7章 東北を観光するゲーム実況者達 その7

「……ってなことがあったんだよ」

 昼食の席で俺はロマンと会ったことをみんなに話した。

「なんかロマンチックなのですー」

「……お前、さっきからうずうずしてると思ったらそれが言いたかったのか?」

「ふふふー、バレちゃいましたのです。でも木刀を手に悪人を退治する女剣士ってとってもカッコイイし、たさいさんはきれいだし、絵になると思うのですよ?」

「……凄まじい違和感に襲われているのは我だけか?」

「いや、正直俺も自分でどうかと思ってるから。……っていうか、夢咲?」

 名前を読んでもなお、夢咲は何やら考え込んでいた。


「ロマンって、まさか……」

「おーい、夢咲ー?」

「……あっ、ハイ、なんデショウカ!?」

 ちょっと驚いた様子で返事を寄こしてきた。


「どうしたんだよ、ボーっとして」

「え、あ、アハハ。すみマセン。ひょうたん揚げの美味しさに感動してマシタ」

「でしょう、でしょう、美味しいでしょう。ひょうたんを模したでっかい二つのボール状の揚げ物。歯を立てた瞬間、衣からかりっとした触感が伝わってきて、ふっくらした生地がお出迎え。熱々でふわふわなかまぼこは仄(ほの)かに甘く、ケチャップの塩辛いアクセントも相まって、お口の中が幸せいっぱいになるのですよー。これは間違いなく、仙台の名物たりえる一品なのです!」

 コイズミにしては珍しい、熱の入った弁舌だった。

「……美味いっちゃ美味いけど、名産品にしてはインパクトない気がするが」

「そうでしょうかー? 商品名にひょうたんがついてる、これ以上のインパクトなんてないのですよー?」


「お前のそのひょうたんに対する無条件の信頼はどこから来るんだ……?」

「もちろんひょうたんからなのですよ」

 ポシェットに入っていたペットボトルサイズのひょうたんの口を開き、彼女はごくごくと喉を潤(うるお)し始めた。

「水筒までひょうたんだというのだから、徹底しておるな……」

「ぷはぁ。……あ、ひょうたんの開花時期は夏から秋にかけてなのですよ。この辺りだとあと一ヶ月すれば可愛い白い花が見れたのですが……」

 残念そうにしょんぼりするコイズミ。彼女には悪いが、別に俺はひょうたんの花を見たいとはあまり思えない。


 その後もひょうたん談義を聞きつつ、俺達は昼食を終えた。


   〇


 観光を終え、旅館に帰宅した俺は夕食まで自由行動をすることになった。

「にしても、いい部屋だよな」

 俺は自分達にあてがわれた部屋をぐるっと見回した。

 四人が使うには広すぎず狭すぎず、ほどよい空間。

 畳はい草の香りがして、踏み心地がいい。

 縦横に大きな机は漆塗(うるしぬ)りで光沢がある。

 薄い卵色の漆喰の壁は、見ていると不思議と落ち着いた。

 畳が一段高くなったところの壁には掛け軸があった。そこには風に吹かれた一本の桜の木が描かれている。余白の真ん中にあるそれは、見ていると切なさと美しさに胸を締め付けられそうになる。

 活(い)けられた花の名前はよくわからなかったが、とにかくきれいだった。

 風情と安らぎに満ちた内装だ。くたびれた心が落ち着いていく。


「ここの離れはお部屋はもちろん、景色がいいのですよ。だから朝お話した通り、お値段が高いのです」

「本館だともう少し安いのか?」

「はい、大体四万円前後ぐらいなのです」

「……それでも結構なお値段だよ」


 ともあれ、景色がいいというのなら早く見てみたいものだ。

 俺は外に通じる障子に近づき、左右に開いた。

 暮れかけた太陽に照らされた、橙色の世界。

 濃い茶色の曲がりくねった幹に緑の葉をつけた松の木に囲われて、一泓(いちおう)の池があった。周囲には砂利石が敷き詰められている。

 どこからかカコーンと、ししおどしの音が聞こえてきた。


「……長閑(のどか)だなあ」

「呼びマシタ?」

「いや、違くて……。ああ、そういえばお前の名前って和花(のどか)だったな」

「……さすがにそれはちょっと酷くないデスカ?」

 唇を尖らせる夢咲に、俺はごまかし笑いを浮かべながら謝罪する。

「す、すまんすまん。いつも夢咲って呼んでたから、ついな」


「だから最初に名前で呼んでクダサイって言ったのに……。それにまな子サンや芽育サンは普通に名前で呼んでマスシ……」

「あー、なんかその二人は意識せずに呼べたんだよな……」

「我は許可した覚えはないぞ!? 冥王か魔光と呼べと……」


「ズルいデス!」

 まな子の言葉を遮り、いつになく怒った様子で迫ってくる夢咲。

「ど、どうしたんだよ急に?」

「ミーも名前で呼んでほしいデス!」

「だからさ、なんか恥ずかしいんだよ……」

「でも、もうそんな恥ずかしがることないじゃないデスカ」

「……え、なんで?」

「だ、だって……」


 目を逸らした夢咲の頬が紅潮していく。今日はやけに顔が赤くなることが多いな。

「……やっぱり夢咲、熱あるんじゃないか?」

 と訊くと。

「だっ、誰のせいだと思ってるんデスカ!」

 なんかキレられた。……意味わからん。

「もういいデス」

 夢咲はおおげさにため息を吐いて立ち上がり、大股でふすままで歩き、そのまま部屋を出て行った。

「あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいなのですー!」

 慌ててその後をコイズミが追っていった。


 後には呆気にとられた俺と、なぜかこちらを白い目で見やってくるまな子が残された。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


生流「かごめかごめって知ってるよな?」

ハルネ「『かーごめ、かごめ、籠の中の鳥はー♪』ってやつでしょ?」

生流「ああ、それだ」

ハルネ「昔みんなで遊んだことあるよ!」

生流「……実はあの歌詞にはな――」

ハルネ「……え、えっ……!?」


生流「次回、『8章 女装ゲーム実況者の俺、24時間配信に挑む その1』」


生流「いやー、童謡(どうよう)とかって深く意味を知ると面白いよな」

ハルネ「や、やめてよぉ。夜おトイレに行けなくなっちゃうよー!」

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