二月

浅黄色あさぎいろのベンチには誰も座っていない

「二月になったから」

白い息をおおきくはいて君はいう

「ポニーテールの魔女は何処かへ行っちゃった

 昨日まであそこに座っていたけど」

自転車の少女が僕らの傍らに停り

寝返りをうつようにゆっくりとマフラーを巻きなおす

「あなたの好きな小さな冬は知らないうちに通り過ぎ

 残っているのは寒い夢だけ」

そう、たしかに

去年の枯葉は一枚残らず粉々に砕け

風の一部になっている

ポニーテールの魔女なんて

どうしても憶いだせない


くすんだ光の繊維せんいを残酷にちぎりながら

黄色いクーペが走り去る

以前僕らが楽しんだ勝手な造りの家並いえなみ

次々と崩したやつ

あいつを「時間」っていうんだろう

きっと「時間」っていうんだ


「何時か眺めた二月の街は、もっと気取きどっていたね」

ひとひろの硝子戸に姿を映し

君は手を振り始める

「あなたのつくるうたはやさしくて

 もっともっと綺麗だった

 白一面の冬空みたいに

 綺麗だった」


むかし眺めたかたちのままには

二月の景色はのこっていない

とびっきりいかしていたが

手を打つだけでひびほど華奢きゃしゃな風景だった

はっかを入れたミルクのような

妙な味の風景だった


「風が南へ抜けるとき

 わたしもここを逃げ出すの」

季節を越えたら

君はもう戻ってこない

「今度の住処すみかはちいさな部屋よ」

と、小さな声でいう


街は鮮やかな二月が好きだった

煉瓦れんがの渋い赤を充分に冷やした二月が好きだった


硝子戸の向こうへと君は歩きだす

「あなたももっと幼くなれば

 きっとこっちへ来れるのに」

うん、たぶん子供になれば

逃れることができるだろう

薄い空気のようにかかすんだ光のように

むかしを写しとった反対むこうがわの二月へと


君のすがたが見えなくなると

きっと風が降り始める

僕が振り向くと

路の色は消える

街は話さなくなり

街は笑わなくなり

大きくため息をついて

空へ浮き上がる

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