8章 女装ゲーム実況者の俺、24時間配信に挑む その1

 急に腹を立てて出て行った夢咲と後を追ったコイズミを見送り、しばし経った後。

「……生流伯爵よ」

「なんだ?」

「追いかけぬのか?」

「へ……?」


 ぽかんとする俺をまな子は白眼視してくる。

「こういう場合、何はともあれ追いかけて宥(なだ)めるなり事情を訊くなりするのが丁年(ていねん)の義務ではないのか?」

「でも、俺は特に悪いことはしてないと思うんだが?」

 と返すとまな子は苛立たし気に貧乏ゆすりを始め。

「いいから、とっとと行(ゆ)けいっ! でなければ盟友に代わって我がそなたの命を刈り取ってもよいのだぞッ!?」

 なんか知らんが、まな子にも怒られた。理不尽極まりない。


「わかったよ」

 まな子に急き立てられた俺は渋々部屋を出て行ったが。


「……わからん。どこに行ったんだアイツ等?」

 もう夢咲達が部屋を出てからだいぶ経っている。遠くに行ったのならきっとみつけるのは困難だろう。




 俺は早々に夢咲達の探索を諦め、部屋を戻ったが。

「ハフハフ、ガツガツガツガツ!」

 ……タイミングが悪かった。俺はいささか気まずい思いをする羽目になった。

 まな子はこちらに背を向けるように座っている。

 問題とすべきは机の上に積まれたものだ。

おそらくあれは、弁当箱だろう。計四個――今日のメンバー分の数である。

一心不乱にまな子は弁当のものに食らいついていた。


「……おい、まな子?」

 声をかけるとまな子は危機一髪の人形みたいに飛び跳ねながらこちらを振り向いた。

「なななっ、なんだ!?」

「その机の上のものは、なんだ?」

「なっ、ななななな、なんでもないぞ!?」

「いやでも、俺の目には弁当箱らしきものが見えてるんだが?」

「そ、そんなわけなかろうっ! そなた、幻覚でも見ているのではないか!?」

 頑(かたく)なに認めようとせず、往生際悪く黒いローブで隠そうとするまな子。


「……頬にご飯粒がついてるぞ」

「な、なにッ……、あっ」


 はたと墓穴を掘ったことに気付くまな子。王手がかかったも同然である。

「なんで夕食前の今に、腹ごしらなんてしようと思ったんだ?」

「く、ククク。我の底なしの腹は、いくら現実のものを取り込んでも満たしきれぬのだ。真に欲するは神の世界に存在するというイデアの種からなる大樹の果実のみで――」

「ああ、はいはい。そういうのはいいから」

「な、なんだその『お前の妄想になんか付き合ってられないよ』みたいな言い方は!」

「自覚はあるのか……いやまあ、ぶっちゃけその通りではあるんだが、ひとまずそれは置いておいて」


 頭の回転を少しだけ速めて、あらゆる事象を頭の中に思い浮かべ、それぞれを繋いでは断ちを繰り返し、道理に基(もと)づいて推測を進めていく。


「これは俺の勝手な妄想だが――」

 そう前置きして話し出した。


「今朝、夢咲がSNSでお前から『弁当を作ったから持っていく』みたいなメッセージを受け取っていたんだ」

「は、はて、そんな文(ふみを)送ったかな?」

 とぼけるまな子。気にせず俺は話を続ける。


「次に昼食のことだ。俺は昼飯の席で、まな子の弁当を目にしていない。もし見ていたら忘れたくても記憶にこびりついてるだろうからな」

「……気に食わない表現の仕方だな」

「気のせいだ。少なくとも俺と夢咲が到着してからは、テーブルの上にその弁当は姿を現していない」


 まな子の様子がそわそわしたものに変わる。自分が追いつめられているのを感じ取っているのだろう。


「ではお前は、観光に弁当を持って行かなかったのだろうか? 推測の域は出ないが、それはあり得ないように思う」

「なぜだ? 忘却の海は時に大事なものをも飲みこむぞ」

「だとしても、SNSでメッセージを送ってくるぐらい楽しみにしていた弁当のことが頭からすっぽ抜けていたなんてことは考えにくい」

「だが我は観光に言ってる間、弁当のことなど一切口に出していないのだぞ?」

「まな子の性格からして、忘れた頃の奇襲――じゃなくて、サプライズをしたかったんじゃないか?」

 まな子の体がビクッと震える。どうやらビンゴのようだ。


「それに、まな子の荷物はやけに膨(ふく)れていたような気がする。多分、四個分の弁当箱が入っていたせいじゃないか?」

 その指摘に彼女は答えない。だがあからさまに目を逸らしたのが、何よりの証拠である。

「加えてお前が熱中症になったのは――魔の球技とやらをして日頃運動をしているにもかかわらず――、弁当箱四つ分の重みが荷物に加わっていて、そのせいでバテたかだと考えれば納得がいく」


 俺は机上の弁当箱に目をやった。

「それはコンビニのおかずがたっぷりつまったものを二段重ねたぐらいはサイズがあるし、入れ物自体も素材がしっかりとしてる」

 近づいていって、暗黒物質がつまった弁当箱を持ち上げてみた。一つだけでも両手で持ちたくなるぐらいは重量があった。

「これを四つも持ち歩くのは、大変だよな?」

「……そうかもしれぬな」

 まな子の声のトーンは完全にお通夜の時のものだった。

 ここまで来たらきちんと引導(いんどう)を渡してやるのが、せめてもの情(なさ)けというヤツだろう。


「最後に残る疑問は、なんでまな子は昼食の席で弁当箱を出さなかったのかだが――、おそらく俺と夢咲が着く前にコイズミの前では弁当を披露(ひろう)したんだろう。そこでまあ何か言われて、自信を喪失でもしたんじゃないか?」

「……全部、お見通しだったというわけか」

 がっくりとまな子は肩を落とした。



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【次回予告】


夢咲「かつ丼を食べたくなるようなお話デシタネ」

生流「……推理じゃなくて取り調べかよ」

夢咲「まあ、推理って呼べるほどのものじゃなかったデスシ」

生流「そうだけどさ……」

夢咲「ちなみに生流サンは推理物ならどんな配役がいいデスカ?」

生流「館にいる双子の女の子の一人でみんなを嘲笑う役」

夢咲「……ユニークなところをチョイスしマスネ」


生流「次回、『8章 女装ゲーム実況者の俺、24時間配信に挑む その2』だ」


夢咲「ミーは名探偵として真実をまるっとお見通ししていきたデスネ」

生流「まあ、探偵と怪盗は変人枠だしな」

夢咲「……生流サンには言われたくないデスヨ」


※次話投稿:9/9 20:00頃 予定

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