(閑話)元の世界に帰還する愛堕夢と多威餓

 ――夕暮れ時の公園。

 そこは愛堕夢あだむ多威餓たいがが初めて悠斗と出会い、カツアゲ(未遂)をしようとた場所。


 愛堕夢あだむ多威餓たいがは、公園に設置された遊具を見ながらボケっとした表情で呟く。


「なあ多威餓たいが、俺の頬を抓ってくれないか?」


「……ああ、愛堕夢あだむ、俺も頼む。」


 愛堕夢あだむ多威餓たいがは二人揃って頬を抓るとあまりの痛みに絶叫する。


「痛てぇ! ってことは……夢じゃない……。」


「夢じゃない……夢じゃないぞ! 俺たちは元の世界に戻ってこれたんだッ!」


 二人揃って喜び合っていると、カサリと手紙が落ちる。

 愛堕夢あだむは落ちた手紙を拾うと、多威餓たいがに向かって呟いた。


「そういやぁ、悠斗から預った手紙はどうするよ。」


「あいつは元の世界に戻してくれた恩人だからな、届けてやろうぜ! 郵便でよ!」


 幸いなことに、届け先の住所も書いてある。

 ならば行動あるのみだ。


 愛堕夢あだむ多威餓たいがは、それぞれ金を取りに家に戻ることにした。


 愛堕夢あだむは久しぶりに帰ってきたアパートの扉を見て一粒の涙を流す。


「――ッ。ああ、久しぶりに帰ってきた。数ヶ月も家を開けちまったからな……親父もお袋も心配しているかもしれねぇ。」


 愛堕夢あだむは、レバーハンドル型のドアノブを強く握ると、レバーを下に降ろしドアを引く。

 すると、『バキッ!』という音と共に、レバーハンドルが外れ、ドアが開いた。


「へっ?」


 愛堕夢あだむは、手に持ったレバーハンドルに視線を向けると、もう一度、レバーハンドルが外れ、穴のあいたドアに視線を向ける。


 すると、ドアの向こう側からドタドタと音を立て、何かがやってくる気配を感じる。

 そして、ドアが開くとそこには数ヶ月ぶりに再開するお袋の姿がそこにあった。


 愛堕夢あだむは、レバーハンドルを放り投げるとお袋に向かって走り出す。


「――お袋ぉぉぉぉぉ……ぐふぅえっ!」


 久しぶりの再会に涙を交わすと思いきや、レバーハンドルを壊したことに腹を立てたお袋にバットで打ん殴られる愛堕夢あだむの姿がそこにあった。


「あんたぁ! なんてことをしてくれてんのっ!!」


 愛堕夢あだむは立ち上がると、お袋に向かって話しかける。


「元気にしてたかお袋! おいおい、少し太ったんじゃないか? 俺だよ俺、愛堕夢あだむだよ! ついさっき、異世界から帰って来たばかりでさ、飯作ってくれよ飯! レトルトでも何でもいいからよ! 俺腹減っちまって…………ぐふぅえっ!」


 怒り心頭なお袋は愛堕夢あだむを再度殴りつける。


「何を馬鹿なことを言ってるの! 学校はどうしたの、まさかサボったんじゃないでしょうね! そんなことより、あんた! レバーハンドルを壊して! どういうつもりなんだいッ!」


「あ? いや、俺本当に異世界に……いてぇ、いてぇよ! 耳を引っ張らないでくれよ!」


 お袋は、倒れた愛堕夢あだむの耳を引っ張り、耳元を口に寄せると怒鳴り声を上げる。


「はあ? 異世界!? 意味の分からないことを言うんじゃないのッ! ドアノブの修理に業者を呼ぶから、それまで外で反省していな! またドアノブ壊したら承知しないからねッ!」


 そういうと、涙目になりながら耳元を抑える愛堕夢あだむを尻目に、お袋はドアノブのないドアを閉じ、ズカズカと音を立て家の中に入っていってしまった。


 愛堕夢あだむと同様のことが多威餓たいがを襲う。


 家に帰ってきた多威餓たいががドアを横にスライドさせると、鍵が掛っているにも拘らず、バキリと音を立ててドアがスライドした。


 しかし、ドアの鍵を派手にぶっ壊した多威餓たいがは元の世界に帰ってきた喜びで気付かない。


「おお、今日はえらくドアの滑りがいいな! パピー! マミー! 今家に帰ったぜ!」


 多威餓たいがが履き古した靴を乱暴に放り脱ぎながら、部屋に入るとパピーが煎餅を齧りながら、こちらを見ていた。


「た、多威餓たいが……お前……。」


 パピーが煎餅を皿の上に置くと立ち上がる。

 そして何を勘違いしたのか多威餓たいがはパピーに向かって駆け出した。


「久しぶりだねパピー! ぐぅあふっ!」


 駆けてくる多威餓たいがの片腕を取ると、パピーはそのまま背負い投げを多威餓たいがに決め込む。


「お前……今、バキリと大きな音がしたが、今度は何をした。」


「えっ、パピー? 俺は何もしてないけど……。」


 多威餓たいがを投げ飛ばしたパピーは呟く。


「それより……お前、学校はどうした! まさかサボった訳じゃないだろうな……。」


 多威餓たいがはパピーのゴミを見るかのような視線に困惑の表情を浮かべる。


(あれ? なんでこんなにも普通に俺に接してるんだ? ここはほら、『久しぶりだな息子!』とか、『お前今までどこに行ってたんだ! 心配をかけるんじゃねぇ!』とかいう風になる場面じゃないか?)


 突然沸いた疑問に、多威餓たいがが思いをはせていると、玄関の様子を見に行ったパピーが怒り心頭の表情でこちらを見下していた。


「……おい。てめぇまさか、あのドアぶっ壊したんじゃあねぇだろうな?」


 パピーが本気で怒っている。

 そのことに多威餓たいがは汗をダラダラと流すと、怒っている理由はよく分からないものの全力で土下座した。


「す、すいませんでした!」


 パピーが多威餓たいがの頭を掴むと、腕力で多威餓たいがの顔を上げさせ、睨みつけながら言い放つ。


「すいませんでしたじゃあねぇだろッ! 申し訳ございませんでした。だろうがぁぁぁぁ!」


「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!」


 愛堕夢あだむ多威餓たいがは気付かない。

 転移した時と同じ時間軸に戻ってきていることに、そして、既に普通の人間と比べるのが恐ろしくなるほどの膂力を持っていることに……。


 愛堕夢あだむ多威餓たいががこのことに気付くのはもう少したった後であった。

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