよ」


 その顔は今までと違い妖艶な笑みに見えてしまった。

「お前、どうなっても知ら――」

 ――が、光と共に英麻がまた密着してきた。

 その後すぐに轟音が響く。


 英麻の顔は再び埋められ見えなくなった。

 まだ怖いんじゃないかよ。


 だから俺は、英麻の体を抱きしめ恐怖を少しでも拭う手伝いをしたのだった。

 それは、この生殺しの状態を耐えないといけないことを表していたのだった。


 ………………

 …………

 ……


「弱まったとはいえ、まだ降ってるな」

 生殺しを耐えること1時間。

 俺と英麻は下駄箱までやってきていた。

 外を見ると雨は弱まり、雷は鳴らなくなっていた。

 通り雨みたいなものだったのだろう。


「……ふむ」

「英麻、どうした?」

 隣に立つ英麻は明らかに落ち込んでいた。


「折り畳み傘を持ってきてしまったなと思ってな」

「お前、そんなに使いたくないのかよ」

「いや、そうじゃない」

「だったらなんだよ」

「ミスをしてしまったなと」

「ミス?」

「傘を持ってきてしまったなと思って」

「持ってきちゃいけなかったのかよ」

「傘を忘れてないとダメなんだ」

 英麻が言っていることは、つまり……。

 雨が降ってるのに傘を忘れないといけない。

「ついにおかしくなったか?」

「君はときどき容赦がないな、嫌いになるぞ」

 さも当然のような顔で英麻は言いのけるが。

「嘘だ」

「だろうな」

 英麻に嫌われないのが当たり前のように感じている自分。

 ……慣れって怖いな。


「それで、なんで傘を忘れないといけないんだよ」

 先ほどの思考を忘れるためにも、改めてその理由を聞くことにした。

「君と相合傘ができないじゃないか」

 それが理由か……相合傘だったらさっきしたはずだが。

 それにしても、なんで変に真っすぐなんだか。

 何とも不器用なやつだ。

 そんなところが可愛いと思ってしまっているのは色眼鏡なんだろう。


「おい、英麻」

 だから、隣で折り畳み傘を組み立て終わった英麻を呼び止める。

「傘忘れちゃったんだ。入れてくれ」

 そう、口に出した。

 右手に持っていたを玄関の傘立てに入れながら。


「君……」

「なんだよ」


 英麻は俺の行動をはっきりと見ていた。


「……。傘を忘れたか……、君は嘘をつかないもんな」

「嘘はつくさ、バレる嘘をつかない主義なだけだ」

「ふふ……そうだな」


 英麻は傘を差し、俺の顔を見る。


「どうぞ」

「ありがとう」


 どこか女の子らしさのある薄っすらとした水色の折り畳み傘に入る。

 だが、傘は二人が入るには小さく肩がぴったりと密着してしまうのだった。

 ただそれも嫌ではない。


 ………………

 …………

 ……


「お前のそういうところ好きだぞ」


 歩きながら英麻がそんなことを言っていた。


 

 そんなことはわかっていても言いたいときはあるんだ。

 でも、俺の嘘はバレたことがない。

 その嘘は英麻にとって都合の良い真実なのだから。

 そしてそれは同時に俺にとっても都合のいい真実になるのだ。


「そうだ、帰ったらお風呂に一緒に入るか? 子供のころよくやっただろ」

「やってねーよ。なんでそんなわかりやすい嘘つくんだよ」

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