トゥルクの災難⑤

 マスカットとの土地の契約に向かわせた、私の側近の部下もとい、私からマスカットの奴に鞍替えしたであろうクソ野郎が戻ってくるのを待つ事、数十分。


「トゥルク様、只今戻りました」

「あらっ、ご苦労様……」


 私が夜逃げの為の荷造りをしていると、クソ野郎が部屋に入ってくる。

 そして鞄から契約書とギルドカードを取り出すと、私に差し出してきた。


「トゥルク様、こちらが土地の契約書、そしてギルドカードです」


 正直、夜逃げすると決めた今、こんなもの土地の契約書になんの価値もないが、受け取らず不審がられるのも拙い。


「ええ、ありがとう」

「いえ、それより、これからどうしましょう?」


 もうこんな商会どうでもいいが、こいつは勘だけは鋭い。

 取り敢えず、話を合わせておこう。


「商会の再建計画を練らなければいけないわね。マスカットから資金を引き出すのは望み薄だし、これから商業ギルドに足を運んでみる事にするわ。そういえば、バルト達を捕える手筈、ちゃんと整えたんでしょうね?」

「えっ? ああそうですね。そんな事よりマスカット様との取引はどうするんですか?」

「はあっ?」


 まずは私の質問に答えなさいよ。

 それに何が困りますだ。現在進行形で困っているのは、私なのよっ! 


「……そ、そうね。マスカットとの取引については考えておくわ。まだ時間的な猶予は残されているもの。こういう事はじっくり考えてから結論を出さなければいけないの。でも安心して? 私はあなた達の事を他の誰より大切に思っているのよ。悪いようにはしないわ」


 そう出まかせを言うと、クソ野郎こと元側近の部下はホッとした表情を浮かべた。

 私もホッとした表情を浮かべる。

 思わず口から出てしまった『はあっ?』という言葉も上手く流す事ができた様だ。


「そうですかっ! ちゃんと考えて下さるのですね! 流石はトゥルク様、私はあなたの様な上司を持てて幸せです」

「そ、そう……それは良かったわね」


 ふんっ……自分の事しか頭にないクソ野郎が、どうせ私からマスカットに鞍替えしたんだろ?

 普段だったら絶対しない様な行動から、それが透けて見えるわっ!


 どの道、私は人知れず逃げる事に決めたし、アリバイ作りの為、商業ギルドに行く事にもした。

 フィン様から受け取る代金を勝手に引き出されるのも困るし、商業ギルドに行くついでに、こいつに付与していた私のギルドカードへの権限を取り上げておこう。


 そうと決まれば話は早い。


「それじゃあ、これから商業ギルドに行ってくるから、私が留守の間、頼んだわよ?」

「はい! それでは早速、護衛を呼んで参ります。今の商業ギルドは危険ですからね。トゥルク様に何かがあってからでは遅いですから」

「えっ? 商業ギルドってそんなに危険な場所だったかしら?」


 部下の一言に思わず足を止める。


「はい。今のトゥルク様は、ユートピア商会の名を蔑める為だけに、人々の命を脅かす極悪非道な評議員という事になっていますから」

「な、なんですって?」


 こ、この私が……この私が極悪非道な評議員ですって?


「アキンド国内でトゥルク様の事を知らない人はいませんからね。もし出かけるのであれば、最低限の変装と護衛は絶対に付けた方がいいですよ? 特にユートピア商会の販売していた足場を使っていた商会や、鳶さんから滅茶苦茶恨まれていますから」

「そ、そう……というより、あなたは商業ギルドに行っていたのよね? あなたは大丈夫だったの?」

「はい。私の顔はトゥルク様ほど知れ渡っていませんから」

「……な、なるほどね」


 まさか、そんな事態に陥っているとは思いもしなかった

 今の話が本当の事であれば、商業ギルドに行くだけでも危険が伴う。

 バルトの奴、本当に……本当に余計な事をしてくれた。


「忠告ありがとう。それじゃあ、彼女を……ツカサ・ダズノットワークを呼んできてくれないかしら?」


 私がそう言うと、部下は驚いた様な表情を浮かべる。


「えっ? ツカサ様を護衛につけるのですか!?」

「ええ、そうよ。私の護衛として、彼女ほど相応しい者は他にいないわ」


 Sランク冒険者にして亡国マデイラ王国が召喚した転移者の一人と言われている謎深き女ではあるが、その実力は折り紙付き。

 私は、そんなSランク冒険者である彼女と専属契約を結んでいる。


「し、しかし、ツカサを護衛につけるにもお金がかかります……」


 なんだ、そんな事か。


「問題ないわ。専属契約を結ぶ際、前金は支払っているし不足する様であれば、私が直接支払うもの」


 Sランク冒険者を護衛として一日拘束するのに必要なお金は白金貨五枚(約五十万円)。

 専属契約を結ぶ際に、五年分の白金貨を契約金として前払しているので、実際にかかる護衛の費用は、一日当たり白金貨一枚で済む。


「えっ? トゥルク様、まだお金をお持ちなのですか?」


 しまった。余計な事を口走ってしまった。

 ……まあいいか。こいつに何を言われようが知った事ではない。


「ええ、それが何か?」

「い、いえ、なんでもありません」

「そう。それなら話はこれでおしまいね。早くツカサを呼んできなさい」

「は、はいっ! すぐに呼んで参ります」


 私がそう言うと、部下はツカサを呼びに行った。

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