4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その1
朝の8時といえば、プロゲーマーの多くは就寝中の時間だ。
というのもeスポーツ化するゲームの多くは海外で人気のタイトルが多く、時差的に深夜の方がマッチしやすい。国内タイトルに限定しても、昼間はみんな学校や会社に行っているから過疎っている場合が多い。ゆえに午後に起きて夜に集中的に特訓し、朝になったら寝るというサイクル。夜型が多くなるわけだ。
同じ理由でゲーム実況者専業で生計を立てている人たちも、8時頃はまだ寝ているんだろうなと思っていた。
だが実際は、プロゲーマーよりもそこら辺は自由にしているらしい。
深夜帯に生配信をしているならともかく、そうでなければ確かにいつ収録したって個人の自由だ。予約投稿をすれば、自分の寝ている時間帯にだってアップできる。
だから規則正しい生活を送ることもできるし、夜型で過ごしたって構わない。
生活スタイルよりも、再生数が伸びる動画を上げられるかどうか。それが問題である。
今朝の俺の起床時間が、午前8時だった。
最近、俺はこの時間に目が覚めるようになった。
朝食を当番制に決めた以上、その日は起きなければマズい。でないとベビードールで一日過ごすという罰ゲームを受けることになってしまう。
毒は薬になるというが、案外その言葉は正しいのかもしれない。
罰ゲームの恐怖は俺を常識的な時間に起床できるようにするという効用をもたらした。
ただ前述の単語は多少語弊があり、実際には俺はまだ毒は飲んでいない。
もしもそれを服(ふく)んでしまったらどうなるか……。考えるだけで恐ろしい。
ため息を吐く頃には、鏡の中に美少女が出来上がっていた。
セリカ、俺の女の姿である。
化粧も慣れたものだ……まだ1週間ぐらいしか経ってないのに。
夢咲からは『才能ありマスヨ』と言われた。一生、開花してはならなかった才能。さぞ強力な毒草に違いない。
試しににこりと笑みを浮かべてみる。
可愛い。彼女にしたい。胸の高鳴りに、もう戸惑いは覚えない。完全に毒されてしまったようだ。
「オゥ、可愛いデスネー」
ギョッとドアの方を見やると、ニヤニヤと笑う夢咲が立っていた。
「なっ、なっ、……なぁ!?」
「いいリアクションデスネ。ただ、生流サンなのが大減点デス。急なアクシデントにもセリカサンとして反応できるようになりマショウネ」
「今は実況中じゃないだろ! ってか、いるなら声かけろよ!!」
「プロゲーマーは寝ても覚めても試合のことを考えているんデスヨネ? それと同じでゲーム実況者も常日頃から実況のことを考えるべきデスヨ」
「ぐ、ぬぬぬ……」
「フフッ。正論を言われたら反論しないところは、生流サンの長所デスヨ」
たった1週間で、こちらの性格を完璧に見透かされていた。
夢咲はゲームスキルは低いくせに口プレイは達者だ。真正面からやり合ったらほぼ必ず負ける。
だから口論が勃発した時は泥沼化して精神を摩耗するのを避けるため、こちらから早々に折れて譲歩を引き出すやり方に切り替えることにしている。
「はあ……。でもプライベートぐらい、普通の言葉で話させろよ」
「OK、OKデス。言いつけ通り、格好は女の子デスシ。あ、もしかして好きでやってるんデスカ?」
「ばっ、こ、これはお前に言われたから……!」
「ンフフ、顔が真っ赤デスヨ。動揺してるんデスカ?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「鏡をご覧になったらどうデスカ? 今なら赤面してるセリカサンに会えマスヨ」
言われて見やると、うろたえた可愛い女の子がいた。
涙目で、ほんのり頬が色づいている。長い睫毛が震え、不安げに目が彷徨い、リップを引いた唇が助けを求める声を出そうというかのように微かに突き出ている。
しっかりしろ、田斎丹生流! これは俺だ、男だ。……なのに、どうしてこう、胸がときめいてしまうのだろう。
「古来より人は、目と目が合った瞬間に恋が始まるものデス」
「なっ、おっ、お前何言っちゃってんの!? 鏡の中の自分を見て好きとかそれどこのナルシストだよッ!」
「大丈夫デス。ミーはたとえ生流サンがどんなフェチを持っていたとしても、受け入れる所存デスカラ!」
「少なくともナルシストじゃないからなッ!?」
「じゃあ、男の娘デスカ?」
「二次元なら側室だな」
「ターゲットが太平洋並みに広そうデスネ。ちなみに正妻(せいさい)ハ?」
「モロハちゃんに決まってんだろッッッ!!!!!!」
「うわぁ、大絶叫での即答デスカ……」
冷ややかな視線を感じるが、構わず俺は情熱の迸るままに吠え猛る。
「いいかっ、モロハちゃんがもしもお嫁さんになってくれたらあの鈴の音のような澄んだ可愛らしい声で毎朝『おはよう、生流さん』『わぁ、今日もあなたのお味噌汁美味しいわね』って言ってもらえるんだぞ! 超絶可愛い笑顔でッ!!」
「……あ、作る側なんデスネ。ウォール街レベルの株が現代日本並みには回復しマシタヨ」
「当たり前だッ! もしもなんでも三つ願い事が叶うなら、まず一つ目に『魔法少女モロハちゃん初代の世界に行く』、二つ目に『モロハちゃんと結婚する』、そして三つ目に『俺をJS(女子小学生)にする』というオーダーにするッ!!」
「女体化願望のある百合志望デスカ……」
「TSっ娘と女の子の恋愛を百合って呼ぶのはやめろ。それはTSGLでとせがらって言うんだ」
「ワォ……。精鋭中の精鋭って感じデスネ。というかさらに突っ込むなら、初代の世界のモロハちゃんって小学生デスヨネ? で、生流サンも小学生……」
「なんでも願い事が叶うんなら、女子小学生同士が結婚したっていいだろッ!!」
「……HAHAHA」
欧米人笑いでごまかされた。今の夢咲の思考を要約するとおそらく『コイツヤベーよ、マジヤベーよ』だろう。崇高なる思想は往々にして一般人には理解されないものである。
「あ、そういえば今日の服、モロハちゃんの学校制服があるのでそれにしマスカ?」
「……え、や、それは、その……」
「なんでそこで急に恥ずかしがるんデスカ。しかも今の格好がセリカちゃんなせいで、キモイって言えないじゃないデスカ」
「いや、言ってるけどな? ってか、コスプレ衣装はやめておくよ」
「どうしてデスカ?」
問われた俺は、ぼそぼそと消え入りそうな声で答える。
「だって外に出る時、恥ずかしいし……」
「(無意識で女の子らしい恥ずかしがり方するなんて、やっぱ生流サンは女装の才能がヤバイデスネ……)」
「ん、なんだその尊敬と呆れが入り混じったような顔は?」
「いえ、なんでもないデスヨ。というか女装姿で外出すること自体には抵抗ないんデスネ」
「……(お前が出会った初日に強制したんじゃねえか。元凶が何言ってんだ)」
「敵意とデレを秘めた表情デスネ」
「デレッ!?」
「ツンデレ産のデレな香りが漂ってマシタ」
「そんなマリアージュ、俺にはないぞ!?」
「生流サン、よくシンキングしてクダサイ」
言われるままに、夢咲の続ける言葉を吟味する。
「モロハちゃんの王道カップリングは、ツンデレのフェイクちゃんじゃないデスカ。もしかしたらモロハちゃんはツンデレな子が好きなのかもしれないデスヨ?」
「……つまりツンデレであれば、モロハちゃんに好かれやすくなるってことか!?」
「ザッツライト! ツンデレを極めし者こそ、モロハちゃんのお嫁さんにふさわしいということなんデスヨ!!」
雷鳴轟きし衝撃。俺はごくりと唾を飲みこんだ。
「……セリカちゃんの路線を、ツンデレに変更しようかな」
「あ、それはやめてクダサイ」
「なんでだよ!?」
「いえ、だって三次元のリアルなツンデレは面倒に思われるか本気に取られるかの二択じゃないデスカ。リスキーすぎマス」
「ドMが集まればワンチャンあったり?」
「ファッションドMはともかく、真正はそうそういマセンって」
俺は膝から崩れ落ち、拳を力なく叩きつけ、苦渋を震える声として絞り出した。
「俺の……俺のツンデレ道が」
「いや、なんでいつの間にツンデレ極める気満々になってるんデスカ」
「だって、モロハちゃんに好かれるかもってお前が言うから!」
「……あ、そうそう。伝えなきゃいけないことがあったんデシタ」
「今、面倒だから流したよな!? 俺が面倒だからって話題変えたよな!?」
喚く俺を無視して、夢咲は言った。
「コラボ配信が決定しマシタ」
「……コラボ?」
「相手の方は四人デス。実況者じゃないデスガ、客層が被らないということは新規登録者獲得のチャンスデス。頑張っていきマショウ!」
「え、いやいや、ちょっと待て。それ俺も出るのか?」
「イエス。あ、あと、こちら側の人数が足りないので、できれば愛衣サンに出演してもらえるようお願いしておいてクダサイ」
「愛衣に!?」
「何か問題でも?」
「ありまくりだろ! セリカが俺だってバレたらどうするんだよ!?」
「大丈夫デス! バレないように全力でサポートしマスノデ!」
ふんすと鼻息を出して両手で握り拳を作り、やる気をアピールしてくる夢咲。
だがそういう問題じゃない。
今回ばかりは折れたくなくて、決死の覚悟で抵抗する。
「そもそもバレそうな状況を作らなければ済む話だよな!?」
「でも、セリカサンが女装男子だと話してしまいマシタシ、もしもキャンセルしたら最悪そのことを拡散されてしまうかもしれマセンヨ?」
「なんでトップシークレットをあっさりリークしちゃってんだ!?」
「いえ、共演者に秘密を抱えたままというのはよくないかと思いまして」
「その気遣いを少しでも俺に回せよ!」
「気遣い意志を使いきっちゃったので」
「課金しろよ! 俺って一応、お前の可愛い弟子だよな?」
「可愛いって自分で言っちゃうところが逆に萌えデスネ」
「ぽっと頬を赤らめてないでさあ!」
「あ、それと今夜は配信の練習をしマショウネ」
「決定事項で話を進めるなよ!」
「セリカサンの正体が天空だって、世間に公表されちゃいマスヨ」
「天空だってことまで……伝えたのか」
ついには怒る気力を失い、俺はがっくり項垂れた。
今更気付いたが、俺が口で勝てないのは決定的な弱みを握られているせいでもある。
やれやれ……。
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【次回予告!】
生流「モロハちゃんっ! 頑張れ、立つんだーっ!! まだ負けてないぞーッ!!」
夢咲「……よくもまあ、毎回同じシーンでそんなに熱くなれマスネ」
生流「お、夢咲。いたのか」
夢咲「アニメ見始める前からいマシタヨ……」
生流「やっぱり1期はさ、とにかくストーリーも熱くて作画もシンプルだけどモロハちゃんの可愛さをストレートに描いててさ、何度見てもぐいぐいって引き込まれるんだよ!」
夢咲「でもそんなしょっちゅう見てると、さすがに飽きマセンカ?」
生流「飽きるわけないだろうッ! これは俺のバイブルだぞッ!!」
夢咲「はぁ……。あ、そろそろサブタイだそうデス」
生流「次回、プロゲーマーだった俺が人気ゲーム実況者に弟子入りしたら、なぜか女装顔撮り動画を投稿させられた四章二話、『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その2』」
生流「理離(りり)狩る魔字(まじ)狩る、奮励(ふんれい)します!」
夢咲「……それ、まんまモロハちゃんじゃないデスカ」
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