7章 東北を観光するゲーム実況者達 その1

「ここが宮城県デスネ! イッツァ・エクセレントデス!!」

 夢咲が両手を上げてハイテンションな歓声を上げる。

「……いや、新宿駅とあんまり変わらなくないか?」

 俺達が降り立った場所は仙台駅。

 円形のロータリーといい、周囲の高層ビルといい景観(けいかん)がよく似ていた。


「ハァ、生流サンはわかってないデスネ」

「何をだよ?」

「旅先ではとりあえずテンションをハイにしておく。これがトラベルをエンジョイするコツデスヨ」

「んなスタミナの無駄遣いを勧められてもな……」

「ダメダメなのですー、たさいさんは」

「……苗字を呼ぶのはいいけど、あと一文字頑張れよ。“に”だけだろ」

「いえいえ、その一文字が意外と面倒だったりするのですよー。それにたさいさんの場合は最後の“に”が二番手って感じがしませんかぁ?」

「別に」


「……もしかして、本気でイヤだったりしますのです? たさいさんって呼び方」

 恐る恐る訊いてくるコイズミに俺は「いや」と首を振って答えた。

「実際のところ、呼び方なんてのはどうでもいいんだ。本当に。たさいさんでもたさいくんでも、たさい様でも、なんでも構わない」

「さらっと最後に欲を見せてきマスネ」

「わかるぞ、生流伯爵。我自身も世界中の人間に己のことを『魔光様』と呼ばせて、ひれ伏させる野望を持っているからな」

「……冥王を名乗る割にはちっぽけな夢なのですー」


「まな子は大学でセミナーをするんだろ? だったら、先生の敬称がつくんじゃないか?」

「……魔光先生。アハ、HAHAHA!」

 夢咲が腹を抱えて品性を忘却の彼方へ吹っ飛ばすかのような声で笑いだす。

「なっ、何がおかしい!?」

「だ、だって、まな子サンが、先生って……HAHAHAHAHAHA!!」

「わ、笑うでない、無礼者めぇ!!」

 じゃれつくまな子に、なおも笑うのをやめない夢咲。

 なんだかんだ、この二人って仲がいいんだなあと微笑ましく眺めていた。


 ただ、このままだと談笑してるだけで日が暮れてしまいそうなので、頃合いを見計(みはか)らって俺が収拾をつけることにする。

「で、これからどうする? 俺達もまな子も、用事は明日だろ?」

「はぁ、はぁ……。そうデスネ……。コイズミさんはどうデシタッケ?」

「みーも今日はフリーなのですよ」

「じゃあ、みんなで観光でもしマショウカ」

「ククク。遠くない未来、我が占有することになるであろう地を視察するのもまた一興か」

「……そんな日は絶対に来マセンカラネ?」


 さあ観光に行こうかという空気で、コイズミが「あのー」と手を軽く上げて言った。

「ひとまず、荷物を宿に預けてからにしませんかー?」

「ああ、そうデスネ」

「宿ってここから近いのか?」

「ちょっと離れてるのですけど、近くに観光地があるのでそこを観光すると楽しいと思うのですよー」

 かくして俺達はまず、コイズミの実家である宿に向かうことにした。


   ●


「ここがみーの実家なのですー」

 とコイズミが差したのは、建物ではない。まだ入り口というか、門だ。

「……でっかい門だなあ」

「どことなく風情(ふぜい)がありマスネ」

 門に掛けられたデカい看板に余白を広く取りぽつぽつと書かれた字も、どことなく趣(おもむき)を感じる。


「……なんて読むんだアレ?」

「簡単な漢字も、書き方が達筆だと途端に難読になりますですよねー。春守(はるかみ)之|園(その)。それがこの旅館の名前なのですよ」

「……ああ、守るってかみって読むっけ」

「元々あった春守温泉からつけられた名前なのです。当旅館は遥(はる)か昔から地元の方達に愛されてきた春守の湯で、皆さんにゆったりとしていただきたいという思いから生まれたのですよ」

「ふむ。どことなく旅館の主(ぬし)といった説明ぶりであるな」

 まな子の感想にコイズミは「ふふふ」と笑った。

「みーは将来、この旅館を継ぐつもりなので」

「え、そうなんデスカ?」

 一番付き合いが長いはずの夢咲がビックリしていた。

 まあでも、ビジネスパートナーってのはあまり自分のことをさらけ出して話す機会はあまりないか。


 まな子は「そうなのですよー。女将(おかみ)の卵なのですー」と軽く胸を張って続けた。

「だけど学びたいことがあって、大学に行きたかったのです。あと、日本の中心地の東京に一度ぐらいは住んでおきたかったので、無理言って上京させてもらったのです」

「……ただお気楽でマイペースなヤツじゃなかったのか」

「むう、そう思われてたのですか? 心外なのです」

頬を膨らませて怒るコイズミに俺は「すまん、すまん」と謝る。


 もとよりそんなに腹が立っていたわけではないのだろう、すぐに機嫌を直してコイズミが言った。

「なのでですね、ここにいる際はコイズミもお家(うち)のお手伝いに行ってふらっと姿を消すこともあるかもなのですが、あまり気にしないでほしいのです」

「ああ、わかったよ」

「では御一行様、ご案内なのですー」

 コイズミに連れられて、俺達は春守之園へ足を踏み入れた。


 息苦しくならない程度に生え集(つど)った木々に覆われた道を進んでいくと、まさしく日本庭園といった感じの景色が視界に広がってきた。

 見えてきた建物も古い時代に貴族が住んでいたような、立派な外観である。

「……ほ、本当に立派な場所だな」

「う、うむ」

「そうデスネ。なんだか和みマスネー」

 少し委縮している俺とまな子とは違い、リラックスしている夢咲。


 俺はコイズミの方へ近づき、こっそり訊いた。

「ここって、一泊いくらぐらいするんだ?」

 コイズミは口の下に手をやり、「そうですねえ」と呟き言った。

「大体、5万円前後なのですよ」

「ごっ、ごまん……」

 すぐに頭の中で漢字に変換できなかった。

「あ、代金の方はすでに三人分ゆめちゃんにいただいているので大丈夫なのですよ」

「……じゅ、十五万を一人で……!?」

「はい。……あ、これは言わないでくれっておっしゃられてましたっけー。くれぐれもゆめちゃんには秘密にしてくださいなのですよ」

 唇の前で人差し指を立てるコイズミ。

 俺はちらと夢咲の方を見やり、金輪際(こんりんざい)彼女に足を向けて寝ないようにしようと心に誓った。


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【次回予告】


至里「……十話以上前から私達は待機しているわけだが」

ロマン「そうじゃのう」

至里「一体いつになったら出番が来るのだろうか。もしやこのまま放置され続けて気が付いたら一年以上経っているなんてこともありうるのだろうか? それともこの控え室は噂に聞く○○をしないと出られない部屋なのか?」

ロマン「落ち着くのじゃ。ほれ、新しい茶を淹れたぞ。菓子は羊羹でよいか?」

至里「もしやこうして私を太らせようという策略か。せめて人並みに太らせて、ビジュアル映えさせようという……」

ロマン「おーい、戻ってこんかー」


至里「……おっと、私としたことが。次回、『7章 東北を観光するゲーム実況者達 その2』だ」

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