トゥルクの災難④
一体何で、どうしてこんな事に……。
「ああ、私は一体どうしたらいいの……」
そう呟くと、通信用の魔道具越しから部下の声が聞こえてくる。
『トゥルク様。絶望する気持ちはわかりますが、まずは落ち着いて下さい。実はマスカット様よりトゥルク様宛に伝言を預かっております……今この場でお伝えしてもよろしいでしょうか?』
「……マスカットから?」
私がそう力無く呟くと、『はい。その通りです』という言葉が通信用の魔道具から聞こえてくる。
「言って見なさい」
『畏まりました。それでは、マスカット様からの伝言を伝えさせて頂こうとおもいます……が、大丈夫ですか? 結構衝撃的な内容ですので一度深呼吸をしてから聞いた方がいいですよ?』
「…………」
前から思っていたけど、こいつ、私の事を舐めているのかしら?
というより、なんなの?
マスカットの事をマスカット様と呼ぶし、私に雇われているにも拘らず他人事だし……。
頭はキレるし有能だったからこそ、側近の部下として重宝していたけど、結構な頻度で私の心を逆撫でしてくる。
今、私の商会が潰れるか潰れないかという局面で、それはない。目の前にいたら叩き倒している所だ。
『それでは、マスカット様からのご伝言をお伝えいたします。おほんっ、「トゥルク、あれ程、ユートピア商会には手を出すなと忠告してやったというのに手を出すとは思いもしなかったよ。とても残念だ。
悪い事は言わない。私の傘下に入れ、そうすれば、お前のカジノと従業員だけは助けてやろう。勿論、断ってくれても構わない。君について行く従業員達や傘下の商会には可哀想な思いをさせる事になるが、返し切れないほどの負債を抱え、苦難の道を突き進むというのも選択肢の一つだ。
ただ……君が評議員として、一人の経営者として真に従業員達や傘下の商会の事を思うなら、迷う事もないだろうがね。時が過ぎれば、いくら私でも収拾をつける事が難しくなる。早めの回答、待っているよ」だそうです』
な、何を言うかと思えばいけしゃあしゃあとふざけた事を……。
って言うか何?
そんな長い伝言、あんた一度聞いただけで覚えたの!?
マスカットはマスカットでそんな長文になるなら手紙に
ま、まあそんな事はどうでもいい。
「ふ、ふざけるんじゃないわよっ! この私が育て上げたカジノを、従業員ごと差し出せというの!?」
『しかし、我々、従業員や傘下の商会の事を考えれば悪い話ではないと思いますが……』
「さっきから、あなたはどっち側の人間なのよっ! まさか、マスカット側についた訳じゃないでしょうね!?」
『い、いえ、そんな事は……』
何が『我々、従業員や傘下の商会の事を考えれば悪い話ではないと思いますが?』だっ!
それは従業員視点で見た場合の事で、一番救済されなければならない人物が、救われるべき私がそこに入っていないでしょうがっ!
大体、何で酒の席の事がこんな大事に発展しているのよ!
流しなさいよ! 酒の席の事なんだからっ!
自信満々に挑んだ勝負とはいえ、資産の大半をかっ攫われたのよ?
愚痴の一つ位吐きたくなるでしょ!
というより、どういう事よ!
何で契約書なんてものが存在しているの!?
もう泣きたい。
こんなに一生懸命やっているのに!
評議員連中を抱え込み、後ろ暗い事にも手を染め、それでも私の築き上げてきた商会の為に、繁栄の為にここまでやってきたのにっ!
いつの間にか、虎の尾を踏んでいたなんて……たった一度の失敗で全て奪われるなんてあんまりよ……。
こうなったら、こうなったら……もう夜逃げするしかない!
これから私のギルドカードにフィン様から土地の代金が支払われる。
フィン様には悪いが、その代金は私のネクストライフの為に使わせて貰おう。
そしてマスカット!
あなただけは、絶対に許さない。
土地の購入にあんな条件をつけるなんて……ふざけないでよっ!
私の築き上げたカジノが……商会が欲しければくれてやる。しかし、今に見ていなさい。
私は必ず再起する……必ず、必ずだ!
それにフィン様も私以上にユートピア商会と深い関わりを持ってしまった。
佐藤悠斗……その聞き慣れない名前の響きから、おそらく亡国、マデイラ王国が召喚した転移者に違いない。
転移者は神様より恩寵を得ると聞いた事がある。
その力は未知数。相手にするにはあまりに危険だ。
あれに喧嘩をふっかけてしまった以上、私と同様にフィン様もタダでは済まないだろう。
しかし、それが今の私にとって追い風となる。
フィン様から受け取った代金で再起を計るにしてもやはり、時間は必要だ。
それに捕まってしまえば、もう後はない。
アキンドの情報担当評議員としての地位を利用し、他の誰もが知らない事柄まで調べる事ができた。
もう人の国で生きていく事は難しい事だし、次は亜人や魔人相手に商売をする事にしよう。
今まで通り、きっとなんとかなる筈だ。
商人連合国アキンドの評議員という地位は勿体ないが、こうなっては仕方がない。
私のLUK値は70。
私は神に愛された存在なのだから。
現実逃避という名の万感の思いに浸っていると、通信用の魔道具越しに、側近の部下もといクソ野郎が話しかけてきた。
『トゥルク様? トゥルク様? 聞こえておりますか、トゥルク様?』
「ええ、聞こえているわ。取り敢えず、あなたは一度帰還なさい。分かったわね」
私のギルドカードは今、こいつが持っている。
ギルドカードを回収しない事には、夜逃げもできない。
『畏まりました。それでは、契約書を持ち、帰還致します』
「ええ、そうして頂戴」
私はそう言うと、通信を打ち切った。
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