2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その8
「どぉーーして勝てないんデスカァアアアアアッ!?」
「俺に訊かれてもなぁ」
現在、十四戦中全勝。一試合にキャラやステージセレクト含めて二分ほどかかっているから、大体ゲームを始めてから三十分程度経っていた。
「次ッ、次やりマスヨ、ネクストデュエルッ!」
「まだやるのか……。いい加減諦めろって」
「いいえっ、さっきの試合で何かつかみかけましたので、今度こそウィンデス!」
「お前、一勝どころか一ストックも取れてないだろ?」
「シャーラップ! 実況者はゲームをプレイしている時だけは、闘争心を忘れちゃならないんデス!!」
一度コントローラーを膝に置き、夢咲はパンパンと二度頬を叩き、熱いテンションそのままに唱えだす。
「追い風を背に、白き星を眼前に、今こそ輝け不屈の魂! この手に奇跡を! ライトニングソウル、バーン・アップデス!!」
「おっ、魔法少女エターナル・モロハか!」
「ご存知デシタカ?」
「そりゃもちろん! あんな小さな女の子が強大な敵に立ち向かっていくってもうすっごいよな! 何度見ても勇気づけられるし、魔法少女の衣装も毎シリーズごとに可愛くてつい見とれちゃうし、モロハちゃんに似合ってて魅力の天限突破! 日常シーンの友達とのやり取りはくすっと笑えて、ライバルとの死闘は熱く燃え滾る! まさに萌えと燃えの到達点、珠玉の一作!! アニメーションも他に類を見ない作り込み、バトルシーンは大迫力で心情表現は繊細にして奥ゆかしい、あらゆる映像・絵画的表現の極地ッ!! 後継シリーズや外伝もどれも完成度は高いけど、やっぱり一番は第一作の無印で――」
「あの、わかりマシタから。わかりマシタから、その辺で……」
夢咲から止めが入り、俺は不完全燃焼ながらも語りをやめた。
「よくもまあ、そんなに舌が回りマシタネ」
「モロハちゃんのことなら一時間はぶっ通しで語り続けることができるぞ。シリーズ全体なら五時間以上必要かもしれん」
「ミーならたとえゲームのことだったとしても、一人語りだと10分でも厳しいデスヨ……」
「でも実況者って平気で2時間3時間って生配信してるんだろ?」
「休憩は挟みマスシ、基本はゲームしながらデスカラ間を繋げるっていうカラクリデス。あとはコメントもありマスカラ、困ったらそれに返答していけばいいデスシネ」
「へえ。実況者ってゲームが上手くて口達者な人ばかりだと思ってた」
「悪かったデスネ、ゲームがへたくそで」
ぷっくりと不機嫌そうに頬を膨らませる夢咲に、俺は慌てて頭を下げた。
「すっ、すまんすまん。そういう意味で言ったわけじゃなくて……」
「いいデスヨ。下手なのは事実デスカラ。……だからでしょうね」
ふと目を僅かに伏せ、ここではないどこか遠くを見やるような目で、独り言をつぶやくように彼女は言った。
「……わたしが実況者なんて、やっているのは……」
何かが引っ掛かった。もしかして夢咲は――
思考の歯車が回り始めた時、室内にプルルルルルと電子音が響いた。
「ん、なんだ?」
「ああ、やっと来マシタカ」
「来たって?」
夢咲は入り口のドア横に壁に取り付けられたテレビ通話機の方へ向かった。
「ミーの友人みたいな人デスヨ。……はい、もしもし」
『あの、夢咲様のお客様がお見えになっておられるんですが……』
「はいはい、その人なら通してOKデスヨ」
『かしこまりました。場所は第三ゲームルームでよろしいですか?』
「OK、OK。あと、後で更衣室も使わせてもらいマスネ」
『了解です、係員に伝えておきます』
「よろしくデース」
軽い調子で言って夢咲は通話を切った。
「夢咲の友人って、どんなヤツなんだよ?」
「あ、和花でいいデスヨ」
「……和花って、お前の名前じゃないか?」
「ハイ。ミーのこと、下の名前で呼んでクダサイ」
くるっと踵を返し、後ろで手を組んで上半身を前に倒し。
「ね、生流サン」
にこっと笑みを浮かべる。その自然な一連の動作はまるで重力から解放されたように滑らかだった。
まあ、動きはさて置き。問題は彼女自身の今の姿だ。
眼前の少女が着ているTシャツは襟の部分が意外と緩いらしく、前のめりな姿勢になると、こう、ふっくらとしたものがややお見えになられるというか。柔らかな布に半球を守られているが、溢れんばかりの膨らみは影のような谷間を隠すくらいにもっちりしている。他の部分はほっそりしているのになぜにそこだけはわがままボディなのだろうか、いやまあ俺としちゃ嬉しい限りなのだが。もしも触れたらきっと俺の手は沈みこむように……。
って、いかんいかん。
今更だが目を逸らし、俺は訊いた。
「でっ、でも、初対面の男に下の名前で呼ばれるのって、イヤじゃないか?」
「まあ、普通なら男女問わずいきなり下の名前で呼ばれたら馴れ馴れしくってイヤなヤツって思いマスネ」
「だろ」
「でも、生流サンならいいデスヨ」
「なんで?」
「これからずっと一緒にいるのに、堅苦しいのはイヤじゃないデスカ」
「……これから、ずっと一緒?」
「あれ、言ってマセンデシタカ?」
一度首を傾いだ後、夢咲はさも当然という感じで言った。
「生流サンには、これからミーと寝食共に生活してもらいマスヨ」
「……ええぇッ!?!?!?」
驚愕が叫声となって喉の奥から迸る。
その様を夢咲は愉快気、あるいは満足そうに眺めて続ける。
「まあ、もちろんベッドは別室デスケドネ」
「そういう問題じゃないだろッ!? ひとつ屋根の下に男と女って……」
「あー、ミーはそういう古い考え方嫌いデスノデ」
「万が一ってことがあったらどうすんだよ!?」
「……生流サンなら、いいデスヨ?」
色っぽく言われ、ごくりと唾を飲みこんだのは許されるべきでないだろうか。
知らぬ間にうなじの辺りから頬までかっと熱を持ち始めていたのも、どうか勘弁いただきたい。
「冗談は持ち帰って」
「いやいやっ、ちゃんと置いてけよ!」
「最低限のルールとして、師匠の命令は絶対に守ってクダサイネ」
「最低限のハードルの高いな!?」
「大丈夫デスヨ。ミーはスポコンとか好きじゃないので、無理で無茶で無益な命令は出しマセン」
「同居命令は無理無茶無益じゃないなんだなッ!?」
いくら突っ込んだところで暖簾に腕押し、ペースを乱すことなく夢咲は話を勝手に進めていく。
「じゃあまあ予行演習として、ミーの名前を呼んでもらいましょうか」
「……なるほど。ここでお前の名前を選択するんだな」
「どこのRPGデスカ。そういうボケは実況でやってクダサイ」
押してダメなものは引いてもダメ。どうあがいても俺はコイツに口では勝てないらしい。
諦めて従おうと思ったが、改めて向き合うとこの子は初対面の年下の女子であると意識してしまう。
完全に鳴りを潜めていた緊張と羞恥が心身をカチカチにしていく。
口は山のごとく動かず、顔面は火のごとく熱くなり、視線は風に吹かれたようにあらぬ方へと流れていく。
豆腐メンタルは茹でられると常時より脆くなるのは道理である。今や俺は借りてきた子猫同然、このまま机の下に隠れて丸くなりたくさえあった。
「えっと、だな……。の、の……」
「の?」
「の……、のど……飴」
「……生流サーン?」
白眼視を向けられるも俺からすれば理不尽極まりなく、鬱憤を火種に沸騰し煮え立った血は頭に上り詰めトサカを赤く赤く染色していく。人ならざる者へと変貌したなら、理性を失ってもむべなるかなであろう。
「無理無理無理無理無理無理ィッ!」
「ワォ……、すごい狂乱っぷりデスネ」
「なんかこう、初対面の女の子の下の名前って気軽に呼べるもんじゃないだろッ!?」
「だけどインタビューとかでは普通に下の名前で呼び合ってたじゃないデスカ」
「ハルネ達の名前だって、血のにじむような努力の甲斐あって呼べるようになったんだよ!」
「むぅ……」
「唇を尖らせてジト目で見たって無理なものは無理だからな!?」
指摘してもなお夢咲は同様の表情で眺めてくるが、俺は視線から逃れ熱を冷ますのに専念する。
居心地悪い空気の仲、備え付けられたテレビ電話からピンポーンと音がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告!】
真古都「今日はよろしうな、田斎丹はんの妹はん」
愛衣「よろしくなのだ!」
真古都「連投らしいけど、疲れてへん?」
愛衣「へっちゃらなのだ。体力には自信があるのだ」
真古都「ええなあ。うちはあんまり運動とか得意やないさかい、羨ましいわ」
愛衣「えっへへー。じゃあ今度一緒にランニングに行くのだ! きっと毎日続ければ体力がつくのだ!!」
真古都「あー……。考えさせてくれへん?」
愛衣「うん、返事待ってるのだ!」
真古都「おおきに。次回で2章も最後みたいやし、一緒にサブタイコールせえへん?」
愛衣「わかったのだ! じゃあせーので言うのだ!」
真古都「わかったで」
愛衣「せーのっ!」
愛衣&真古都「「次回、『2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その8』なのだ」や」
愛衣「息ピッタリだったのだ!」
真古都「ほんまやねえ」
愛衣「これなら一緒に走ったらきっと楽しいのだ!!」
真古都「それとこれとは、話は別やと思うで……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます