7章 東北を観光するゲーム実況者達 その2

「遠いところからはるばる、お疲れ様です」

 和の雰囲気があり、かつ広々とした玄関で女将(おかみ)に出迎えられる。

 かなり年を召しているように見えるが、ピンと伸ばした背筋からは老いを感じない。

 身にまとった若草色の着物は彼女の引きしまった空気感を一層引き立てており、しっかりした御仁(ごじん)なのだという印象を抱かされる。浮かべた笑みも一級品で、無料でもらっちゃ悪いかなって思ってしまう。


「春守之園へようこそおいでくださいました。わたくしは当旅館の女将、小井豆 冬鞠(とまり)と申します」

 口調も早口ではないがきびきびしたものを感じる。

「皆さんが当館にいらっしゃる間にご不自由がないよう、心を込めておもてなしをさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 そう締めくくり、深く頭を下げてきた。おもわずこちらもお辞儀を返してしまうぐらい、丁寧な礼だった。


「お婆ちゃん、お姉ちゃんは?」

 とコイズミが訊くと、冬鞠|婆(ばあ)さんは真顔で言った。

「知りません」

 一線を引いて拒絶するような口ぶりだった。


 俺はこっそり夢咲に耳打ちした。

「……なんか色々ありそうだな」

「あまり人の家の事情に突っ込んじゃ悪いデスヨ」

「それもそうだな」


 俺達が内緒話をしている間にコイズミがこちらの紹介をしていた。

「この方がみーのお世話になってるゆめちゃん。で、あけちゃんにたさいさん」

 ざっくりとした説明である。首を傾いでいる冬鞠婆さんに俺達は改めて自己紹介をする羽目になった。


「ミー……えっと、わたしは夢咲和花といいます」

 口調を普通のものに直して、名乗る夢咲。まあ、この婆さんにはシャレなんて通じなさそうだからな。外国人だと思われたが最後、徹底して英語で話しかけられる羽目になるやもしれない。訂正したらしたで冷ややかな目で見られるだろうし、彼女の判断は賢明なものだっただろう。


 ただ、俺の場合は他人(ひと)ごとでなく当事者である。

 自身の格好を見下ろすまでもなく、腿(もも)の素肌が合わさる感触からわかる。今、女装してたんだったなあというのが。

 マジでどうしよう。

 セリカとして突き通すべきか、はたまた女装趣味のある男として認知されるべきか。


 ふと冬鞠婆さんは首を傾げた。

「そういえば、未衣さんと来られる方は女性の方が二人、男性が一人とうかがっていましたけど」

 ……すでに情報は筒抜けだったらしい。

 となればごまかすのも無駄だろうが。

「あの、わたし田斎丹生流というんです」

「田斎丹様、ですね」

「あ、はい。実はわたしその、男性でして……」

「まあ」

 冬鞠婆さんが驚きゆえにだろう、目を見開く。

「でもその、できれば女性と同じように接していただけると嬉しいのですが……」

「はあ、了解しました……」

 ぱちくりと瞬きしながらも冬鞠婆さんはうなずいた。


「……思い切ったことしマシタネ」

 こっそりと夢咲が話しかけてくる。

「女装で男性として振る舞うよりこっちの方がダメージ少ないかな、ってな。……自分の感性に狂いが生じてきてる気がするが」

「いえ、ミーに言われましても……」


 最後はまな子だ。果たしてどうするのかと自分の時と同じぐらいハラハラしながら見守る。

「明智まな子だ。ここにいる間はそなた等の世話になる。よろしく頼む」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 互いにお辞儀し合って挨拶が終わる。

 まな子らしい挨拶ではあったが、想像していたよりは大分落ち着いた感じだった。


「みー達はこの後、荷物を置いて観光に行ってくるのですよ」

「そうですか。道中、くれぐれも気を付けるんですよ」

 その時の言い方だけは、孫を気遣う祖母のものだった。

 コイズミは「はいー」といつも通りどこか気抜けた返事をした。


   〇


 旅館に荷物を置き、俺達は再び門の前へ。

「さあて、皆の者。どこへ赴(おもむ)こうか?」

「時間はたっぷりありマスネ。朝早くに出た甲斐(かい)がありマシタ」

「……新幹線乗り遅れるところだったけどな」

 夢咲は「アハハ」と笑ってそっぽを向く。


「仙台に来たら、外せないものが一つあるのですよ」

 自信たっぷりに指を一歩立てて言うコイズミ。

「お、なんだ? 伊達政宗か、それとも松島か?」

「いえいえー。まあ、行ってみてからのお楽しみなのですよ」

 意味ありげに笑うコイズミ。

 俺達は期待半分、不安半分で彼女の後についていくことにした。

 まあ、地元民だから多少信頼はしているが……。


   ○


「じゃじゃーん! 宮城縣護國神社(みやぎけんごこくじんじゃ)なのですー!!」

 短い石段を上り鳥居をくぐった先には、紅(あか)をふんだんに使った拝殿(はいでん)があった。薄緑色の屋根がより一層その紅色を引き立てている。

 しかしそれ以外にも紅いものが存在していた。

 拝殿の右手前、そこに遊園地のアトラクション・空中ブランコみたいな形状のものが置かれていた。


 コイズミがそっちの方へ俺達をつれていき、空中ブランコもどきを示し。

「これが仙台の隠れシンボル、ひょうたんなのですよ!」

 と堂々告げた。

「え、ひょうたん……デスカ?」

「はいなのです」

 よく見やると、確かにおびただしい量吊り下げられているのはひょうたんだった。無論のことひょうたんも真っ赤で、金の文字が何やら書かれていた。


「なんでこんなにひょうたんが吊り下げられてるんだ?」

「このひょうたんには厄除(やくよ)けの効果があると信じられているのです。これに息を吹き入れることで、体の中の悪いものを閉じ込めることができると信じられているのですよ」

「いかにもありそうな話だな」

「それゆえに、ひょうたんが仙台のシンボルというわけか?」

「いえいえ。仙台とひょうたんの結びつきはまだあるのですよ」


 コイズミはスマホをポシェットから手早く取り出し、画面を見せてきた。

「今日は時間的にいけないのですが、実は仙台にはひょうたん沼というものがあるのです」

 スマホの画面にはまあ悪くないがよくありそうな景観の池が映っていた。

「……これは?」

「大堤(おおつつみ)という、大堤公園にある池なのです。これは上空から見るとひょうたんの形に見えることからひょうたん沼と呼ばれているのですよ」

「ククク、そこには悪しき魔獣が封印されているというわけだな」

「そんなこと、あるわけないデショウ。まあ、龍や妖怪が住んでるっていう伝承が残ってるかもしれマセンケド」

 ちらと夢咲が小泉を見やったが、彼女は微笑したままかぶりを振った。そんなものは存在しないらしい。まな子はがっくりと肩を落とした。


「それと仙台にはひょうたん揚げっていう名物もあるのですよ。あとでみんなで食べに行きましょうかー」

「本当にひょうたんだらけだな、仙台」

 俺の中の仙台のイメージが伊達政宗や松島からひょうたんへとすり替わっていく。

 ……いやまあ、どう考えても前者の方がシンボルって感じがするんだが……ううん?


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【次回予告】


ハルネ「ハルネね、温泉好きなんだー」

コイズミ「温泉はいいのですよ。体に良くて、気持ちよくて、心もぽかぽかになるのです」

ハルネ「いつかコイズミお姉たまのお家(うち)の温泉にも入ってみたいなー」

コイズミ「大歓迎なのですー。その時はぜひ、たっぷりおもてなしさせていただくのですよ」

ハルネ「うわー、楽しみ!」


コイズミ「次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その3』なのです」


ハルネ「ハルネね、じゃぶじゃぶーってするの好きなんだー」

コイズミ「……ええと、それは多分温泉じゃなくてジャグジーなのですよ?」

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