7章 東北を観光するゲーム実況者達 その3

「せっかく神社に来たのですから、お参りしていきませんかー?」

「そうデスネ。……でも宮城縣護國神社って、どんな神様を祀(まつ)っているんデスカ?」


「国事殉難者(こくじじゅなんしゃ)、つまり戦争で亡くなった人なのですよ」

「えっ……?」

 場の空気が一瞬にして凍り付く。

 コイズミは一人|呑気(のんき)に説明を続ける。

「詳しいことはネットで調べていただければわかるのですが、簡潔に言えば日露戦争で亡くなった戦死者を祀(まつ)っているのですよ」

「……それは神社じゃなくて寺の役目じゃないか?」

「みーに言われても困るのですよ。まあでも、それぐらいみんなに敬意を抱かれていたということじゃないのですか?」


「神として崇(あが)め奉(たてまつ)られる存在か。いずれ我が命を落とした時も、このような立派な建物の中で一時の休息を得るというわけだな」

「……色々とツッコミたいことはあるが。お前、普通に復活するつもりかよ?」

「時が満ちればまた魂に魔力が充填され、我は再びこの地に立つことになるであろう。その時に民草(たみぐさ)は奇跡を前に感涙の涙を流し、我への永遠の忠誠を――」

「あーハイハイ。それじゃあ、参拝に行きマショウカ」


 まな子の妄想をやんわりとぶった切り、夢咲は彼女の背を押して拝殿へ歩いていく。俺とコイズミは顔を合させて互いに苦笑を浮かべた。




 拝殿前で各々賽銭(さいせん)を取り出すが。

「……なあ、夢咲」

「はい、なんデショウカ?」

「俺の目がおかしくなければそれ、0が二つか一つ多いような気がするんだが」

 彼女は目をぱちくりさせて自身が手に持ったものを見やる。

 言うまでもなくそれは万札である。

「ちゃんとしたお金デスヨ?」

「そうだな、俺達が持ってる中で一番立派な金だな」

 ちなみに俺は五円、コイズミは五十円、まな子は十円と夢咲以外の全員が硬貨(こうか)を手にしている。

「別に賽銭の額に決まりはないけどさ、もうちょっと安くてもいいんじゃないか?」

「でも、普段電子マネーで買い物してるから現金って全然持ってないんデスヨ。今回の旅行のために急いでお金を下ろしてきたので」

 と言って見せてきた財布の中にはぎっしりと万札が詰まっていた。


「……こ、これが王者の風格か」

 たじろぐまな子。不思議そうに首を傾げて夢咲が問う。

「まな子サンもこれぐらい持ってるデショウ?」

「我とそなたの国家資産には雲泥(うんでい)の差が……ぐぬぬ」

 認めるのが悔(くや)しいのか、最後まで言い切らずに歯噛みするまな子。こんだけ鳴り響いてると歯の方は擦り切れそうな気もするが……。


「まさかいつも、参拝の度(たび)に万札を納めてたのか?」

「イエス。マザーがそうしてたので」

「そ、そうか……」


 別に他人の賽銭の額に口を挟む必要はないのかもしれない。

 しかしただ何も言わないのもなあ、と胸中にすっきりしないものがあるのも事実。


 頭の中に選択肢が三つ浮かんだ。


1・このまま万札を納(おさ)めさせる。

2・まな子コイズミと話し合う。


 ……いや、でもな。

 付き合いは自分が一番浅いはずなのに、夢咲のことは俺がどうにかしてやらなくちゃなって思いが湧いてくる。

 なんかコイツのことは、放っておけなかった。

「夢咲。賽銭ってのはさ、額だけじゃない」

 俺は彼女の青い瞳を見やって語り掛けた。

「もちろん、納めた額が高ければ高いほどいいって考えもある。でも今回は、他の視点の参拝ってのも試してみないか?」

「他の視点、というと?」

「たとえば、これだ」

 俺は自分の手に持った五円を見せた。

「五円玉。一円玉の次に安い硬貨だ。額の面で見れば、こんなものを賽銭にするのは神に対しての侮辱だろう」

「まあ、いくら賽銭の額が定まっていないとはいえ、もうちょっと奮発(ふんぱつ)すればいいのにとは思いマスネ」

「でもこれがよしとされる考え方もあるんだ」

「というと?」

「五円を賽銭にするのは、神様と|ご縁(・・)がありますようにっていう願いを込めている――つまり縁起のいい額だってな。十五円だと十分ご縁がありますように、四十五円だと始終ご縁がありますようにってな」

「ただの駄洒落(だじゃれ)じゃないデスカ」

「そうだな。他にもあるぞ」

 俺は財布を取り出し、中を覗き込んでから言った。

「手を出してみろ」

「え?」

「ほら、早く」

「は、ハイ」


 差し出された手に、俺は取りだした硬貨をぽんと置いた。

「あの……、これって?」

「何円ある?」

「えっと……113円デスネ」

「そうだな。113ってのはどういう数字だ?」

「自然数で素数デスネ」

 打てば響くって感じですぐに答えが返ってきた。

「……お前、意外と頭いいのな?」

「そうデショウカ?」

 首を傾ぐ夢咲は、ほぼ素の表情だった。得意気だったり自慢気だったり、とにかく褒められて嬉しいといった感情は一切見受けられない。『これぐらい誰だって知ってるデショウ』ぐらいは思ってそうだ。俺だって聞かれたらとっさには出てこないだろうに……。


 若干の敗北感をどうにか振り払い、俺は先を続ける。

「素数の賽銭は割り切れない。だから縁起がいいってされてるんだ」

「割り切れないとどうして縁起がいいんデスカ?」

「割り切れないってことは、断たれない。つまり関係が長続きするってことだ」

 俺は自分の賽銭のために、残った素数になる硬貨の組み合わせ――101円を取り出した。

「だからさ。俺達の関係が長く続くようにって、二人で神様に祈らないか?」

 少しの間ぽかんとしていた夢咲は、やがて「フフッ」と笑声(しょうせい)を零して言った

「弟子はいずれ巣立つものデスヨ?」

「そうだけどさ。でもだからって離れ離れになる必要はなくないか?」

「まあ、独(ひと)り立ちしてもコラボとかするかもしれマセンシ。いいデショウ。じゃあこの113円、お借りシマスネ」

「ああ」

 5万円には遠く及ばないけどな……というか何泊もするんだったら、倍々で増えていくんだろうなあと俺は宿泊費のことを思い、遠い目をしそうになった。


 とにもかくにも俺達は各々自分の願いを胸中で唱え、参拝を終えた。

 俺は無論、これからも夢咲に教えを受けてゲーム実況を続けられますようにと――国事受難者にそんなこと頼んでどうするんだという思いもあったが――祈りを捧(ささ)げた。


 拝殿を離れてから、ふと『どうしてプロゲーマーのことを願わなかったんだ?』と少し後悔の念に襲われた。しかし『まあ、それは自力でどうにかするか』と思い直した。


 それより気になるのが、急にコイズミが夢咲に耳打ちを始めたことだ。

 何やら吹き込まれた彼女の顔が、塗りつぶしツールを使われたかのように真っ赤になる。

「おい、どうしたんだ?」

「せっ、せっ、生流サン、まさかそんなっ……!?」

「……ん?」

「こっ、孔明の罠デスカ!? それとも竹中半兵衛デスカ!?」

「……よくわからないけど、落ち着けって。仙台は伊達政宗――軍師なら片倉景綱(かたくらかげつな)じゃないか?」

「そ、そういうことは直接言ってクダサイ! 不意打ちはひ、卑怯デスヨ!!」

 ……多分、会話が噛みあってないな。

 これ以上話を長引かせても平行線が続くだけだと思い、俺は「わかったわかった」と返しておいた。


 その後コイズミに「お前、夢咲に何を吹き込んだんだよ?」と訊いたが、彼女は「ふふふ、内緒なのですよー」と答えてくれなかった。

 ったく……、やっぱり面倒臭いヤツだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


佳代「仙台って美味しいもんめっちゃありそうじゃん?」

宇折井「そ、そうでござるな」

佳代「芽育っちは何か好きなものってある?」

宇折井「や、やっぱり牛タンでござろうか」

佳代「あー、わかるー! 牛タンマジ美味しい!」

宇折井「あと温麺(うーめん)とか……」

佳代「わかるわかる、あれ、めっちゃウマい!」

宇折井「……でも温麺って、仙台じゃなくて白石の特産品らしいでござるが」

佳代「え、マジで!?」


宇折井「次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その4』でござる」

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