悠斗合流①
「ここがバルト商会か、大きい商会だなぁ」
俺は先程見つけた住所が記載されたチラシを片手にバルト商会の前にいた。
ここまで来たものの、一人で知らない商会内に入るのは何だか気が引ける。
「どうしよう、一度、鎮守神と合流してから、改めて来ようかな……」
俺がバルト商会内に入るか入るまいか逡巡していると、扉が開かれた。
扉からは、見知った顔の老人が出てくる。
「おや、悠斗様?」
「えっ、鎮守神? なんでここに?」
そう鎮守神である。
そういえば、屋敷神は鎮守神に拠点の手配をさせておくと言っていた気がする。
その鎮守神が何でバルト商会から?
そんな事を考えていると、俺を見た鎮守神が笑顔を浮かべる。
「これはこれは、悠斗様。これから迎えに伺おうと思っていた所です。お疲れでしょう。どうぞ中にお入り下さい」
「えっ?」
何、その笑み?
ここ敵の本拠地だよね?
『どうぞ中にお入り下さい』って、まるで自分の家に客人を案内するかの様な手軽さで言われても……。
「さあ、どうぞ中へお入り下さい」
「う、うん。そうだね……」
俺はそう言うと鎮守神に先導されるままバルト商会の中に入っていく。
すると、広い部屋に十数人の人が倒れているのが見えた。心なしか震えている様にも見える。
「だ、大丈夫なのっ!? 皆、縛られ横たわっているけど……っていうか、この人達誰!?」
「この者達はユートピア商会を敵に回した愚か者共でございます。しかし、ご安心下さい。悠斗様がこの場所に辿り着く前に、教育は済ませておりますので……」
「き、教育?」
「はい。教育でございます」
教育とは一体なんだろう。
鎮守神が敵に施す教育なんて碌なもんじゃない気がする……。
チラリと鎮守神に視線を向けると、鎮守神が微笑んだ。
取り敢えず、なんだか怖いから詳しく聞くのはやめておこう。
俺は取り敢えず目を瞑ると、深呼吸をする。
「おや、どうかされましたかな、悠斗様?」
「大丈夫。深呼吸しているだけだから……」
これからの事に備えて精神を整えているだけだ。
だから、少しだけ話しかけないでほしい。
ゆっくり十数秒深呼吸を繰り返すと、目を開け鎮守神に話の続きを促した。
「それで、もう一度聞くけど、この縛られ横たわっている方々はどちら様?」
再度問うと、鎮守神が笑顔を浮かべながら口を開く。
「はい。この愚か者共は悠斗様の下僕です」
「えっ? 下僕っ!?」
今なんて言ったの!?
下僕とか言わなかった?
普通に生活を送っていたら中々、聞く事のできないパワーワードが鎮守神から飛び出してきた。
下僕というパワーワードに驚きの表情を浮かべるも、鎮守神はそのまま話を続けていく。
「元は愚鈍な雇用主に雇われただけの愚かな人間共ではありましたが悠斗様の素晴らしさを言って聞かせた所、残りの人生全てを悠斗様に捧げたいと、そう言い出しまして……そうですよね、皆さん?」
鎮守神がそう縛られ横たわっている人達に声をかける。
「「「は、はいっ! その通りです!」」」
すると、その人達は信じられない程、大きな声で鎮守神に向かって声を上げた。
何か弱みでも握られているのだろうか……。
鎮守神は『どうです? 問題ないでしょう?』と言わんばかりの表情を浮かべているが、どう考えても問題だろう。この人達に何をしたの? 何をしたらこんな風になるの??
縛られ横たわりながら、大きな声を上げ恭順の意を示すなんて普通ではない。
そう、普通はこうならないよ?
人生全てを俺に捧げるって何?
いらないよ、そんなもの?
宗教? 宗教的な何か!? 宗教的な何かなの、これ!?
「そ、そうなんだ……程々にね?」
何で答えたらいいか分からず、そう呟くと鎮守神が縛られ横たわる人達に向かって拍手を送る。
「ありがとうございます、悠斗様。皆様もよかったですね。悠斗様に受け入れて頂けて、悠斗様に受け入れて頂けなかった場合、彼の様な目に遭ってしまう所でしたからね」
えっ?
別に受け入れた訳じゃないけど……。
縛られ横たわる人達の視線の先を追うと、そこには真っ赤な血の池に沈む男達の姿があった。
尋常ではない出血量だ。
部屋の中にあっていい光景ではない。
驚きの余り、思わず、鎮守神に視線を向けると、鎮守神は笑顔を浮かべたまま呟く。
「ご安心下さい。まだ生きていますよ」
「そ、そうだよね? 生きてるよね? 本当に生きているよね? あ、あー驚いた。血の池なんて初めて見たから」
パッと見た感じ、死んでいる様にしか見えない。
鎮守神はあの人達に一体何をしたのだろうか?
「あれは、この建物の元所有主にして、悠斗様に敵対した愚か者にございます。中々、強情な男でして、気付いた時にはあの様になっておりました。しかし、この通り、当初の目論見通りに商人連合国アキンド国内に拠点を持つ事に成功致しました」
鎮守神はこの土地と建物の契約書を取り出し、笑顔を浮かべる。
「えっ?」
そんな事、頼んだっけ?
当初の目論見通りって、最初から敵の本拠地を乗っ取るつもりだったの?
俺が呆然とした表情を浮かべていると、鎮守神は契約書をしまい血の池に沈む男の元に歩み寄ると、見下したかの様な視線を男に向ける。
「さて悠斗様、愚か者共の対処についてですが、私に任せて頂いてもよろしいでしょうか?」
正直言って不安しかないけど、こうなっては仕方がない。というより、もう十分過ぎる程、自由に動いている。こうなったら、鎮守神には最後まで責任を取って貰おう。
「うん。後の事は全て鎮守神に任せるよ」
俺がそう呟くと、縛られ横たわる人達が涙を流した。
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