落日のバルト②

「はっ? それは一体どういう事で……」


「おや? わかりませんか? あなた方は、悠斗様の経営するユートピア商会の名を穢したのです。その罪は万死に値します。しかし、優しい、優しい悠斗様の事です。私があなた方の事を惨忍に、無惨に縊り殺した所で良い顔はしないでしょう。ですので、あなた方には別の罰を用意致しました。さあ、彼等を捕らえなさい」


 鎮守神と名乗った老人がそう言うと、私の身体を数体の人形がよじ登ってくる。


「ひっ! い、一体私に何をするつもりだっ! わ、私に手を出せばどうなるか分かっているのかっ! ト、トゥルク様が黙っていないぞっ!」

「トゥルク様? 誰ですかそれは?」

「なっ!?」


 こ、こいつ、商人連合国アキンドを統べる八人の評議員の内の一人、トゥルク様を知らないのか!?

 じ、じゃあアレだ!


「トゥルク様はオーランド王国の女王フィン様とも懇意にしている! そんなトゥルク様一番の部下である私に手を出せばどうなるか、ユートピア商会なんて軽く捻り潰す事もできるんだぞっ!」


 私がそう言うと、人形が身体をよじ登ってくるのを止め、動かなくなる。


 お、驚かせやがって……流石にトゥルク様がオーランド王国の女王フィン様と繋がりがある事がわかれば、手を出してこないか……。


「さ、さあ、従業員達を解放しろっ! そして二度と私らに関わるなっ!」


 私達を解放する様、要求すると老人が笑みを浮かべる。


「ほう。オーランド王国の女王フィン様と関わり合いがあるのですか……それにユートピア商会を軽く捻り潰すと……どうやらあなた方に容赦は不要の様ですね」

「えっ?」


 老人が笑みを浮かべると静止していた人形達が動き出す。


「ま、待て待て待て待て、待てぇぇぇぇ!」

「待てと言われましても、私も困っているのです。悠斗様の命令により、あなた方を勝手に人形化する事はできません。ですので人形化の許可が出るまでの間、あなた方を縛り上げる位の事はしても問題ないでしょう?」

「に、人形化? な、何を言っている! 何を言っているー! いやいやいやいや、違うだろぉぉぉぉ! わ、私達に手を出せば、トゥルク様が、国が、ほ、報復に動くって言ってるんだよ! 何故それが分からない! 何故分からないっ!」


 私が混乱しながらも懇切丁寧に大声を上げながら説明しているというのに、老人は『何を言っているんだコイツ』という表情を浮かべるだけで、老人が操っているであろう人形を止める素振りを見せない。

 そうこうしている内に、私達は人形によって縛り上げられてしまう。


「……そもそも、私達、神を後ろ盾に持つ悠斗様が、高々、一人の人間と国を敵に回したからと言ってどうだというのです?」

「はぁ?」


 神を後ろ盾に持つ?

 一体何を言っているんだ??


 い、いや、そうかっ!

『神を後ろ盾に持つ』というのは何かの比喩で、『教会の後ろ盾を持つ』という意味ではっ!?

 ユートピア商会が教会に万能薬を流している事は知っていたが、まさか教会の後ろ盾まで得ていたとは……そうだとしたら拙い。

 私の迂闊な言動がトゥルク様を、オーランド王国を危険に晒して……。


「まあ、これから人形となるあなた方には関係のない事です。とはいえ、悠斗様の許可がなければ人形にする事もできません。折角ですので、悠斗様が到着するまでの間、あなたの知る全ての情報を吐いて頂きましょうか……」

「くっ……」


 人形に縛られ横たわる私に、老人はそう話しかけてくる。


 私の知る全ての情報を吐けだとっ!?

 そんな事できる訳がないだろ、そんな事をすれば私はお終いだ。

 例え、ここを生き残ったとしても、トゥルク様に殺されてしまう。

 私は拘束された状態のまま、老人を睨み付ける。


「さて、まずはこの契約書にサインをして頂きましょうか……」

「えっ?」


 今しがた、私の知る全ての情報を吐いて貰うみたいな事を言っていたのに、この契約書にサイン??

 どういう事だ?

 顔の近くに置かれた契約書を横たわりながら確認すると、そこにはトンデモない内容の契約が書かれていた。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ! 何が、私の全ての財産をユートピア商会に無償で譲渡するだっ! 何故、この私がそんな事をしなければならないっ!」

「おや? そんな怒鳴り声を上げる様な事、書いてありましたか?」

「書いてあるだろうがっ! なんだこの契約書はっ! こんな物、契約書の体も成しておらぬわっ!」


 私が怒りのあまり息を切らしながらそう言うと、老人はヤレヤレと言わんばかりに首を横に振る。


「あなたは今、自分が置かれている立場が分かっていない様ですね。それでは、分かり易くいきましょう」

「えっ? な、何をするっ!」


 老人は人形に拘束され碌に動けない私の下に近寄ると、頬にナイフを突き立てた。


「ぎ、ぎゃあっ! や、やめろっ! 止めてくれっ!」

「おやおや、私はただあなたの頬にナイフを突き立てただけ、そんな騒ぎ立てる程の事でもないでしょうに……安心して下さい。傷つけは致しますが、殺しはしません。あなたのその身体は、ユートピア商会にとって大切な資源。これから人の生より長い期間、ユートピア商会の繁栄の為、人形として生きていくのですから……取り敢えず、もう数本いっておきますか……ああ、契約書にサインしたくなったら教えて下さい。あなたが『契約書にサインをしたい』というまで、ナイフを突き立てさせて頂きます。勿論、これは脅しではありません」


老人がそう言うと、そのままナイフを突き立ててくる。


「ぎゃあっ! あぎゃっ! あがっ! あぎゃぁぁぁぁ!」


 ナイフが身体に刺さる度、涙を流しながら叫び声を上げる。

 この老人の凶行は私が『契約書にサインをしたい』と涙ながらに言うまで続いた。

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