6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その7

 キッチンの電気だけをつけて、俺は薄暗いリビングに座っていた。

 カチャカチャと音がするのは、まな子が飲み物を用意しているからだ。


「料理はするなよ? 絶対にするなよ?」

「ククク、それは押すなよの法則であるな?」

「いや、フリじゃなくてマジで。もし劇物……いや毒物を持ってきたら、その時点で俺は脱兎と化すからな?」

「獅子は兎を狩る時も全力になるものであるぞ」

「あ、俺もう部屋に戻っていいか?」

「嘘だすまんもうちょっと待っててくれぬかココア淹れてるから」

 超早口で言われた。

 仕方なく俺は浮かしかけた腰を戻し、まな子が来るのを待つことにする。


「のう、生流……伯爵(はくしゃく)とやら」

「せめて侯爵(こうしゃく)にしてくれないか?」

「ならば男爵(だんしゃく)だ」

「……伯爵でいい」

 鼻による端的な一笑をかまされた。なんかムカつく。


「生流伯爵よ。そなた、以前はプロゲーマーをしていたらしいな?」

「昔の話だ」

「その言の葉を使うにはまだ若すぎると思うが?」

「お前には言われたくないな。年下だろう?」

「何を勘違いしているのかは察しが付く。我は――」

 続けて言われた年齢を聞いた途端、俺の中で衝撃が駆け抜けた。

「おまっ、マジで!?」

「こんなことで嘘を言ってどうする」

「……まあ、そうだよな。女性ってのは大抵、実年齢から引くことはあっても足しはしないもんだ」


 まな子が湯気の立つカップを二つ持って、こちらへやってくる。

 置かれたカップを俺はまず覗き込み、次いで臭いを嗅いだ。異常なところはない。ごくごく普通のココアみたいだ。

「……毒は入れておらぬ」

「媚薬は?」

「辛口の皮肉でも欲しいのか?」

「いいや」

 俺はカップを持ち、くいっと傾けた。普通に甘くほろ苦いココアだった。

「どうだ?」

「美味いぞ。手料理の百億倍ぐらい」

「その舌、引っこ抜いてやろうか?」

「お前は閻魔大王じゃなくて冥王だろう?」

「ふっふっふ。拷問(ごうもん)は我の十八番(おはこ)だ」

「舌を引っこ抜かれたら何もしゃべれなくなるし、拷問どころじゃないだろうが」

「舌がよく回るな。ゲーム実況者を目指すだけはある」

「いや、もう一応ゲーム実況者なんだが?」

「ククク。そうであったな」


 まな子はパジャマについた胸ポケットからスマホを取り出し、机上に置いた。

「そなたの動画、見させてもらった」

「お、おう」

 ちょっとばかし緊張してしまった。今まで夢咲以外に面と向かって、『お前の動画見たよ』と言われたことがなかった。天空として実況してた頃だって――俺が頼んだ体なのだが――愛衣は感想を言ってこなかった。

 ゆえに俺にとってまな子の一言は未知なるものだった。


「……感想を言っても構わぬか?」

「え、あ、その……。ちょっと心の準備をさせてくれ」

「待とう。冥王は寛大であるからな」

 今だけはその設定がありがたかった。

 何度か深呼吸した後、俺は高鳴る胸を押さえて言った。

「い、いいぞ。言ってみてくれ」

「……そう緊張することはない。我の感想はあくまでもコメントの一つと同価値だ。好評であれ酷評であれ、それですぐどうこうなるものではない」

「だけど、こうして実際に夢咲以外から動画について何か言われることって、その、初めてだから……」


 まな子はスマホを操作し、わざわざ俺の動画を映してから言った。

「めんこい」

「……はい?」

 俺は思わずぽかんと口を開いてしまった。それはまったく予期していなかった角度からの感想だった。

「非常にめんこい。話し方から所作、声、容姿。その全てが愛らしい」

「いやあの、お、俺が聞いたのは実況の感想なんだが?」

「実況者自身も、要素の一つだ。そやつが|どういうヤツ(・・・・・・)なのかで、実況の評価というのはいかようにも変わる」

 まな子の顔も声音も真剣そのものであったため、俺は何かを言うのをやめ、だまって傾聴することにする。こそばゆくて、顔が赤くなっているのが気になるが……。


 彼女はココアを一口含み、唇を舐めてから――舐められた箇所はやや茶色に染まった――先を続けた。

「卓越したプレイングというギャップも、今のところはプラスに働いているように思える。下手したらただプロゲーマーが上手いプレイングするよりも、注目を集めるやもしれん」

「ギャップ萌えか」

 言ってから少し茶化してしまったかと不安になったが、まな子は「そういう言い方もできるな」とうなずいた。

「我が盟友のことだ、意図してやったのだろう。大した慧眼(けいがん)である」

「ただ楽しんでるだけだったような気がするが?」

「真なる天才は、普段は道化を装っているものだ。まあ、常に才気を発している我のような存在もいるがな」

「……才気って、そういう意味じゃないぞ」

 ツッコミを入れたが、高笑いをしているまな子は聞いちゃいない。

 こんなにも簡単に有頂天(うちょうてん)になれれば、きっと人生は楽しいだろうな。


「つまり俺の――いや、セリカの実況は面白いってことか?」

「ああ、面白い」

 意外にもあっさりと肯定されて、俺はちょっと拍子抜けした。

「セリカ女史――否、女伯爵と呼ぶか。彼の者の実況は面白い。新人(・・)とは思えないぐらいにな」

 まな子の目つきが、鷹のもののように鋭くなった。

「でも俺は新人だぞ? まあ、鳴かず飛ばずで少しの間やってたことはあるけどな」

「すでに見させてもらった。あの我の料理に劣る動画はな」

「……そこまでか」

 さすがに少し落ち込んだ。

 まな子は今度もわざわざスマホに動画を映した。それは俺が生流(おれ)のまま実況しているものだ。

「確かに面白くはないけど、一応ためにはなると思うんだがな……」

「ただの攻略動画で再生数が伸びるなら、誰も苦労はせん。それに大会で暴走してクビにされた者の解説を好んで聞きに来る者――物好きはそうそうおらんわ」

 大会――その単語が、ココアで溶けかけていた後悔を再び呼び覚ました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


乙乙乙「ふわぁ……。次回予告の時間?」

生流「乙乙乙って、本当によく寝てるよな。来世はコアラにでも生まれ変わってるんじゃないか?」

乙乙乙「コアラは……困る。ゲーム、できなくなるから……」

生流「じゃあ、規則正しい生活を心掛けなきゃな」

乙乙乙「……プロゲーマーにそれって、できる……?」

生流「いやまあ……無理だな」


乙乙乙「次回……『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その8』」

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