彼女

「ゆめ」になんか惚れる女は居やしないと

彼女は笑い始める


あんたはお酒がのめないから

泣いているより仕様がないの

男が泣いている時は

女は笑っていいんだと

眠たそうな顔でいう


世の中は思うようにはいかないから

そう何時も笑ってばかりはいられない

けれどあんたが泣いているときくらい

わたしは笑っていいんだと

彼女は笑いつづける


あきれ顔をつくろって

俺は泣いてはいないというと

だってあんたはと顔を上げ

何時もこんななみだ声だと

喉をしぼってひとの真似をする

そして

俺は泣いちゃいないと繰り返し言わせては

ためいきまじりに笑う


話が跡切れると

気がついたように歌い出す 

かすれた声で歌うから

たかいところはほとんど聴こえない

あんたの好きなうただからと

子守り歌しかうたわない

俺はもう子供じゃないよ

そういっても

まえに好きだといったじゃないかと

少し声を大きくして歌い続ける 


おわりまではうたわずに

あんたの故郷くにのうたも

やっぱりこんなかなしいうたかと

うたの途中でちいさくいう

俺のいなかに行こうと誘うと

私は都会まちの方がいいという

私は南の産だから

あったかいのがいいんだと

そっぽを向いたままでいう

あんたが帰りたいのなら

あんた独りで行けばいい

私は南の産だから

寒いところは御免ごめんだと

やはり向こうをみたままで

ほそいからだから声を出す


フランス製の深皿ふかさら

チョコレートを山盛やまもり積んで

これが女の夢なんだと

かたっぱしからほうばりはじめる

いちばん薄いやつをつまみあげ

これがあんたの「ゆめ」だといって

口のなかにほうりこむ

そして

あんたの「ゆめ」も結構おいしいよと

なみだぐんで笑う


活字ばっかりにらんでいるから

顔の先っぽがとがってくるんだと

ひとの後ろに目をやりながら

独り言のようにいう

ひとの目をみて話しなよとにらんでも

あんたの想いは

あんたの後ろに隠れているからと

やはり宙をみたまま

わらうだけだ


泣いた顔が嫌だと言ったから

笑ってばかりいるのか

そう訊くと

いっしょに泣いてあげようかと顔をよせてくる

俺は泣いちゃいないと言うと

あんた仕合わせじゃないんでしょうにと

ひとの顔をのぞきこむ

幸せだよと応えても

ほんとはあんた、かなしいはずだと言い返す

だって、あんたは、かなしいはずだと

何回も言い返す


あんたはお酒が飲めないから

泣いているより仕様がない

男が泣いている時は

女は笑っていいんだと

彼女は笑い続ける


男の涙がかわいても

女は笑いつづけるの

あんたの涙は底なしだから

わたしの笑いも天井なしと

ひとみを虚ろにさせながら

とぎれとぎれにいう

それなら本当に泣いてやろうかと怒ってみせると

女は笑えば笑うだけ

ここんところが痛くなるんだと

ひとの胸に指をあて

おもいきり強く押す



「ゆめ」なんかに

惚れる女が居るもんかと

くりかえし笑う

すこしづつ

いつまでも笑い続ける

からだはゆっくりとゆれていて

ひとみはぬれているが

声だけは笑い声だ

しずかな笑い声だ

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