6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その8
黙りこくってしまった俺を、まな子は同じく無言で見てきていた。
その瞳がなぜか彼女の体から浮き出て、間近にあるような気がした。
圧迫感を与えてくる。でもどうしても、目を逸らすことができない……。
「やはり、引きずっておるか」
「何を……だよ」
「大会での敗北を、だ」
俺は唇をかんだ。
引きずってるも何も、俺は一ヶ月以上もずっと、夢に見ていた。
頭をずっと離れず、何度も何度も思い返していた。
時折何もかも手も付かず、ぼうっとしていたことがどれだけあったことか……。
「お前には……わからねえよ」
ぼそっと口に出していた。
考えて出た言葉じゃない。
ただ我知らず、言っていた。
一度発した言葉はもう理性では止めることができず、五月雨(さみだれ)のごとく続きが出てくる。
「失敗した瞬間が、フラッシュバックみたいに頭の中に蘇ってくるんだ。その試合の動画を狂ったように何度も何度も見て、この時に戻れたら……、もう一度やり直せたら、今度こそ上手くやるのにって思うんだ。でも実際はそんなことできっこないし、ただただ心を苛(さいな)んで、無為(むい)に時間を過ごすだけなんだよッ!! でもプロだったら、プロのままだったらまた……次の大会に向けて頑張ろうって思えるんだろうな。でも俺はもうそんな肩書きのない、ただの一般人だ。それにさ、薄々気づいてたんだよ。自分にはプロ相応の実力なんてものはない、ただの運のいいヤツだったってな。『エデン』がなかなか大会で結果を残せなかったのも、きっと俺がいたからなんだ。もしも俺がいなかったら、『エデン』はとっくに世界に名を馳せる強豪チームになってたはずだ。かえってよかったのかもしれないよな、俺がチームからいなくなって。『エデン』は存続しているし、きっと次の大会で優勝して一躍有名になるんじゃないか? 俺より強いルーキーなんて星の数ほどいる。チームワークさえどうにかなりゃ、『エデン』なら世界大会で優勝するなんて楽勝だよ。だってお荷物が一人減るんだもんな。知ってるか? ムートゥーブにさ、俺が暴走してるところを切り抜いた動画がアップされてるんだぜ。まあ再生数はそこまで伸びてないけど、コメント欄にはずらっと『こいつザッコ』『俺の方が上手いわ』『なんでコイツがプロなん?』『引退して当然w』みたいなもんが並んでるんだぜ。いやはやまったく、その通りで返す言葉がねえよ。でも仕方ねえだろうがよ……、俺が――」
「もうそこまでで結構だ」
まな子は俺の長広舌(ちょうこうぜつ)を止め、「ふう」と長い息を吐いた。
「……まだプロゲーマー意識が根強く残ってるようだな」
「プロゲーマー意識?」
「そうだ。強くありたい、上手くなりたい、大会で結果を残したい――そんな思いを抱いて戦っているがゆえ、時にeスポーツプレイヤーは負けた反動で鬱症状になることがある」
「……知ったような口ぶりだな?」
やや好戦的な態度で訊くと、彼女は「うむ」とうなずいた。
「気に食わんだろうが、許せ。なにせ我もプロゲーマーの端くれだからな」
「……は?」
くすぶるように心に根付いていた敵意が、一気に消えた。代わりに呆気にとられたような思いが胸中に残った。
「……プロゲーマーって、お前が?」
「そこそこ有名なのだぞ。知らんか?」
「いや……。プロゲーマーの名前って、魔光で登録してるのか?」
「そうだ。プロとしてプレイしているゲームは『天変チー』である」
「……どっちかっていうとマイナーな種目だな。ゲーム自体は有名だけど」
eスポーツは競技性があればどんなゲームでも種目になりうる。
メジャーどころは格ゲーやシューティング系だが、パズルゲームやカードゲームといったものも大会が開かれている。
競技人口に差が生まれてしまうのは、eスポーツが画期的な海外で有名なゲームの方が賞金が高く、選手が増えやすいからだ。
「『天変チー』の賞金だけだと、生活するのは難しそうだよな。そもそもスポンサーを見つけるのも難儀しそうだし……。だからゲーム実況者をやってるのか?」
まな子は「いいや」とかぶりを振った。
「プロになる前からゲーム実況はやっていた。風の噂で『天変チー』がプロライセンス所持希望者を募(つの)っていると聞いたから『これは好機である』と思って応募し、与えられた試練を見事に突破した。かくして我は『天変チー』のプロゲーマーになったというわけだ」
まな子は腕を組み、ふんぞり返ってふんすと太く鼻息を出した。
「……へえ。ちなみに、戦績はどんなもんなんだ?」
と訊いた途端、瞬間的にピシッと場が凍り付いた。
正確には、まな子が一切の身動きをしなくなった。瞬きさえしない。
ココアはとっくに冷め切り、湯気はとっくの前に失せている。
時が止まったかのような静寂。思考に用いる言葉すらもスポンジに吸われたがごとく一切浮かんでこない。
犬の遠吠え――よくもまあマンションの上階まで届いたもんだ――を耳にして、俺は我に返った。
まな子は未だに身じろぎすらしない。
俺は恐る恐る言った。
「……なあ、言いたくないなら別にいいんだぞ? そりゃまあ、気にはなるけどどうしても知りたいってわけじゃないんだし――」
「――勝だ」
「……え?」
よく聞こえなかった。掠れたような声だったからだ。
「すまないが、もう一度言ってくれないか?」
「……もう一回しか言わん。知りたくば、耳を澄ましておけ」
俺はきっちり一回うなずく。
まな子は眉間に皺を寄せ、明らかに葛藤した様子で俯(うつむ)いた後、言った。
「0勝だ」
「えっ、全勝?」
「――ッッッ、0勝である、0勝!! 何度も言わせるでないッ!!」
涙目になり、悲痛さマックスな様子で怒鳴ってきた。俺は「どっ、どうどう、落ち着け」となだめる羽目になった。
はあはあと肩で息をするまな子。
「……大丈夫か? シャトルランでもした後みたいになってるぞ?」
「シャトルラン……とはなんだ?」
「シャトルランってのは、持久力の測定方法だな。合図音に間に合うように延々と20メートル走をさせられるんだ。後半になるとだんだん辛くなってきてな。そうなる前にリタイアすればいいんだけど、でも負けるのもイヤで……ってなって、自分を追い込ませられるっていう気の狂った拷問だ。発案者に会ったら一発ビンタをくれてやりたい」
ビンタの素振りを始めた俺を、今度はまな子が「し、静まれ悪しき悪魔の魂よ!」となだめてきた……のだろうか? 中二発言のせいでよくわからんが。
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【次回予告】
愛衣「0勝なのだ?」
まな子「それをこの場で訊くか……?」
愛衣「ご、ごめんだぞ。……そ、そんなに睨まないでほしいのだ」
まな子「ふん……。ところで、愛衣嬢は負けて悔しかったことってあるか?」
愛衣「あ、今回のトークテーマはそれなのだ?」
まな子「定型化しつつある、因習の種……ククク、刈り取りたくなるな」
愛衣「別にそんな、因習っていうほど悪いものじゃないと思うぞ?」
まな子「むう、そうか。で、質問の答えは?」
愛衣「せり……ノーコメントなのだ」
まな子「ふむ……?」
愛衣「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その9』」
まな子「ちなみにアワセというヤツは、ここ一週間近くゲームの大会の敗北を引きずって落ち込み続けているようだな」
愛衣「……色濃く作品に投影されてるのだ」
※カクヨムの登場人物のアップデートに失敗していたので訂正させていただきました。
カクヨムのver2.1はなろうのver2.0と内容は同一です。
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