講演会場にて
ゴールデンウイークの初日を翌日に控えた夕刻、土佐湾沖の南海トラフを震源に発生した大地震で、西日本一帯は激しい揺れに襲われた。
さらに、土佐湾に面した四万十、土佐、高知、南国及び安芸市を波高三十メートル近い大津波が襲った。予想された最悪の災害、南海トラフ大地震の発生だった。
私はその時、神戸にある災害医療センターで講演の真っ最中だった。
昨年発生した飛騨地震は実質的な私のDMATデビューとなった。同時に、災害時における二輪車版のドクターカー、通称〝クイックメディック〟の有用性が改めて見直されるきっかけにもなった。
私は医療器具を満載しサイレンやパトライトの装備された救急オフロードバイクを駆り、がれきの中に分け入って負傷者の救護にあたった。地元の新聞に小さく載った記事が話題になり、今回、関西ブロックでのDMAT研修で臨時の講師を務めることになったのだ。
『みなさん、落ち着いて下さい! 現在詳細情報を確認中です』
マイクを握るブロック長も、居並ぶ聴衆も信じられないほど落ち着いている。さすが災害現場の最前線に立つメンバーばかり。浮き足だった空気はみじんもなかった。
私はプレゼンのためフル装備状態で研修室の一角に乗り入れていた
災害時、スマホは大勢のユーザーが一斉にアクセスするので回線が
『お前、今どこだ?』
「兵庫災害医療センターです」
『おう、講演だったな。終わったか?』
「いえ、現在中断中で――」
『南海トラフだ。震源は土佐湾、足摺岬沖合約百キロ。マグニチュードは推定八・〇』
「あの、津波は!?」
『間違いなく来る。最大波高は三十メートル。考え得る最悪の状況だ。出動に備えて準備しろ』
気がつくと、室内の全員がしんと静まりかえって無線の声に耳を傾けていた。
私は今の情報を改めてみんなの前で復唱すると、バイクを貨物用エレベーターに下げようとスタンドを蹴った。それが合図だったように、誰もが慌ただしく研修室を飛び出して行った。
出動要請はそれからすぐだった。
通常、DMATへの要請は被災地に近く、体制が健全なチームから優先的に行われる。だけど、今回は被害想定地域が広すぎ、どのチームがどのくらいの時間で現場にたどり着けるのかまったく予想ができない。そのため、広範囲の招集がかかったと後で聞いた。
『偶然だが、お前は東日本のチームの中でもっとも現場に近い。自衛隊の高松駐屯地に入って現地の状況を把握しろ。チームの残りのメンバーはもちろん、他のチームもすぐに出す。健闘を祈る!』
それだけを一方的に告げると無線はすぐに切れた。
「では、私は行きますので」
片付けのため部屋にポツリと残っていた事務員に伝言を頼み、私はヘルメットをかぶってベルトをキツく締める。
ここから高松までは順調にいってもおよそ五時間。一般道は至る所で寸断されているだろうし、高速道路は間違いなく途中で通行止めになる。
到着は、恐らく夜明けになるだろう。
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