7章 東北を観光するゲーム実況者達 その6

 ドクロパンチにプリン野郎――彼等の目は完全に欲情に支配されている。

 下手に刺激したら、何をされるかわからない。

 どうにか穏便(おんびん)に切り抜けられないかと試(こころ)みる。


「な、なんでわたしなんかと?」

「決まってんだろ、嬢ちゃんがスゲェべっぴんだからよ」

「べっぴん……?」

「つまりきれいってことっすよ」

「そんな……。わたしなんかといても、つまらないですよ」

「女を楽しませるのが男の務めよ」


 ……コイツ等、引き下がる気ないな。

おそらく今時の女の子は防犯意識が高くて観光地で迂闊に一人になったりしないから、声をかけにくいのだろう。

 ところがヤツ等は見つけたわけだ、猛暑で佇む夏の女を。

 いやまあ、実際は男なわけだが。

「ええと、ちょっと連れがいまして……」

 と女トイレを見たのが悪手だった。

 男達の鼻が膨らみ顔のだらしなさが三割増しになる。

「じゃあさあ、そのお友達とも一緒に、オレ達と遊ぼうぜ」

「そうそう、女の子達だけじゃ何かと危ないぜ?」

 その危ないのがお前達なんだけどな……。


 さて、困ったことになった。

 ぶっちゃけ俺はケンカが強いわけではない。素手で二対一でやり合ったら、まず勝てないだろう。

 一人だったら逃げることができるが、トイレには夢咲がいる。何よりさっきの愚行でそのことをコイツ等に知られてしまった。俺がいなくなってもコイツ等は夢咲をターゲットにするだろう……。


 万事休すである。

 ここで俺が男だと明かせば、ビビッて退散してくれないだろうか……。いや、色々な理由であまり分のいい賭けじゃない気もするなあ。

 完全に王手をかけられた状態で惑(まど)っていると。


「なあ、何か言ったらどうなんだよ?」


 顎をつかまれて持ち上げられ、目を覗き込まれた。

 想像以上にドスのきいた声に、ゾクッと身震いした。


「ハハ、兄貴。コイツビビってますよ」

 体に力が入らない。手も足も、金縛りにあったように動かない。

 こんなところでチキンっぷりを発揮しないでほしい。

「いいねえ、嬢ちゃん。その顔いいよ」

 俺を捕えている男の呼吸が荒くなっている。

「兄貴、コイツトイレに連れ込んで、トリガーハッピーしちゃいましょうや」

「バカ、こういう公共の場のトイレは最近やたらボーハン対策に力入れてるんだよ。だからやるときゃ、きちんとやる場所に連れ込まねえとな」

「おおっ、頭いいっすね! さすが兄貴っす!!」


 ……夢咲だけは、アイツだけはなんとしても助けないと。

 でも、こんな状況で……どうやって。

「よく見りゃ、この女マジで可愛いぜ」

「そっすよねえ。そんじょそこらの女よりマブイっすよ」

「マブ……? 異世界の言葉か?」

「ははっ、ナマを言う元気があるか。そういうところもオレ好みだぜ」


 さらにドクロパンチが顔を近づけてくる。なんか焼きそばっぽい口臭に気持ちが悪くなってくる。

「ここじゃあ滅多なことはできねえけどよ、キスぐらいならいいよな……?」

「ばっ、バカかお前?」

「あ、兄貴。コイツ、男なんじゃないっすか?」

 俺の声で正体に気付いたのか、慌てた様子でプリン野郎がドクロパンチに問うた。

 しかし。

「だからどうした? こんなにべっぴんなんだから、男だろうが関係ねえだろ」

 ドクロパンチは鼻息荒く顔を接近させてくる。

 こっ、コイツ……見境(みさかい)ってものがないのか!?


 ゾゾッと全身に鳥肌が立った。

 このままじゃ、俺のファーストキスがよくわからない男に奪われちまう――絶望に目の前が暗くなりかけた、その時。


「そこまでにせんか、汝(なんじ)等」


 少女の声が少し離れたところからした。

 ドクロパンチ達は弾かれたように背後を振り返った。


「なっ、なんだ……オマエ?」

 ヤツ等が呆気に取られている隙に、俺は顎をつかんでいた手を弾(はじ)いて急ぎ距離を取った。

「あっ、コラ待てや……!」

 慌てて俺を捕まえようとしたドクロパンチの前に、黒い着物を着た少女が立ちはだかった。

 手には木刀を持ち、その切っ先がヤツの喉を捉(とら)えている。


「嫌がる乙女に乱暴を働こうとする不届き者よ。一回痛い目見ないと、反省もできぬのかの?」

 舌ったらずでありながらも凄味のある声に、ドクロパンチ達はビクッと体を震わせる。

「おっ……お、覚えてやがれぇえええええ!」

 かび臭い捨て台詞を残して|(多分)不良共は転げるように逃げ去っていった。


 少女は流麗な所作で、木刀を腰に吊るした鞘へと収(おさ)めた。まるで本当に侍が真剣を扱っているようだった。


 気持ちが落ち着いて、少女の姿をゆっくり眺める余裕ができた。

 彼女は本当に小柄なだった。中学生……もしかしたら小学生かもしれない。

 豚の蚊取り線香が描かれた黒い着物を着ており、膝裏までありそうな長い黒髪を桜の髪飾りで一つにまとめていた。


「ケガはないかの?」

 振り返った少女は、まだ幼さが前面に出た顔をしていた。とてもさっきまで二人の男を圧(あっ)していたとは思えないぐらいだ。

「あ、ああ。助けてくれてありがとう」

「汝、男(おのこ)じゃったのか……?」

 驚きからだろう、目を見開く少女。

 途端、俺の顔が羞恥のために熱を持ち始めた。

「ああ。……情けないよな、俺って。いいようにされて、ロクに抵抗もできないで……」

「否。そうではなかろう」

 近づいてきた少女は背伸びをして、ドクロパンチにつかまれていた顎の辺りを小さな手でそっと撫でてくれた。

「下手に攻撃をしても、二人相手では勝ち目がない。戦力差を冷静に分析したからこその判断だったのじゃろう?」

「まあ、そうだけど……」

「なら、恥じることはない。戦うことだけが、生き残るすべではないのじゃよ」

 にこっと浮かべた少女の笑みを見ると、ふっと全身から恐怖や緊張が風船から空気が抜けるように消えていった。


「しかし汝、本当に乙女のようじゃな。黙っておったらわからんじゃろうて」

 ぺたぺたと顔中触られる。その手は見た目の割に皮が固かったけど、触り方が優しい感じで決してイヤじゃなかった。

「む……、すまぬな。これは初対面の相手には無礼な行いじゃな」

 と言って、彼女は手を引っ込めた。

「いや、気にしないでくれ。むしろ触(ふ)れられて気持ちよかったぐらいだ」

「ふむ……? よくわからんが、まあそれならよかった」


 少女は居住まいを正し、自分の胸に手を置き改まった調子で名乗った。

「妾(わらわ)は|美咲 桜万(みさき ろまん)じゃ」


「……えっと、ロマン?」

 問い返すとロマンは「そうじゃ」とうなずき。

「ここで会ったのも何かの縁、覚えておいてくれると嬉しいのう」

「どうだろう……。俺、あまり人の顔と名前を覚えるのは得意じゃないんだ」

「ふむ。では妾が汝の名前を覚えておこう。名を教えてくれぬか?」

「俺は田斎丹生流だけど……」

「たさいに……はて、どこかで……。ああ、そうじゃったか」

 考え込んでいたロマンはふいに何かに思い当たったようにうなずいた。


「えっ……お、俺のこと知ってる……のか?」

 もしかしてどこかで会ったのに度忘(どわす)れしてしまったのかと焦ったが、ロマンはかぶりを振り。

「いいや。妾と汝は初対面じゃ、安心せい」

「じゃあ、なんで俺のこと……」

「ふふっ。妾と汝……また近いうちに会うことになるじゃろうて」

 そう言ってロマンは一瞬膝を折ったと思ったら、急に重力から解放されたように地面から浮き上がった――いや、ジャンプしたのか?

 よくわからないがおそらく跳躍したロマン派、トイレの屋根に着地し、そのまま近くの木へと跳び移り、それを繰り返してすごい勢いでどこかへ行ってしまった。

 一人残された俺は、我知らずぽつりと呟いていた。


「……猿か、アイツ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


ロマン「ようやく妾の真名(しんめい)が明かされたのじゃ」

???「ククク、真の名を明かすということは――どういうことかわかっておるか?」

ロマン「何奴(なにやつ)――!?」

魔光「我は魔光。冥界の王であり、死を司りし神たりえる存在なり!」

生流「いつの間に設定増えたな……」

魔光「ええい、生流伯爵は黙っておれ!」

生流「はいはい、わかったよまな子」

まな子「こ、コラ、真名を明かしていくでなーいッ!」


ロマン「……次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その7』じゃ」

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