(閑話)動き出す各国の教会

 マデイラ王国とアゾレス王国との戦争を収め、子供達と一緒にフェロー王国に戻ってきた悠斗。その裏で、各国の教会ではちょっとした騒ぎが起きていた。


 この騒ぎは、疫病に苦しむ一人の女性が教会に運ばれて来たことからはじまった。


「司祭様! 私の母がっ……母がっ……。急に倒れてっ……。」


 横たわる女性を抱きしめ、涙を流している娘が悲痛の声を上げる。


「これはっ……! とても危険な状態です。まずは落ち着きなさい。上級ポーションで体力を回復させましょう。」


 司祭はそう言うと、横たわる女性の上半身を起こし、上級ポーションを口に含ませる。


 取りあえずは、これで安心だ。


 ポーションでは疫病そのものを取り除けない。しかし、体力さえ回復してしまえば、万能薬を作成するための時間を稼ぐことができる。


 急いで枢機卿に万能薬作成の依頼をしなければ……。


 司祭は、すぐさまシスターに万能薬の手配を命じ、それと共に、教会に併設されている治療院のベッドへと女性を移動させようとする。


「シスターは万能薬の手配を、他の者は、この女性を治療院のベッドへと運びなさい!」


 すると、いままで疫病に苦しんでいたはずの女性がむくりと立ち上がった。

 司祭やシスター、女性の娘はその光景に驚きの声を上げる。


「だっ、大丈夫ですか!? 今、あなたの身体は病魔に蝕まれています! ゆっくり休まれた方が……。」


「お母さん! もう大丈夫なのっ!?」


 すると、先ほどまで苦しみの声を上げていた女性は、涙ぐんだ声でこう呟いた。


「ああ、司祭様。ありがとうございます……。胸につかえていた苦しみが無くなりました。私のために、万能薬を使って下さったのですねっ……。このご恩は一生忘れません。」


 司祭としては、訳が分からない気分である。

 確か、私は体力回復のため上級ポーションを飲ませただけのはずだ……。


 咄嗟のことで、言葉が浮かばなかった司祭は、そのまま事実を伝えることにした。


「い、いえ。私はあなたの体力を回復させるために、上級ポーションを飲ませただけです。あなたの信仰心がきっと神に届いたのでしょう。」


 女性と娘は、金貨数枚の喜捨をシスターに施すと司祭にお礼をいい教会を出ていってしまった。


 司祭が呆然としていると、シスターがポーションの中身を確かめ、驚愕の声を上げる。


「し、司祭様っ!」


「どっ、どうかしましたか?」


 するとシスターが一本のポーションを司祭の目の前に差し出し、手のひらにたらす。


「こっ、これを見てください。」


 すると、手のひらでほんのりと光りはじめた。


「こっ、これはっ!?」


 この反応は、【聖属性魔法】の籠った万能薬の反応っ!!?


「まっ、まさかっ!?」


 司祭は、上級ポーションの治めてある箱に向かって駆け出し、一本一本ポーションを手のひらに垂らしてみると、そのすべてが手のひらでほんのりと光りはじめる。


「どっ、どういうことですか……。これは枢機卿にお知らせしなければっ!!」


 司祭は、上級ポーションを手に握りしめると、枢機卿のいる礼拝堂へ向かうことにした。


 枢機卿がいつもの日課となっている礼拝をするため礼拝堂に向かっていると、司祭が慌ただしい様子で駈け込んできた。


「枢機卿! 大変ですっ! このポーションの中身を見てくださいっ!!」


「うん? このポーションがなんだというのだね……。」


 枢機卿は司祭から、珍しい形をしたポーションの瓶を受け取ると、瓶をあけ、手のひらに少量のポーションを垂らす。目を凝らしポーションを見てみると僅かながらに発光していることが確認できた。


「おお、これは素晴らしい。これはポーションではなく万能薬ではないか……。それも上級万能薬……瓶の形状を変えたのかね?」


「そうではありません! この万能薬が、ポーションとして販売されているのですっ!!」


 枢機卿は驚きを隠せず、手元にある瓶に視線を送る。


「どっ、どういうことだっ!? なぜ教会が占有している万能薬が、ポーションとして売られているのだっ??」


 そう。【聖属性魔法】で創られたと思われる万能薬が発見されたのだ。しかも、その万能薬がポーションとして国中に流れている。


 ウェークでは、【聖属性魔法】は、教会の教え、ひいては神への信仰心が強い信者にのみ与えられる魔法だと信じられている。

 また、【聖属性魔法】でのみ創ることのできる万能薬は、教会における秘中の秘として取り扱われており、教会の中でも教皇様や枢機卿など限られた階級の者しか創り方を知らされていない万能薬は、教会の持つ様々な権力のうちのひとつでもある。


 教会で創られる万能薬を求め、多くの王侯貴族が莫大な喜捨を教会にもたらしているほどだ。


 そんな万能薬が、ポーションと同じ位の安価で売り捌かれているのだ。

 しかも、教皇様が数日かけて創り出す上級万能薬まで、上級ポーションと同じ価格で売られている。

 あれには、上級ポーションなんぞとは比べ物にならない価値のあるものということを、この万能薬の作成者は分かっていない!


 幸いなことに、このポーションが万能薬であることにはまだ気付かれていないようだが、これは大きな問題に発展しかねないほどの大問題である。早急に、この万能薬を流したものを特定し、教会に取り込む又は、人知れず消す必要がある。


「司祭よ。すぐにこの万能薬を作成したものを特定し、教会に取り込むのだ。もし拒んだ場合……わかっているな?」


「承知いたしました。」


 過去、ポーションの市場価値を元に戻すために行っていた悠斗の思い付きが、各国の教会が動き出す事態となっていた。

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