3章 新米実況者の俺、女装ゲーマーになる その7
「あ、開戦しマシタヨ」
「じゃあ、まずは物資集めですね」
場所は学校から程近くの住宅街。マップのほぼ中央だ。
オウカを自転車から降ろし、手近な建物に入らせる。
中には武器らしき水鉄砲や他様々なアイテムがあった。
拾った水鉄砲は背中にタンクを背負う形状のもので、かなりデカかった。ハチの巣駆除の業者が持ってそうなヤツを玩具デザインにした感じだ。
「これはまた、面白い見た目の武器ですね」
「ああ、注意した方がいいデスヨ。そのタンクポンプは装弾数がやたらめったら多いデスケド、携帯してる時はバッグの要領のほとんどを占めてしまいマス」
「アイテムの所持数に制限がかかるわけですね。性能はどうなんでしょう?」
「威力があって散弾するのでエイムがガバガバでもヒットしやすいうえに、リコイルが激しくないのが強みデス。射程距離が短いので中距離以上になると心許ないデスネ」
「つまりショットガンとかサブマシンガンあたりの武器というわけですね。他にはどんな銃があるんでしょうか?」
「このステージだと、割り箸鉄砲に竹鉄砲、あと最強武器のコルク銃がありマスヨ」
「……『School : Arena』の開発者の方がイメージする日本って多分、半世紀ほどズレてますよ」
「かもしれマセンネ。それで、どうしマスカ? タンクポンプはデメリットのデカいハズレ枠って言われてマスケド」
「そうですね……」
心中で作戦を立てようとしたが、再三受けていた夢咲の注意を思い出し、俺は考えを口頭でまとめることにした。
「一見すると確かにガラクタ同然ですけど、今回はそうとは限らないかもしれません」
「というと?」
「このステージは建物が密集してる場所が多いので、おそらく戦闘は近距離が中心になるでしょう。かてて加えてオウカは自然回復を増強しているから回復薬はそんなに多くはいりません。いざとなったらドレインを発動して相手を攻撃しつつ回復することだって可能です。それならタンクポンプがメインウェポンでも補給水と投げもの、あとあるならバフ系アイテムを少し拾っておけばいいんじゃないでしょうか?」
「まあ、弾切れをほとんど気にしないで戦えるのはこのゲームでは強いデスケドネ」
「このゲームではって、どういう……?」
話している間に外から足音が聞こえた。
バトロワゲーでは基本的に、視認外の情報は身動きする音や発砲音など、耳によって入手できる。
どうやらそれは『School : Arena』でも同じようだ。
しかしこの足音は、明らかにオカシイ。数が多すぎるのだ。ゾンビものの映画とかで聞こえてきそうな、乱れたザカッザカカザカッザカザカと行進音が響いてくる。
「……まさか、チーミングですか?」
チーミングってのは、本来敵同士のプレイヤーが組んでチームとしてゲームに参加するという不正行為だ。ソロモードなのに二人以上で行動を共にしていたり、デュオなのに四人パーティで固まっているヤツがいたら、ソイツ等はチーミングをしている。
チーミングは規定通りにプレイしている人が数的不利な状況でリンチされるという、公正さを欠いた事態を招いてしまう。テメェのコミュ力を自慢したいんだったらお外でやってろってことだ。
「いえ、おそらくチーミングじゃないデスヨ」
「じゃあ、これは一体……!?」
閉じていたドアが蹴破られ、足音の主がぞろぞろ屋内に入ってきやがった。
考えるより先に銃を構え、連続で発砲。
水流弾をぶちかましながらも視認した相手は……。
「え、どなたですか、この異形の方々は?」
大所帯でやってきたのスーツを着たオッサン達だった。こんなヤツ、キャラセレクトにはいなかったはずだが……。
「あのガイズはNPCデスヨ」
「NPC……? PVPVEってことですか?」
PVPVE、プレイヤーVSプレイヤーVSエネミーの略である。
簡単に言えば、普通のバトロワに規定人数に含まれないNPCが混じっているってことだ。最大百人のサバイバルゲームならそれ以外にNPCの敵キャラが出現するってことで、プレイヤーの穴埋めであるBotではない。
「ザッツライト。あとNPCを倒していて、何か気付きマセンカ?」
「えーっと。さっきからLVアップってメッセージが出て左上の数字が増加しているんですが……」
「イエス、それが『School : Arena』のもう一つの特徴ナノデス。プレイヤーはRPGのようにNPCを倒して、キャラを育てて強くしていくんデスヨ」
「変わってますね……。でもNPCとばかり戦ってたら、銃の弾が足りなくなるんじゃないですか?」
「それは倒したNPCがドロップするから問題ナッシングデス。もっとも、望んだ弾が出るとは限りませんケド」
「となると普通のゲームより戦闘回数が多くなるし、残弾の管理がいつもよりシビアになりそうですね……って、ちょっと待ってください!」
はたと気付いて俺は尋ねた。
「タンクポンプがハズレ扱いされてるのって、もしかして弾を貯めて置けないからじゃないですか?」
「デスネー。このゲームの基本ムーブは弾の種類が違う銃を二つ確保しておいて、それぞれドロップ状況に応じて使い分けるって感じなので」
「……ちなみにレベルって、どれぐらい大事なんです?」
「最終的に二十は越えてないとキツイデスネ、弾が掠っただけで瞬殺されマス。終盤で弾が枯渇している時に拾えればそれなりに使い道はあるんデスケドネ」
「つまりレベル上げの序盤、中盤にこれに頼り切ると、物資不足で終盤に地獄を見るわけですか。となれば、こんなお荷物は捨てるに限りますね」
そう言ってタンクポンプを捨てようとした手を、背後から素早く伸びてきた夢咲の手にぱしっと押さえられた。
「ちょっと待ってクダサイ」
「ちょ、直接邪魔するのは話が違くないですか?」
「それはソーリーデスガ、ちょっと提案したいことができマシテ」
「……なんでしょう?」
「縛りプレイをしマセンカ?」
細められた青い瞳が、俺の目を覗き込み問うてくる。右手の彼女の指が、指の付け根の間をそっと擦り、こそばゆさを生み出してくる。
「……縛り、プレイ?」
ごくりと喉が鳴る。
心なしか、身体の内に湯気がが立ち込めたようにぽかぽかとしてきた。
俺は身をすくめ、目を逸らし小声で返した。
「そんな、いきなり言われても……」
「大丈夫デス。そこまで辛いものじゃありマセンカラ」
「でも、その……わたし、やったことないですし」
「そんなに緊張することないデスヨ。それに上手くいけば、気持ちよくなれマスヨ」
心臓が跳ね上がり、鼓動の間隔がどんどん短くなってくる。
「気持ち……よく?」
「イエス。生流サンなら、きっと気持ちよくなれマスヨ」
横に回り込んでいた夢咲の顔がゆっくり近づいてくる。
「さあ、どうしマス?」
体内に溜まっていた湯気が口蓋を撫で、口から漏れ出る。頭がぼうっとしてきて夢咲の碧眼から目を離せなくなる。言葉を紡ぐ柔らかそうな唇が、無性に欲しくて欲しくて堪らない。
俺は顎を軽く上げて目を閉じ唇を薄く開け、シャボン玉が浮上するような速度で腰を持ち上げ、夢咲の顔へと近づいていった。
「あ、あの……し、して、くださ……」
「ぷっ」
「……え?」
夢咲は口を押さるポーズをとり、にまっと笑った。
「あはっ、アハハハハハッ! ちょっと生流サン、しっかりしてクダサイ。縛りプレイデスヨ、縛りプレイ!」
「え、だ、だから……」
「もう、仮にもプロゲーマーの生流サンが、縛りプレイって聞いてそっちの想像をするなんて、アハハッ、傑作デスっ、傑作!」
縛りプレイ。……あっ、縛りプレイ。
たちまち俺の顔がかっと熱を持って来る。
俺はっ……俺はなんて勘違いをしてたんだッ!?
「ちっ、ちがっ、いっ、今のは……」
「今更言い訳したところで時すでにお寿司(、、、)デスヨ」
「別に緊縛なんて考えてないぞ!?」
「あれれー、おっかしいデスネ。ミーは別に、縄とも縛るとも言ってないデスヨ?」
「ぐはっ……!!」
俺はどさっと突っ伏し、屈辱に打ちひしがれる。
「ワォ、裁判ゲーの犯人がブレイクしたみたいな倒れ方デスネ。『異議あり!』って言った方がよかったデスカ?」
「んなこたぁ……望んでない」
「ミーとしては『ばたんきゅ~』ぐらいは言って欲しかったデスケド」
「別のゲームだろそれ」
「ツッコミの冴えが戻ってきたみたいデスシ、もう大丈夫デスネ」
「どういう基準だよ」
「で、縛りプレイの話デスガ」
「ああ、そんな話してたなあ……」
「どうしマスカ?」
俺は顎に手を当て、しばし考えた。
ゲーム画面を見やると、運よく今いる場所は範囲内の屋内、しかもさっき敵を一掃して以来まったく敵が来ていないという、ラッキーな状況が続いていた。
だが早いとこ復帰しないと物資とレベル不足で後半戦苦労することになる。
即断即決。それがプロゲーマーに求められる素質の一つである。
「わかった、やろう」
「内容も聞いてないのに、いいんデスカ?」
「ゲームのシステムは理解した。得意ジャンルのFPSで後れを取るようじゃ、元プロゲーマーの名が泣く」
「たった一文字のせいで、そこまで後生大事にするようなものじゃなくなってる気がするんデスガ」
「るっさいな。で、内容は?」
夢咲は指を一本立てたかと思うと、画面内のキャラクターを指差した。
「このタンクポンプだけでトップを取ること。それが条件デス」
俺は目を見開き、夢咲を見やった。
彼女の顔がサディスティックな笑みに歪む。
「ハハハ、さすがにビビリマシタカ?」
「……まあ、さすがにな」
「そうデスヨネ。タンクポンプと言えば、このゲーム最弱のウェポン。その特異性から数多の新規プレイヤーに関心を抱かせ、その夢をことごとく裏切った。そのことから古参たちは口をそろえて“真の初心者キラー”と呼んでいるぐらいデスカラ」
「わー、キャラのモーションも結構凝ってますねー。本当、完成度が高くてついつい見入っちゃいますね」
「って、スルーデスカ!? しかもゲーム再開しちゃってマスシ!?」
俺は横目で夢咲に視線を送って言った。
「いやあ、ビビったビビった。まさかそんな簡単な条件でいいなんてさ」
「……え?」
「だって、たった近距離武器で弾の補充が激しい武器一つでドン勝しろってだけだろ? それぐらいなら、余裕のイカちゃんだろ」
「なっ、何言ってるんデスカ? タンクポンプ縛りなんてFPSの熟練者だって五十回チャレンジなんてザラなんデスヨ!?」
瞠目してわめく夢咲。俺は頭を掻いて苦笑を浮かべた。
「あー、そうなのか? ぶっちゃけ、ナイフ縛りとか言われるかと思ってたから拍子抜けしてな」
「ゾンビゲーじゃないんデスヨ!? それにこのゲームは、レベルアップのシステムも組み込まれてるんデスヨッ! 隠れて隠密なんてことはできマセンっ。NPCを常に倒し続けなくちゃダメデスシ、プレイヤー同士のバトルも必然的に多発しマス!」
「あのさ、夢咲。ゲームっていうのは、ほとんどの作品がクリアを前提にプレイしてれば余るようにできてるんだよ」
「余る……デスカ?」
きょとんとした顔の夢咲に、俺はうなずいて言う。
「そう。エリクサー症候群って言葉があるだろ?」
「あ、ああ。貴重なアイテムを使わないままクリアしちゃうっていうヤツデスネ」
「そうだ。ソシャゲも大抵はレアキャラを狙わず、最低限クリアだけを目的にしていればガチャ石は余る。FPSも同じだ。ドン勝したプレイヤーの持ち物の中にはほぼ必然的といっていいぐらい、弾が数十発残ってる」
俺は現れた敵プレイヤーを相手しながら語った。
「つまりだ。ゲームっていうのは鬼畜仕様じゃない限り、完璧主義者でなくてもクリアできるようにデザインされているものなんだよ」
「……だ、だから、タンクポンプでも普通にクリアできると?」
「答えはノーだ」
夢咲は目を点にして口をぽかんと開ける。
「……ハイ?」
「自分でゲームを鬼畜にすること、それが縛りプレイ。開発者のご好意を無視して自ら心折設計(しんせつせっけい)にするマゾ行為。全てを無駄なくミスなく完璧にこなさなきゃクリアできるわけないだろ?」
「だ、だったら、タンクポンプでドン勝できるわけ……」
「それは違うよ!」
画面内の相手プレイヤーがタンクポンプの最後の一発で倒れる。同時にスピーカーからの発砲音が止む。
「いいか、夢咲。格ゲーで考えろ。ゲームデザイン的に理屈上で言えば、早いキャラは遅いキャラに負けない。手数に大きな差が生まれるからだ」
「ま、まあ、そうデスネ。チェスやカードゲームで言えば、仰け反り攻撃でずっと俺のターンができちゃうわけデスシ」
「だけど実際には違う。時には重量級の動きがどんくさい弱キャラが足の速い強キャラに勝つことだってある」
「えーっと、なんでデショウ?」
「決まってるだろ」
俺は利き腕の右手を後ろに回し、マウスとキーボードの位置を入れ替えた。
左手の親指と人差し指をキーボード、薬指と小指をマウスにやる。
その様を目にした夢咲が「えっ!?」と声を上げる。
「まっ、まさか……片手で!?」
「こんぐらいやらなきゃ、ハンデにもならねーよ」
しゃべっている合間にもキャラを動かし、必要な物資を手早く回収し次の狩場へと向かう。
「す、すごいデス……。両手の時と、ほぼ変わらない動きデス」
「大会中、片手が動かなくなるアクシデントを想定して訓練したんだ」
「……そんなこと、ありマスカ?」
ちょっと呆れた口調の夢咲に、俺は「ある」と断言した。
「前日に突き指するかもしれない。あるいは骨折するかもしれない。普通のプロスポーツ選手なら、その時点で代わりの選手が出る。だがeスポーツプレイヤーはそこら辺も特殊だ。ケガをしてたって、常時と変わらないプレイができるなら出場を許される可能性がある」
「……もしかして、足でもプレイできるように?」
「もちろん」
残り人数の表示が二桁を切った。終盤戦だ。
「常人にはできないことをやってみせる、それがプロだ」
「いや、何もそこまで……」
「って言われるぐらいに練習を重ねなきゃ、プロの世界ではやっていけない。さっき弱キャラが強キャラに勝つことがあるって言っただろ?」
「そういえばそんな話してマシタネ」
「あれはそのもっともたる例だ。弱キャラのプレイヤーが強キャラのプレイヤーよりも練習していて操作技術が上なら、勝つことができる」
経験値稼ぎや弾集めのためにNPCを探していたら、敵プレイヤーと出くわした。
相手は闇雲に乱射してくるが、俺はまず避けることに専念する。
「ゲームってのは大抵、つきつめればじゃんけんの要素が入っている」
「じゃんけん?」
「そうだ。勝ち方のパターンが決まってるんだ。格ゲーなら打撃には防御からのカウンター。防御にはつかみ。つかみには打撃、ってな」
相手は弾を全て撃ち尽(つ)くし、武器を持ち換えようとする。
その一瞬の隙を突き、ヘッドショットを正確に決める。
一撃必殺。
相手が倒れ、生き残り人数が二人になる。
いよいよ最後の敵と一騎打ちだ。
「でもeスポーツ化するほど作り込まれたゲームってのは、最適解の行動がすごくわかりにくくなってる」
「確かにそうデスネ。一般的には知られていない細かいテクニックとかもありマスシ」
「じゃんけんで例えるなら、三つの手のどれかを知らないプレイヤーが存在するってことだ。もしくは麻雀だな。役をきちんと把握してるかしてないかで、上がれる回数に大きな差が出る」
「えーっと、要するに?」
俺はオウカを屋根の上で伏せさせて、眼下の光景をじっと見やる。
しばらくして、敵プレイヤーの姿が見えた。
「必勝パターンをどれだけ知ってるかが、重要ってことだ」
マウスを左クリックする。
発射された弾丸は、敵の頭を射抜く――なんて物騒なゲームじゃないが、とにかくその瞬間に俺の勝利は確定した。
「縛りプレイ達成だ」
俺は勝利画面を手で示して言った。
「これで最初の修行はクリアか?」
夢咲はしばし呆然とした後、ふっと表情を和らげて言った。
「いいえ、残念ながら失敗デス」
「失敗? なんでだよ」
「それデスヨ、それ!」
びしっと俺の口を指差す夢咲。
だが俺にはなんのことだかわからない。
「代名詞で会話を済ませようとするヤツは、言語能力が低下するぞ」
「それを言うなら、生流サンは演技力がなさすぎデス! なんでちゃんとキャラを最後まで貫き通せないんデスカ!」
「……あっ」
そうだ。
俺は女の子として実況しなければならなかったんだった。
「さあ、ワンモアチャレンジデスヨ、セリカさん」
夢咲に言われ、俺はがくりと肩を落として項垂れた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告!】
愛衣「ハルネちゃんも兄ちゃんと一緒で、ゲーム上手いのだ!」
ハルネ「えへへ、ありがとう」
愛衣「どうやったらそんなに上手くなれるのだ?」
ハルネ「んー、ハルネはちょっとやってたら上手くなってたから、どうやったらっていうのはわからないけど……。上手な人を真似するといいって聞いたことあるよ!」
愛衣「わかったのだ!」
ハルネ「次回、『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その1』 だよ!」
ハルネ「……あ、あの、愛衣おねぇたま。なんでハルネと一緒の動きしてるの?」
愛衣「ハルネちゃんの真似してるのだ!」
ハルネ「そういうことじゃなくて……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます