7章 東北を観光するゲーム実況者達 その5

 伊達政宗像の見物に満足した後。

「そろそろ昼だな。何か食べに行かないか?」

「そうですねー。ひょうたん揚げでも食べに行きましょうかー?」

「……やっぱりひょうたんを推してくるのだな」

 どことなく元気のなさそうなまな子。腹が減ってるのかもしれない。


 コイズミの謎の熱意でひょうたん揚げを食べることに決まり――このバカみたいに暑い時になぜ揚げ物と思わなくもなかったが――早速出発しようとした時だった。

「あ、あの、お手洗いに行きたいのデスガ……」

 もじもじと体を捩(よじ)らせた、夢咲が遠慮気味に言い出した。

「む、そ、そうか……」

 見やるとまな子は、火照ったタコのように顔を赤くしていた。

 夢咲とまな子、どっちも追いつめられてる感があるが、より心配だったのは……。

「……まな子、だいじょうぶか?」

「く、クク。何を心配してる……」

「バテてるっていうか……熱中症になってないか?」

「我は魔の球技もしておるのだぞ。体力には少なからず、自信が、ある……」

 足元がふらついてる。こりゃマズいな。


「確か近くに公衆トイレがあったのですよ」

「じゃあ、俺と夢咲で行ってくるから、まな子とコイズミは先に目的地に向かうなり、どこかで涼むなりしててくれ」

「へっ!? せ、生流サンと!?」

 なぜか夢咲はみるみる顔を赤くし、俺から半歩距離を取ってきた。

「なんだ、俺とじゃイヤなのか?」

「え、あ、その、み、ミーは別にその、生流サンが嫌いなわけじゃないデスケド、その、やっぱりものごとには順序というものが……」

「ふふふー。それじゃあ行きましょうか、あけちゃん」

「わ、我には獄炎魔法など……きかぬ。きかぬぞぉ……」

 生気の抜けきったまな子を引っ張り、コイズミは去っていく。


 俺は夢咲の方を見やって訊いた。

「公衆トイレの場所は俺にもわかるが……。場所を教えるから、一人で行くか?」

「い、いえ。その、ついてきても、いいデスケド……」


 彼女は唇を尖らせ、ジロッと睨んできて続けた。

「トイレの中まではついてこないでクダサイネ?」

「……いや、入ったら捕まるだろ?」

「今の格好だったら不自然に思われないんじゃないデスカ?」

 俺は自分の姿を見|下(お)ろした。セリカの格好、女装姿。今朝自画自賛した出来栄えである。しかも使っている化粧品は汗でも落ちにくいものを選んでいる。


「……用を足したくなったら、女子トイレに入るかもなあ」

「み、ミーが終わってからにしてクダサイネ!? それか、生流サンが先にしてクダサイ!」

「なんでさっきからそんなに必死なんだよ?」

「ひっ、必死じゃないデス!」

 こうまで頑(かたく)なだと、かえって気になるのが人情(にんじょう)というもの。


「なあ、夢咲」

「な、なんデスカ?」

「コイズミにさっき何吹き込まれたんだよ?」

「そ、そりゃ、生流サンの……ほ、本心というか」

「……本心?」


「あの、えっと……。自分でも驚いたんデスケド、全然イヤじゃなかったんデス」

 なんのことかさっぱりだったが、ひとまずは夢咲の話に耳を傾けることにする。

「生流サンと住んでても不快になることはなかったデスシ、紳士的な方だと思いマス。少し変わった性癖(せいへき)をお持ちだなと思いマスケド、それでも……」

 段々と声がしりすぼみになっていく。反比例するように、顔が赤くなっていく。

 なぜだか俺の顔も心持ち熱くなっていた。この照りつけるような日差しのせいだろう。


「……せ、生流サン」

 ふいに夢咲は顔を上げ、こちらを真っ直ぐに見てきた。彼女の視線に射抜かれたように俺の胸の内がドキリと震えた。

「あの、ミーなんかでいいんデスカ?」

「……え?」

 唐突な質問に、俺の頭はエラーを起こしかける。

 夢咲なんかでよかった……って、何が?

 訊き返そうにも、彼女の真剣な面持ちを前にしてはそれも気が引けた。きっと俺が重要な何かを聞きそびれたりしたのだろう。


 こうなったら推測するしかない。

 ミーなんかで、ということは俺が夢咲をなんらかの理由で選んだ、ということだろう。

 それに合致する出来事は、初めて会った日に俺がゲーム実況者として弟子入りしたことしかない。

 整理して発言を再構築する。

 おそらく夢咲は『生流サンはミーなんかがゲーム実況者の師匠でよかったんデスカ?』と訊いてきたのだろう。


 となれば、返答は決まってる。

「ああ。俺は夢咲でよかったって思ってる」

「……ほ、本当……デスカ?」

 自信なさそうに問うてくる夢咲に、俺は大きくうなずく。

「ああ。むしろ、お前以外には考えられないよ――って言ったら失礼かな?」

 苦笑して頭を掻き、しゅう恥心を割り飛ばそうとして――気付いた。


 夢咲の顔は熟した林檎さながらに紅くなっていた。しかもなぜか唇を押さえている。

「……おい、夢咲? 大丈夫か?」

「へ、な、何がデスカ?」

「顔、紅くなってるぞ?」

「こっ、これはっ、その……」

 手をぶんぶん振った夢咲は、急に明後日の方を見やりにわかに大きな声を出し。

「あっ、と、トイレ! トイレ行ってきマスネ!!」

 止める間もなく、駆け足で去って行ってしまった。


 残された俺は夢咲の揺れるポニーテール――今日は珍しく一つ結びにしていた――を眺めたまましばしその場で立ち尽くしていた。




 夢咲を待ちながらスマホをいじっていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。

 どうせトイレの利用者だろうと気にしていなかったのだが。


「よぅ、嬢ちゃん」

 なんか軽薄な声がかけられた。

 顔を上げると、いかにも不良といった空気を漂わせた二人組の男が目の前にいた。

 ドクロがでかでかとプリントされた服を着たパンチパーマの男と、てっぺんを茶色にして残り部分を金髪にしたプリンヘアのヤツだ。

 隠せばいいものを、ヤツ等は顔には下心丸出しの下卑た笑みを浮かべていた。


 もしかして俺……、ナンパされているのだろうか?

 いやいや、決めつけちゃダメだろ。人は見かけによらず。何か困っていて、声をかけてきたのかもしれない。

 ここは紳士的な対応を心掛けるべきだろう。

「どうされたんですか?」

 セリカを装(よそお)い、用件を伺(うかが)ってみる。

 するとドクロパンチがおちゃらけた感じで訊いてきた。

「なあなあ、オレ達とどっか遊びに行かね?」


 ……ああ、こりゃナンパ確定だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


夢咲「真古都サンってきれいデスシ、ナンパされたことありそうデスヨネ」

真古都「せやねえ。面倒やけど、よく言い寄られることあるわ」

夢咲「そう言う時って、どうされてるんデスカ?」

真古都「うまーく言いくるめるか、誰かに助けを求めるか、もしくは……」

夢咲「もしくは?」

真古都「……きれいなバラにも棘がある、っちゅうことや」

夢咲「えっと……どういうことデショウカ?」」

真古都「ふふ、さてなあ?」



真古都「次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その6』や」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る