遭遇(sideトゥルク)
「な、なんで、あなたがこんな所に……」
目の前にいるのは、私から資産の大半を賭けで掠め取った忌々しい存在、佐藤悠斗。
それが何故、アキンドの商業ギルドに!?
ま、まさか……。
まさかバルトの奴が……バルトの行いがこいつをここに呼び寄せたのか?
私が慌てた表情を浮かべていると、ツカサが声をかけてくる。
「トゥルク様ぁ~、彼、知り合いですか?」
「ええ、彼が私の資産の大半を奪い取った張本人……佐藤悠斗よ」
「彼があの佐藤悠斗君ですかぁ~」
「何、あなた? 佐藤悠斗の事を知っているの?」
「はい。勿論ですよ~だって彼、マデイラ王国のクソ王族に召喚された転移者ですよね? 名前の響きからすぐに分かりました」
「や、やっぱり……」
薄々感づいてはいたが、やはり転移者だったのか……。
そうだとすれば、これまでの事も全て説明がつく。
おそらく佐藤悠斗もツカサと同様にユニークスキルを持っているのだろう。
なにせ、この私を相手に資産の大半を掠め取ったのだ。
恐らく幸運値、又は賭けに特化したユニークスキルを持っているに違いない。
それにしても、完全に油断していた。
正直、フェロー王国を中心に活動している筈の佐藤悠斗自らが、商人連合国アキンドに現れるとは思いもしなかった。
ユートピア商会の会頭である佐藤悠斗が自ら来たという事は、やはりバルトの行いを……偽足場を追ってきたと見て間違いないだろう。
私は動揺を隠しながら、佐藤悠斗に話しかける。
「そ、それで、悠斗君だったわよね? あなたは何をしにここまで来たのかしら?」
「それは……えっ?」
何かを言いかけようとするも、背後にいた執事が佐藤悠斗の肩を叩いた。
そして、執事がそっと耳打ちをすると、佐藤悠斗はぎこちない笑みを浮かべる。
えっ?
何なの、そのぎこちない笑みは?
そう不思議に思っていると、佐藤悠斗の背後に控えている執事が衝撃的な事を口にする。
「悠斗様に代わって私がお伝え致します。悠斗様は『トゥルクのカジノ』で稼いだ泡銭、白金貨六百万枚を商業ギルドに預けにきたのですよ」
「えっ?」
い、今のは幻聴だろうか?
この執事、私のカジノで……『トゥルクのカジノ』で稼いだ泡銭、白金貨六百万枚を預けにきたとか聞こえた様な気が……。
やはり心労が溜まっている様だ。
最近部下が暴走気味だし、心労が溜まるのも仕方がない。
とはいえ、やはり確認は必要だ。
例え、おかしな奴と思われようが、先程の幻聴は看過できない。
「い、今、私のカジノで……トゥルクのカジノで稼いだ泡銭がどうとか聞こえた様な気がするんだけど……聞き間違いよね?」
掠れた声で私がそう問いかけると、執事は首を横に振る。
「いえ、聞き間違いではありません。悠斗様は『トゥルクのカジノ』で稼いだ泡銭、白金貨六百万枚を商業ギルドに預けにきたのですよ」
「そ、そう……」
残念ながら聞き間違いや幻聴ではなかった様だ。
そうではないかと薄々感づいていたが、やはり佐藤悠斗の仕業だった。
突然のカミングアウトに、私は肩を震わせて話しかける。
「あ、あなたは……自分が何をやったか本当にわかっているの? この私を、商人連合国アキンドの評議員であるこの私を敵に回したのよ?」
「ええ、勿論存じております。しかし、初めに仕掛けてきたのは、あなた方です。私共は悠斗様の進む道に置かれた石を排除したにすぎません」
「な、何ですって……」
くっ、執事の分際でふざけた事を……!
あまりの言われ様に震え黙っていると、私の護衛であるツカサが呑気な口調で話しかけてきた。
「トゥルク様~もう話は終わりましたか~?」
こいつは何を……。
一体何を見ていたんだ。
少し、ほんの少しだけでいいから空気を読んでほしい。私は執事の言い方に怒りを覚え黙っていただけだ。
「あ、あなたは何を言って……」
いや……とはいえ、話の流れを変えるのに丁度いいかもしれない。
私は言いかけた言葉を飲み込むと、少し考え込む。
返し切れない程の負債を負わされた今、私の育て上げたカジノと評議員の地位を捨て、夜逃げする事は既定路線。もう決めた事だ。
それにフィン様からの土地代を『魔法の鞄』に収めた今、もうここに用はない。
佐藤悠斗やこの執事も私のカジノに多大なダメージを与え、清々としている事だろう。
ここで更に弱り切った私を演じれば、この状況から逃れる事も難しくはない筈だ。
流石に死人に鞭を打つ様な行為はしないだろう。
それにもうこんな奴らと係り合いになりたくはない。
よし、そうと決まれば……!
そんな気持ちが行動に現れてしまったのか、無意識の内に佐藤悠斗から一歩後ろに下がる。
すると、予想外の出来事が起こった。
「えっ……きゃっ!」
無意識とはいえ下を見ず一歩下がった為か、踵が地面に引っ掛かり転倒してしまったのだ。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
痛む足を押さえながら頭を上げると、白々しくも心配そうな表情を浮かべ、手を差し伸べてくる佐藤悠斗の姿が目に映る。
佐藤悠斗の浮かべる、まるで私の事を憐れむかの様な表情を見ていると、沸々と怒りが湧いてきた。
なんで、なんでなの……なんでこいつはこの私を追い込むのっ?
私はただ資産の大半を奪った佐藤悠斗の愚痴を酒の席で言っただけなのにっ……。
私はただユートピア商会を潰したいとフィン様に頼まれて、ギルドマスターの証を偽造しただけなのにっ!!
ふざけないで……ふざけないでよっ!
私の資産を奪っておいてなんでそんな表情を浮かべる事ができるの?
私の事を憐んでいるの?
憐んでいるなら私の気持ちが分かるでしょ!?
私は怪我をしているのよ?
転んで負った軽い傷より大きな傷をっ!
私は……私は既に大怪我を負っているんだよっ!
私の資産は真っ赤なんだよ!
マイナスなんだよ!
なんなら借金まみれなんだよっ!
その原因を作ったお前に、私の資産の大半を掠め取っただけではなく、追加でカジノで白金貨六百万枚分を奪い去ったお前にそんな白々しい顔で怪我の心配なんかされたくないんだよっ!
それになんだ、泡銭って!
ふざけるんじゃない! お前の言うその泡銭は私の物だっ!
返せっ! その白金貨を泡銭というなら、商業ギルドに預けるだけならその泡銭を返せっ!
その白金貨を無くしたから、私は今、こんな目に遭っているんだよっ!
「ト、トゥルクさん? お、お顔立ちが大変な事になっていますけど……俺、何か気に障る事しました? お、俺、転倒したトゥルクさんに手を差し伸べただけなんですけど……?」
私は、私に向かって手を伸ばす佐藤悠斗の手を払うと、怒りの形相を浮かべながら立ち上がる。
そして、私の護衛にしてSランク冒険者のツカサ・ダズノットワークへと視線を向けた。
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