その後(モルトバの場合)

「はっ! こ、ここは何処だっ!? わ、私は一体何を……」


 確かグランドマスターと共にユートピア商会に向かい、話し合いをした所までは覚えているんだが……。


「……そ、そういえば、グランドマスター!? グランドマスターは何処にっ??」


 なんとなく何があったのか思い出してきた。

 確か、私は……話し合いの最中、グランドマスターにとんでもない事を言われた様な……。

 借金奴隷として冒険者ギルドで買い上げてくれるという話が、何故か突然、犯罪奴隷としてユートピア商会に引き渡されるとんでもない展開に発展した様な気がする。


「い、いや、きっと気のせいに違いない」


 私は首をブンブン振ると、首に何やら首輪の様なモノが嵌っている事に気付いた。


「んっ? なんだこれは……まるで奴隷の首輪の様な……」


 ゆっくり視線を下に向けるも、顎が邪魔で首輪の全容が見えてこない。

 しかし、首輪の様な何かが嵌っている事は確かの様だ。

 首輪に手を回し、思い切り引っ張って見るも全然外れる様子はない。


「ぐっ……外れないか。しかし、ここは何処なんだ?」


 そう言いながら立ち上がると、私は周囲を見渡した。

 どうやらここは、洞窟の様だ。しかし、妙に生活感がある……。

 洞窟の奥に視線を向けると奥から光が指しているのが確認できた。

 いつまでもこんな所にはいられない。

 ここが何処かは分からないが、まず、この場所から脱出し、グランドマスターに直訴しなければ……。

 犯罪奴隷なんて真っ平ごめんだ。


 光の指す場所に向かって歩いていくと、何やら音が聞こえてくる。


「……この音、一体なんだ? 心なしか聞いた事のある声の様な……」


 この声、まさか子飼いの冒険者共か?

 そうだとしたらなんでこんな所に……あいつ等は奴隷商人に売った筈……。

 ま、まさかっ!?


 一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。

 い、いや、そんな筈はない。多分、私の聞き間違いだろう。

 もしかしたら、疲れているのかもしれない。


 はっ!? そうかっ!


「な、なんだ……これは夢か……」


 夢にしては質の悪い夢だが、そうであればまだ納得できる。

 夢だと思えば、自然と足取りも軽くなってきた。


 いや、おかしいとは思っていた。

 邸宅の客間にお邪魔していたはずが、気付いた時には洞窟の中。

 それにあのグランドマスターが、この私を犯罪奴隷に堕とす筈がない。


 この通り、例え額を壁にぶつけて見ても痛くなんて……


 そんな事を考えながら、壁に額をぶつけて見る。

 すると、頭がかち割れるほどの痛みが額に走った。


「ぐあぁぁぁぁ! ど、どういう事だ? これは夢ではなかったのかっ!?」


 夢だと思い、軽はずみな気分で頭を壁に強打した結果、額から赤く腫れあがってしまった。

 ズキズキして滅茶苦茶痛い。


「と、という事は……この声はやはりっ!?」


 額を抑えながら光指す方向に進んでいくと、そこには人形監視の下、ツルハシを振るい洞窟を掘り進めている子飼いの冒険者達がいた。

 子飼いの冒険者たちの目は虚ろで、人形が近くを通り過ぎる度に、怯え震え上がっている様に見える。


 い、一体、ここで何を……あいつ等は何をさせられているんだっ?


 そんな事を考えていると、子飼いの冒険者の一人と視線がピッタリ合う。

 すると、その子飼いの冒険者がとんでもない視線を俺に向けてきた。


 憎悪百パーセント。


 そんな感じの視線だ。

 慌てて目を逸らすも、今度は逸らした先にいた子飼いの冒険者と目が合い。

 憎悪百パーセントの視線を向けられる。


「ひっ、ち、違うんだっ! これには訳があって……わ、私は売りたくなかったんだっ! でも、奴隷商人が君達を売らないと……ち、違う! 違うんだ! あれは仕方のない事で……」

 すると、今度は人形と目が合った。


 なんだか、どこかで一度会った様な……。

 冒険者ギルドエストゥロイ支部の前任のギルドマスターによく似ている気がする。

 まあ気のせいだろう。


 ……って、うん?

 今、人形動いていなかったか?


 そんな事を考えていると、その人形はカタカタと音を立てて笑いながらこちらに向かってきた。


「ひぃ!」


 人形の動きは意外と速く、私のいる場所まで直ぐにやってくる。

 そして人形は私の足を払うと、仰向けになって倒れた私の喉元に剣を突き付けた。


 な、ななななっ! 何なんだこの人形はっ!?


 あまりの恐怖に言葉が出てこない。


「ま、ままままっ、待ってくれ! わ、私は冒険者ギルドフェロー王国王都支部のギルドマスター、モルトバ様だぞっ! こ、こんな事をしていいと思っているのかっ!?」


 すると、人形は剣を突き付けた状態のまま、コテンと頭を傾ける。

 そして、人形が突然、剣を天井につき上げたかと思えば、洞窟の至る所から、大小様々な人形が這い出てきた。


「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁ!」


 カタカタ、カタカタと音を立てにじり寄る姿に身の危険を感じた私は決死の覚悟で人形を振り払うと、洞窟の奥へ走り出した。


 人形は私の事を追い立てる様にやってくる。


 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!


「ああっ!?」


 必死の思いで人形達から逃げていると、何かに躓き転んでしまう。

 慌てて振り返ると、そこには人形は居らず代わりに私が奴隷商人に売り払った子飼いの冒険者達が立っていた。


「……あんたも、ここに堕ちたのか?」

「ざまぁねーな」

「おい、立てよ新入り」


 そういって、私を強引に立たせると、子飼いの冒険者達が私に寄ってくる。


「お、おい! 何をする気だっ! 止めろっ! 止めてくれっ!」

「止めねーよ。あんたも嫌がる俺達の事を奴隷商人に売ったじゃないか」

「あ、あれは、あれは違うっ! は、話を、話を聞いて……」

「違わねーよ!」


 そして、抵抗もむなしく、そのまま、私は突き飛ばされた。


「ぐっ、この私にこんな事をしてタダで済むと思って……」


 すると、またも子飼いの冒険者が私の近くに寄ってくる。

 落された時に挫いた足の痛みに顔を歪ませていると、そいつは私の頭を掴み呟いた。


「ああ、知らねーな、新入り君。今日からの二ヶ月間楽しみだぜ」

「し、新入り君? に、二ヶ月間っ!? ど、どういう事だ!」

「詳しくは知らないが、どうやらここは俺達、冒険者の矯正施設らしい。俺達は二ヶ月間、この場所で屋敷神様による矯正プログラムを受け、その後に解放される」

「な、なんだと! と、という事は私も……二ヶ月間もここにいなければならないのかっ!」

「はぁ? お前は犯罪奴隷だろ? 俺達と違って解放される訳がねーだろ!」

「な、なにっ!」

「何を驚いているんだ? そんなの当たり前の事だろう」


「その通りです。折角、引き取った犯罪奴隷を解放する筈がないでしょう?」

「お、お前は……」


 子飼いの冒険者達に拘束されながらも顔を上げると、そこには屋敷神と呼ばれていた爺がいた。


「お前? あなたにお前呼ばわりされる所以はないのですが……まあいいでしょう。あなたには今日からここで作業をして頂きます」

「さ、作業?」

「ええ、あなたのお知り合い達と共に心を入れ替える為の大切な作業です。良かったですね。周りに知り合いが沢山いて……皆の表情を見て下さい。皆さんも、あなたがここに堕ちてくる事を待ち望んでいた様ですよ……」


 恐る恐る、子飼いの冒険者達の表情を見てみると、冒険者達は一様に笑顔を浮かべていた。


「ええ、皆さん。素晴らしい笑顔です。後は普段の言動と、行動を矯正するだけで済みそうですね。しかし、ここにはストレスを発散する物はございません。そこで、私から皆様へプレゼントを用意致しました」

「プ、プレゼント?」


 私がそう呟くと屋敷神は笑みを浮かべながら、こちらに向かってくる。


「そう。ストレス発散に最適なプレゼントですよ。ねえ、モルトバ様?」


 屋敷神の言葉に、私は額に汗を垂らす。


「あ、ああ、な、何をする気だ……放せっ! 放せぇぇぇぇ!」

「……あまり騒がないで頂けますか? 大丈夫。安心して下さい。あなたが寝ている内に、ロキ様にお願いをして、あなたの身体と精神を造り替えさせて頂きました」

「か、身体と精神を造り替えっ!?」

「ええ、折角、手に入れた犯罪奴隷。壊してしまう訳にはいきませんので……どの道、今のあなたにできる事なんてたかが知れています。だったら、ここで使った方がまだマシだとそう思いませんか?」

「ふ、ふふふふっ! ふざけるなっ! 何故、私がその様な事をしなければならない! こ、これは重大な人権侵害だ!」

「ふふっ、元気そうで何よりです。これなら問題ありませんね。それでは、皆さん。コレを壊さない様、ストレス発散に役立てて下さいね?」


 屋敷神がそういうと、洞窟内に冒険者達の歓声が木霊した。


「ち、ちょっと待ってくれ! こ、こんな所に置いていかれたら私は、私はどうなって……」

「それでは、モルトバ様。二ヶ月後にまた会いましょう。その時、今度は何処で働いて貰うのか、相談させて下さい」

「ち、ちょっと、ちょっと待ってくれぇぇぇぇ!」


 屋敷神はそう言い残すと、地面に溶け込む様に消えていった。

 残されたのは、人形と私、そして、私が借金奴隷に堕とした冒険者達のみ。

 洞窟に私の叫びが木霊した。

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