6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その6

 夢を見ていた。

 俺のせいで『エデン』が世界大会に敗れた日。

 プロゲーマーを引退した日のことだ。

 何度も何度も後悔して、思い出す度(たび)に喉でも掻き切って死にたくなった。


 勝負とは時の運に左右されていて、不条理に負けることだってある。

 いくら最善策を取ったと思っても、それは机上のことであり、実際の戦場においては愚策こそが正解だったりもする。

 しかし俺の単独での突撃は、どれだけ寛大(かんだい)な目で見ても、擁護しようのない暴走である。神風特攻隊だって、もうちょっとマシな作戦を考えたはずである。


 夢の中でも、『エデン』のみんなは優しく慰めてくれている。


 ――仕方ないよ。

 ――せーりゅうは、悪くない。

 ――どんまい、どんまい。マジナイスファイトだったって。

 ――なあ、マネージャーとして、残らへん?


 それはどれも俺を気遣うものである。

 だがゆえにこそ、心に来る……。

 みんなのかけてくれた言葉が、逆に胸中を容赦なく締め付けてくる。


 もう、やめてくれ。

 俺を責めてくれよ。なんでそんな優しい言葉ばかりかけてくるんだよ……?

 あんなのどう考えたって、俺が戦犯だろ!?

 怒られてしかるべきだ。殺●れたって構わない。

 でも、慰めるのだけはやめてくれ。同情されるのはイヤなんだ。

 だって、自分で自分を責めなくちゃならないから。ずっとずっと忘れられずに、自分を苛み続けなくちゃならないから。


 生きてるのがイヤになってくる。

 死にたい。死にたい。

 もう誰か俺を●してくれ。心臓をナイフで貫いてほしい。崖の上から突き落としてほしい。頭を鈍器か何かでかち割ってほしい。

 だってこんなヤツ、生きてる価値なんてないだろ……。

 人から指示されたことを、守れないヤツなんて、さ……。


   ●


「――っは!?」

 目が覚めた。

 自室――ではなく、夢咲家で借りている部屋だ。


 なんだか気持ち悪い。猛烈な吐き気がした。

 身を起こそうとして気付いた。全身、ぐっしょりと汗をかいている。

 ……いや、そんなこと今はどうでもいい。


 口を押さえながら、這うようにして部屋を横切り、もたれかかるようにドアを開ける。

 そのままトイレへ行き、電気をつけることもなく中に入り、蓋を開いた。

 便器の中を覗いた途端。


 胸を塞いでいたものが、一気に口から溢れた。

 酸っぱい味が口の中を蹂躙する。イヤな臭いが鼻の奥からぷんと漂ってくる。

 それは秒数に直せば短時間の出来事なのだろうが、俺にとっては長いこと吐き出し続けていたように思えた。


 ようやく収まった頃、ひどく体が冷たくなっていた。夜とはいえ、夏場はクーラーをつけていあにと蒸し暑くて寝苦しいぐらいなのに。


 特に冷たかったのが、頬だった。

 寒いなんてもんじゃない、まるで冷水でも浴びたような……いや、本当に濡れていた。

 俺は泣いていた。まるで堰(せき)を切ったかのように。

 嗚咽を噛み殺そうとするも、力が入らなかった。

 どうにもならないぐらい、俺は泣くことを切望していた。

 いくら泣いたって、現状は何も変わらない。当然、過去もそのままだ。

 けれどもそうする以外のことが思いつかなかった。

 暗闇の中、俺は一人ずっとそうしていた。


 このまま孤独に消え去ってしまいたい――いっそのこと、セリカに乗っ取られてしまってもいい。

 頼むから、“生流”という存在をこの世から消し去ってほしい

そう願った時だった。


「……こんな常闇(とこやみ)の間で何をしている?」

 ふいに声をかけられ、俺はビクッと体を震わせ振り向いた。

 そこには、ちっこくも尊大に胸を反らした少女――


「……まな子?」

 名を呼ぶと、「まな子ではなく魔光である!」とキレたが、無視しておく。

 彼女が今着ているのは黒いフード付きのローブではなく、夢咲から借りたであろうぶかぶかのパジャマ姿だ。なんだか少し微笑ましかった。


 まな子は俺の名を強調するように発音して訊いてきた。

「今のそなたは生流(・・)であるな?」

「ああ。……残念だけどそうだ」

 そう言うと、彼女は怪訝そうに顔をしかめた。

「我が灰色の頭脳をもってしても、その言の葉(は)の意味が理解できんのだが」

「いや、理解なんて求めてないよ」

 俺はレバーに手をかけ、便器の中のものを流した。ジャーッと音を立てて、吐き出したものを渦の中へと飲みこませる。やがてそれは浄水場にてきれいな水に変えられ、川を流れて潮満ちる海へと辿り着くのだろう。もっとも、きれいになるということは汚れという存在はどこかで抹消されるのだろうけど。


 自嘲的な笑いが零れた。

「……まあ全部冗談だ。忘れてくれ」

「そういうわけにはいかんな。我はアカシックレコードなるものといかなる時もリンクしているのでな」

「そうかよ。じゃあ忘れたふりをしてくれ」

 立ち上がり、口元を手の甲で拭う。それを便座の上から流れる手洗い用に水で流した。

 タオルは使わない。便座の上で水を切って、あとは洗面所で石鹸で洗うことにする。


「じゃあ、ゆっくりしていってくれ。おやすみな」

 そう言ってまな子の横を通り過ぎてすぐ、背中から服を引かれた。

 なんだろうと振り返ると、まな子が眼帯をつけていない両目で俺のことを見上げていた。

「……手を洗った後、しばし待て」

「なんだよ?」

「魔の者同士で、夜会をしようではないか」

「夜会って、なんだよ?」

 と訊くと、まな子はもじもじと体を捩らせ始めた

「か、語らいだ。拒否は許さん」

 そう言い残して、彼女は俺の服を放してバタンとトイレの戸を閉めた。

 残された俺は肩を竦(すく)めて、とりあえず洗面所に向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】


夢咲「ストーリー上の季節は夏で、春はずっと先なんデスヨネ。ちょっと小夏サンが羨ましいデス」

小夏「名前に夏が入ってるからですの?」

夢咲「イエス。ミーの名前は春って感じなので」

小夏「でもわたくし、季節の中だと春が一番好きなんですの」

夢咲「そうなんデスカ?」

小夏「はい。桜の花が好きなので」

夢咲「あっ、ミーも桜は大好きデス! 来年は一緒にお花見でも行きマショウカ?」

小夏「うふふ、楽しみですわ」


夢咲「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その7』」

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