絵空代表との会談。流され続ける教祖

 室内に乱入してきた黒服が列を成すと、その列の奥から顕蓮組の組長、汚澤傲慢がスマートフォン片手にやってくる。


「……お前、こんな所で何をやっている」


 国民政党の代表、絵空は笑みを浮かべると、スマートフォンを鳴らすのを止めた。


「そんな事、決まっているでしょう? 高度な政治活動よ。あなたからも言ってくれない? 神興会を寄越せって……」

「神興会を?」


 絵空が神興会の名を話した瞬間、黒服達の表情が凍りつく。


「お前……。まさかこの方に無礼を働いた訳じゃないだろうな?」

「え? ま、まあ、立ち話も何だし、とりあえず座りなさいよ……って、あなた何をやっているの?」

「……いいからお前は黙ってろ!」


 突然、部屋に乱入してきたと思えば、神興会の教祖に対して土下座する黒服達を前に絵空は唖然とした表情を浮かべる。


 絵空が教祖に視線を向けるも、当の本人はすまし顔だ。煎茶をひたすら啜っている。


 尋常じゃない状況に、圧倒的優位な立場にいた筈の絵空の表情が曇っていく。

 状況把握に努めようとするも、怒鳴られてしまいそれ所ではない。


「一体、何が起こっているというのよ……」


 訳がわからない。

 ただただ、困惑とした表情を浮かべていると、教祖がテーブルに茶碗を置く音が部屋の中に響く。


「……さて、これはどういう状況でしょうか?」


 教祖が優しく微笑むと、黒服達がビクリと身体を震わせる。

 本当に、一体何が起こっているのだろうか。

 この教祖は一体……。


 少なくとも、形勢が逆転した事だけは理解できた。


 ◇◆◇


「……さて、これはどういう状況でしょうか?」


 いや、これ本当にどういう状況なの?

 何、この人達?

 なんで黒服達が土下座しているの??


 絵空代表も唖然とした表情を浮かべているし、これは一体……。


 取り敢えず、すまし顔のまま事の推移を見守っていると、屋敷神が私に耳打ちしてくる。


『どうやら想定外の事態に困惑している様です。交渉事は私にお任せ下さい』

『え? ええ……、わかりました』


 どうやら屋敷神はこの状況を正しく認識しているらしい。

 屋敷神は財前友則が連れてきた人材。

 彼に任せておけば、多分、大丈夫だろう。

 少なくとも、今は彼以外に頼れる人がいない。


『それでは、教祖様は表情を崩さず毅然とした態度を保っていて下さい』

『えっ?』


 これから何らかの交渉をするのよね?

 それなのに『表情を崩さず毅然とした態度を保っていて下さい』?

 それはどういう……。


 そんな事を考えていると、屋敷神が絵空代表に声をかけた。


「絵空代表? 今、あなたが置かれている現状について正しく認識しておりますか?」

「い、一体何が起きているの? 何故、この人達が頭を下げているのか理解できないわ……」


 絵空代表が困惑するのも無理はない。

 何せ、私も困惑しているのだ。

その気持ちはよくわかる。


「ああ、そこからですか……。簡潔に申し上げます。顕蓮組と顕蓮会。そして、顕蓮会に協力していた組織は全て神興会の下位組織となりました」

「な、なんですって!?」


「知らないのも無理はありません。つい先ほど、神興会の傘下となったばかりですから……。そういえば、先ほど教祖様に対して『私を虚仮にした人がどうなるか、思い知らせてあげるわ』といった事を申し上げておりましたね。酷く心配です……。国民政党の代表である絵空代表のお願いを断ってしまい、我々は一体どうなるのでしょうか?」

「えっ? そ、それは……」


 屋敷神の言葉に絵空代表は狼狽した表情を浮かべ、顕蓮組の組長と私へと交互に視線を向けてくる。

 そして、徐に立ち上がると土下座する顕蓮組の組長の下へ向かった。


「あ、あなたっ! 一体、どうなっているのよ!?」

「……どうもこうもねぇ! お前も頭を下げやがれ!」

「な、なんで私が頭を下げなきゃいけないのよ! それよりも、神興会の教祖になんか言ってやってよ!」


 いや、私もなんであなた方が土下座しているのか詳しく知りたい所ではあるのですが……。

 まあ、その話は置いておこう。

 ここはまごう事なき暴力団事務所。

 無事にここを出る為には余計な口出しはしない方がいい。


 再度、茶碗を手に取ると、屋敷神が茶碗に煎茶を注いでくれた。


「ありがとう。それで、この状況……。一体、何が起こっているのかしら?」

「そうですね……」


 そう静かに質問すると、屋敷神は声を大きくして質問に答えてくれる。


「……差し詰め、絵空代表が当てにしていた暴力装置も同様に神興会のものとなり、国民政党の支持基盤が顕蓮会から神興会に切り替わったという所でしょうか?」

「えっ? そ、それって……」


「ど、どういう事よっ!?」


 絵空代表が顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。


 えっ?

 本当にどういう事??

 国民政党の支持基盤が顕蓮会から神興会に切り替わったら何か問題でもあるの?


困惑した表情を浮かべていると、まるで私の心の中を盗み見たかの様に、屋敷神が笑顔を浮かべる。


「ええ、国民政党の支持基盤が顕蓮会から神興会に切り替わったという事は、国政の場に神興会の息のかかった人物を送り込む事ができるという事……」

「えっ? という事は……」


 というより、この会談の目的は……。


「ええ、その通りです。これで神興会を更に大きくする事ができますね」


 屋敷神が絵空代表との会談予定を組んだ理由。

 それは、国民政党の支持基盤を神興会の傘下に付け、神興会の息のかかった人物を国政の場に送り込む事……。また、国民政党を神興会の支配下に置く事にあったようだ。


 絵空代表が慌てふためき黒服達が土下座をする部屋に、茶碗の落ちる音だけが響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る