7章 東北を観光するゲーム実況者達 その4
空高く昇(のぼ)った太陽がじりじりと肌を焼いてくる。
熱された全身が汗ばみ、額からとめどなく汗が流れてきていた。
「暑いなあ……」
「そうデスネ」
「このままじゃローストチキンになってしまうのですね。あるものを見たら一旦涼しい場所に休憩に行きましょうかー」
「あるものとはなんであろうか?」
まな子が興味|津々(しんしん)といった様子で訊くも、コイズミは「ふふふー」と笑うだけだ。コイツに質問する時はまともな答えを期待しちゃダメなんだろうな……。
少し歩いたところで、コイズミに教わるまでもなく、いかにもあれが目的のものだろうという造形物を俺は認(みと)めた。
案の定(じょう)、まな子はそれを指して言った。
「見てください。あれが伊達政宗騎馬像なのですよー」
それは躍動感があり、今にも動き出しそうなリアリティもある立派な像だった。
遠目からでもよくわかる細部までこだわった作り――馬の筋肉の捉え方が見事だと思った――に、陽光を受けて黒光りする石の艶やかさがより生々しく存在を浮かび上がらせているような気がする。
政宗像とは対照的に白い台座にも意匠やら何やらほどこされていた。
その台座の前には一対の狛犬(こまいぬ)がいる。こちらは経年(けいねん)による劣化が目立っていたが、それでも政宗像に負けないぐらい丁寧に作られたのだろうというのが毛の先など細部にいたるまできっちり彫(ほ)られた様から窺える。
「オゥ。堂々とした佇(たたず)まいのスターチュゥデスネ」
「感じる、感じるぞ、我と同じ王者の貫禄を!」
「まあ、仙台といえばひょうたんより伊達政宗なのですよね。欧州(おうしゅう)の覇者で、戦国武将として名を連ねる一人ですから」
「……あ、やっぱり仙台とひょうたんの結びつけはコイズミサンの思い付きデシタカ」
「ふふふー。でもいずれは、仙台の特産品にするのがみーの野望なのですよ?」
「……なかなかスケールの大きな野望であるな?」
「頭の上にクエスチョンマークが浮かんでマスヨ」
皆が談笑してる中、俺は無言でじっと政宗像を見上げていた。
きっとコイツは一本筋の通った生き方をしたから――命を賭してでも何かを成そうとしたから後世に名を残すような存在になれたのだろう。
しかしそれに比べて、俺はどうだろうか。
プロゲーマーを戦力外通告され、成り行(ゆ)きでゲーム実況者をしている。
あまりにも情けないと我ながら思う。
しかしこうするしかなかったのだ。
ゲームと共に、生きていくには……。
「――サンは?」
「……え?」
夢咲の声で、我に返った。しかし意識に残ったのは後半の言葉だけで、前半はすっかり聞き逃していた。
彼女も俺が話を聞いていないことを見て取ったのか、『まったく生流サンは』といった感じで苦笑しつつも問いを繰り返してくれた。
「生流サンは好きな戦国武将とかいらっしゃいマスカ?」
「戦国武将か……。ライトな知識しか持ってないぞ?」
「……みんな女体化してそうデスネ?」
「ちなみにお前等は誰が好きなんだ?」
真っ先に答えてきたのはまな子だった。
「ククク。戦国武将といえば、第六天魔王の信長も捨て難(がた)いが、やはり独眼竜の伊達政宗に軍配(ぐんぱい)が上がるであろう」
「……絶対、二つ名に引かれてるだけだろう」
次(つ)いでコイズミが口を開いた。
「みーは明智光秀(あけちみつひで)なのですよ」
「ええ? アイツ、裏切り者だろ?」
「ふふ、そういう部分も含めて魅力的なのです」
……そういう部分もひっくるめて、コイツらしいといえばらしいか。
「じゃあ、夢咲は?」
「ミーはその、北条氏政が好きデス」
「……誰?」
「たさいさん、歴史の授業はお昼寝されてたのですか?」
「いやまあ、あまり歴史は……っていうか、現国以外の教科は全滅だったけど……」
「しかし氏政が隙とは珍しいな。何故(なにゆえ)、氏政に対して敬意を持っているのだ?」
「敬意というほどでのものではないのデスケド……」
夢咲は青空を見上げ、ぽつぽつと言葉を置いていくような調子で話した。
「当時、最大勢力であった豊臣秀吉に対して、敵(かな)わぬとわかっていながらも最後まで徹底抗戦し、敗北を悟ると自(みずか)ら切腹した――そういう反骨精神(はんこつせいしん)と潔(いさぎよ)さを併(あわ)せ持ったところが、当時の侍(さむらい)スピリットらしいな、と。そういう意味でクールだと思いマスネ」
「クク、なるほど。散る時に散るからこそ、花は美しい……というわけだな」
「あと、その。愛妻家(あいさいか)というのも、素敵だな……って」
そこで夢咲はちらちらとこちらを見やってきた。
はてなんだろうと思ったが、少し遅れて自分の番だと気付いた。
「俺はやっぱり上杉謙信だな」
「おお、越後の龍なのです?」
「……どうせ謙信に女性説があるからデショウ?」
「当たり前だ!」
天地に響かんばかりの肯定の返事をしてしまった。
勢(いきお)い止まらずそのまま語り続けてしまう。
「その説が本当なら、歴史上に姫武将って存在が実在したことになるんだぞ!? カッコイイ武将は数多いる。武勇伝の数々には確かに心が躍る。でももし麗(うるわ)しい姫武将が存在するなら、ソイツに惚れる痺れる憧れるに決まってるだろッ!! 天女のごとき身に無骨な鎧をまとい、その細き手で太刀(たち)を握る姿と言ったら――」
いよいよこれからという時に、夢咲が「ちょっと、ちょっと」と服の裾を引っ張ってきた。
「長広舌に熱弁、大いに結構デスケド――」
「なんだよ?」
「今一度、ご自分の姿をご覧になってはいかがデショウカ?」
そう言ってわざわざコンパクトを開いて見せてきた。
そこには可愛らしい女の子が――っていうか自分自身が視線を返してきていた。
こんな子が、男の声を張り上げていたのか……。
羞恥心より先に、気持ち悪さが込み上げてきた。
「あ、あら。ちょっとはしゃぎすぎてしまったかしら」
「……生流サン、デスヨネ? それともセリカサンデスカ?」
割と本気で心配されてるっぽいので、慌てて答えた。
「いや、俺のままだ」
夢咲はほっと胸を撫で下ろし、次いでちょっと怒り顔で続けた。
「もうっ、急に紛らわしいことするのはやめてクダサイヨ」
「すまん、すまん。たださ、こんな可愛い子に男の声を出してほしくないなって」
「羞恥心より先にそっちが気になっちゃいマスカ……」
俺はまたセリカ口調に戻って言った。
「周囲からの悪印象は忘れることができるけど、心に残った傷は一生癒えませんから。早期治療が必須なんですよ?」
鏡を見たまま、セリカの口調で話し続ける。……よし、俺の前にいるのはちゃんと可愛い女の子だ。
「……変わった人なのです」
「同感である」
背後から白い目を向けられている気がしたが、さして辛くはなかった。
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【次回予告】
セリカ「初めまして、白虎さん」
小夏「え、あ、どうもご丁寧に……」
セリカ「ふふ。緊張しなくてもいいんですよ」
小夏(な、なんでしょう、この方……。とてもしとやかで、お美しい方ですわ)
セリカ「わたし、セリカというんです。よろしくお願いします」
小夏「……あ、あの。セリカさま!」
セリカ「なんでしょうか?」
小夏「セリカさまのこと、お、お姉さまとお呼びしても……よろしいでしょうか?」
セリカ「お姉さまだなんて……。そんな風に呼ばれたの、初めてです」
小夏「……すみません。初対面の方に、こんなの……、失礼ですわね」
セリカ「いいえ。いいですよ」
小夏「ほ、本当ですの!?」
セリカ「はい。……よくわからないんですけど、そう呼ばれるの……なんだか懐かしい気がするんですよ」
セリカ「次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その5』ですよ」
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